66 カギとなるのは3
夜が更けた頃、酒瓶を抱えた酔っ払いが酒場を出て来た。千鳥足の男は路地を右へ左へふらつきながら歩いていく。見ていてかなり危なっかしいのだが、それでも住処がある城へと歩を進めていく。
その様子を物陰から伺っていた男達は静かにその後を追う。彼らは上司からその男の抹殺を命じられていた。武術の心得もない相手に5人も差し向けたのは、確実に仕留める為と死体の回収が必要だったからだ。やがて酒場が立ち並ぶ区画から離れ、人通りのない川沿いの道に出る。
息を殺して後を追っていた男達はここぞとばかりに斬りかかった。
「あっ」
偶然にも相手は何かにつまずいて転び、最初の一撃は
「ひいいぃぃぃぃ!」
酔いが
「誰か川に落ちたぞ!」
誰かが水音を聞きつけたのだろう。男達は死体の回収を諦めて人が集まる前にその場を離れた。
現場から少し離れた下流。川の中からぬぅっと手が伸びると、小舟を係留する桟橋に立っていたスパークとパットがその手を引っ張る。
引っ張り上げられたのはガスパルだった。急流に流されたように見せながら泳いだ彼は、体力を消耗したらしく桟橋に座り込んで咳き込んでいる。
実は先ほど、酒場の様子を伺っていた男達の目的を探る為、リューグナーの服装を真似、彼の帽子をかぶったガスパルは酔っ払いのふりをして店を出た。やはり彼が目的だったらしく、人通りのない場所に来たところで男達は襲ってきた。
ガスパルは初撃を転ぶふりして躱し、逃げ惑うふりをしながら橋の上に移動し、斬りつけられたように見せかけて川に飛び込んだのだ。ちなみに最年長の彼が体を張ったのは、彼が一番リューグナーに体格が似ていたからだ。
「いやー、相変わらずお見事。役者も顔負けの名演技」
「もたもたしている場合じゃないだろう。急がないと人が来る」
茶化すように手を叩いているスパークを尻目に、パットはずぶぬれのガスパルに乾いた布を差し出す。彼はそれで手早く体をふくと、積み上げられた木箱の陰で斬りつけられてボロと化したシャツを脱ぎ、続けて体に括りつけていた革袋を外した。ちなみにこの革袋が手応えの正体で、中には血糊の代わりに赤い染料が入っていた。相手が竜騎士であれば見抜かれていたかもしれないが、ごまかされてくれたらしい。
「どうにか、うまくいったみたいだな」
大役を果たしたガスパルは用意してあった服に着替えてほっと息をつく。いい頃合いにマルクスが声を上げてくれたので、人目に付くのを恐れた男達は早々に立ち去ってくれた。今頃アレスが追わせた小竜によってその行先は判明しているだろう。それはフォルビアの城で間違いないはずだ。
後は宿屋で酔いつぶれている男をロベリアの竜騎士達の元へ送り届けるだけだった。
日頃の不満をダドリーにぶちまけ、半ば脅す様に金をせしめたリューグナーは上機嫌でなじみの酒場へ繰り出した。
ラグラスが使っている傭兵に欠かせない薬を作っているのは自分だし、世間に知られてはいけない囚われのエドワルドを治療したのも自分だ。これだけ貢献しているのだから、感謝するのは当然だし、目に見える形でするのが最善だろう。
それでも相手は首を縦に振らなかったが、このままでは悪酔いしてどこで何をしゃべるか分からないぞと暗に脅しをかけると、ようやく幾許かの金を寄越してきたのだ。
この手を使えば今後いくらでも金を融通してもらえる。ラグラスの弱みを握っている自分はひょっとして奴より偉いのではないかと思えた。
ちょうど酒場で出会った士官希望の若者達に自分の偉大さを誇示すると、彼等は取り入ろうとうまい酒を奢ってくれた。自分を称える心地いい言葉にうまい酒。リューグナーは満ち足りた気持ちで眠りについたはずだった。
「おい、起きろ」
リューグナーは二日酔いでガンガンと痛む頭を押さえながら目を覚ました。彼を起こそうとしている相手は容赦なく体を揺するので、頭痛に拍車がかかる。
「う……ん……酒、くれぇ……」
「甘えるな」
冷たい答えと共に、大量の水が容赦なくかけられる。ようやく酔いがさめてリューグナーは飛び起きた。
「何しやがる!」
勢いよく体を起こすが、目の前に居並ぶ面々を見て固まる。
「目が覚めたか?」
「あ……な……に」
彼の正面に仁王立ちしているのはリーガスだった。その隣には桶を構えたルークがいて、その隣には空の桶を持ったキリアンが立っている。ルークとは反対側のリーガスの横には腕を組んだジーンが立っていて、オルティスにハンス、トーマスもその後ろにいる。
「まだちゃんと目が覚めていないみたいね」
「もう一杯かけましょうか?」
「やってくれ」
「了解」
ルークは遠慮なく桶の水をリューグナーにかけた。
「うわっ」
季節は既に秋。濡れた衣服は冷えて容赦なく体温を奪っていく。だが、体の震えはその所為ばかりでは無かった。
「さて、目が覚めた様だから話を聞かせてもらおうか」
リューグナーはニヤリと笑うリーガスの顔が妖魔よりも恐ろしく感じた。
ラグラスによって愛する妻と子の死を知らされたエドワルドは、絶望感で生きる気力を失いかけていた。
いつからか治療に来ていたリューグナーも、気まぐれに訪れて優越感に浸っていた親族達も顔を見せなくなり、外部からの情報が完全に遮断された。孤独な2ヶ月近い監禁生活にさすがの彼も
そんなある日、彼は夢を見た。
「フロリエ……コリン……」
愛しい2人が笑いかけている。他にも苦楽を共にしてきた部下達の姿が次々と浮かんでくる。それは、彼を励ましている様にも見える。
「夢……か……」
彼等に手を伸ばしたところで目が覚めた。不思議と喪失感よりも温かいもので心が満たされている。
「まだ……死ぬわけにはいかない……」
真っ暗な部屋の中、エドワルドは再び生きる気力を取り戻した。その姿を天窓から1匹の小竜がのぞき込んでいた。
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