65 カギとなるのは2
料理も酒も
「なんだ、酔っ払いか」
一同が目を向けると、一人の男が大声で酒を寄越せと
「あの男……」
「若、どうされました?」
アレスには見覚えがあった。ラトリを出立する前、ティムに教えてもらった要注意人物の顔によく似ていたのだ。
「女将さん、ちょっと……」
もしかしたら別人かもしれない。そこでちょうど近くを通りかかった女将さんをアレスは呼び止めた。
「何でしょう?」
「あの男は?」
「あー、リューグナー先生ですか……。すみません、お騒がせして」
とたんに彼女の表情が曇る。
「リューグナー?」
間違いなかった。行方不明と聞いていたが、こんなところにいたとは……。
「ええ、グロリア様……先の女大公様の専属医師だったとかでいつも威張っているんですよ」
「そんなに腕がいいのか?」
「調合した薬は確かに良く効くらしいんですけどね、あの通り、酒癖が悪くてねぇ……」
女将さんは眉を
「ここだけの話、今の大公様の弱みを握っているとか」
「ほう……」
女将の話にスパーク達もさりげなくリューグナーの様子を窺う。早くもカギを握る人物に出会えたのだ。ぜひともその身柄を確保しておきたい。女将には呼び止めた事を詫びて仕事に戻ってもらった。
「若、奴は?」
「聞いての通り、女大公の専属医師だった奴だ。フレアの話だと、あいつ『名もなき魔薬』と関わっている」
体調が悪かったこともあり、フレアがこの事を思い出したのはアレスがブレシッドに出かけた後だった。今、この世にあってはならない薬の存在を先ずはペドロに伝え、アレスはブレシッドから戻って来た時にアリシアやルイスと共に伝えられた。そこでティムに要注意人物としてリューグナーの顔を教えてもらったのだ。
「なっ……」
「マジ……ですか?」
100年前に滅んだはずの薬の名前に5人は声を上げそうになってあわてて口を塞いだ。
「奴が管理を任されていた薬草庫から発見されたそうだ。先の女大公の元から追い出した後、記録にない薬物があって詳しく調べたらそれだったらしい。後日、隠れて取り戻しに来たんだ。奴の物で間違いないだろう」
「念のため聞きますが、検査結果に間違いはなかったんで?」
遠慮がちにスパークが尋ねる。
「検査したのはロベリアのバセット軍医らしい。祖父さんの話だとこの国で五指に入る名医だ。彼の検査結果を受け、後日改めて麻薬の専門家も含めて複数の医師によって行われたそうだ。それで間違いなかったらしい」
「なるほど」
アレスの答えに他の5人もどうやら納得したようだ。
「とりあえず、奴を捕まえて締め上げればわかることだな」
一同は
「……俺様のおかげで大公にぃなれたのによぉ、あの野郎、金をケチりやがって……」
相当酔っているのか、酒杯を持つ手も危なっかしい。手近にいる客を捕まえて愚痴をこぼしているのだが、相手は嫌な顔をすると席を立ち、女将に代金を払うと店を出て行った。
「やりますか?」
「まあ、待て。先ずは紳士的に話を聞くのが先だ」
アレスはやる気満々のスパークを制した。リューグナーの様子を見る限り酒を飲ませておだててやれば何でもしゃべってくれそうだ。その後どうするかはとりあえず情報を聞き出してからでも問題ないだろう。彼の考えに他の5人も不承不承うなずいた。
気付けば店にいるのはリューグナーとアレス達だけになっていた。リューグナーは杯が空になると、ヨロヨロと覚束ない足取りでアレス達の元へやって来る。
「酒ぇ……ないか?酒」
倒れ込むようにして開いている席に座り込む。アレスが目配せすると、パットが新たに注文したエールを彼に渡す。
「……うめぇ……あんたらいい人だなぁ。よし、俺様が……ここの大公に……口きいてやるよ」
「へぇー、あんた偉い人なんだ?」
「おうよ。あの男は俺様のおかげで大公になれたんだからな」
「ほぉ……。まあ、飲みなよ」
パットは言葉巧みに酒を勧める。
「……うめぇ……まあ、聞いてくれよ……」
リューグナーの愚痴が始まる。スパークはさりげなく入り口に陣取ると他の客を締め出し、女将さんや店の従業員にはうまく言って席を外してもらった。彼等だけになるとアレスは念のために連れて来ていた小竜を1匹呼び出しておいた。
パットは聞き役に徹しながらも要所要所で話の方向を誘導し、うまく話を聞き出していく。
要約すると、皇都でソフィアに取り入ってフレアの悪い噂を広めて歩き、そしてラグラスに捕われ、負傷したエドワルドの治療にもあたっている。更には『名もなき魔薬』だけでなく人の思考を鈍らせる薬の調合も行い、これは皇都でソフィアにも使ったと自慢げに披露していた。
人の思考を鈍らせる薬は海賊達に捕われたエルフレートにも使われている。出所が同じとはまだ断言できないが、それでも時期を同じくして判明した事実に無関係とは言い切れない。更にそれらの元になる薬草をフォルビアの北、ワールウェイド領との境で大量に栽培されている事実も見逃す事はできなかった。
しかし、彼等にとってもっと重要だったのは、この男の罪が全てフレアの所為にすり替えられていた事実だった。事あるごとに自分の手を煩わせ、更にはコリンシアが病になった時には自分の薬に難癖をつけたフレアは天罰を受けたのだと言い放った時にはさすがに殴りつけてやろうかと全員が思った。
「こいつをどうしますか?」
苦々しい表情でスパークが机に突っ伏して眠ってしまったリューグナーを指す。他の仲間もフレアの苦しみの原因を作った相手をどう痛めつけようか思案している。
「ちょっと待て」
皆、やる気満々だが、アレスは何かに気付いて彼を制する。実は彼は呼び出した1匹以外にも野生の小竜を連れてきており、念のためこの宿の周囲に配置していた。その小竜達がこの宿の様子を伺っている不審な男達を発見したのだ。狙いは自分達だろうかと一瞬緊張が走る。
「そういやさっき、こいつは上を脅して金をせしめてきたと言ったな」
「そうだったな」
アレス達を士官希望の傭兵とでも思ったのか、しきりに自分は上に顔が利くことを自慢していた。特にラグラスの弱みを握っている事を強調し、いくらでも金をせしめることが出来ると胸を張っていたのだ。度を越した要求でもしたのであれば、不要と判断されたとしても納得できる。
だが、この男が持っている情報は貴重なものだ。向こうがいらないと言うのなら、こちらでもらい受ければいい。
「こいつの知っている情報、ロベリアの竜騎士達も知りだろうから知らせてやろう」
「構いませんが、外の連中はどうしますか?」
「ここで始末してしまうと後が厄介だ。とりあえず騙されてもらおう」
アレスはにやりと笑うと、一同を集めてとっさに思い付いた計画を伝える。
「それは……」
「面白そうですな」
その内容に一同は人の悪い笑みを浮かべる。彼等は手早く簡単な打ち合わせをし、必要な小物を揃えると、アレスとレイドを残して他の4人は順次バラバラに店を出て行った。
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