55 時が来るまで4

「ただ、部屋を移動して頂かなくては。この部屋で貴公の看病を行っているのは一部の村人には知られてしまっている。鎮魂の儀が済んでも、普段使わない部屋に人の気配があればすぐにばれてしまうだろう。さて、どの部屋が良いか……」

 リカルドも思案する表情となる。怪我人の療養ができ、尚且つ限られた人間だけしか出入りできない部屋となると限られてくる。そこへ今まで大人しく控えていたマリーリアが口をはさむ。

「私の部屋はどうでしょう?」

「え?」

 思わず2人とも振り向いて彼女を見ていた。

「私が住んでいる離れなら十分な広さがありますし、鎮魂の儀の後に私が悲嘆してこもっている事にしてしまえば、食事を運んでもらっても違和感はありません。何よりもカーマインが側にいますから、不審者が近づいてもすぐにわかります」

「いくらなんでもそれはまずいだろう」

 アスターはあわてて反対をする。

「他にいい方法がございますか?」

「あのなぁ、私だって男だ。間違いが起こってからでは遅い」

「それほど元気になられるまでここにおられるつもりですか?」

 マリーリアに見事切り替えされて、アスターは思わず頭を抱える。

「ククク……これはマリーリアの勝ちだな、アスター卿」

 2人のやり取りを聞いていたリカルドは思わず笑い出す。

「しかし、いくらなんでも……」

「部屋の中央に仕切りを用意させ、予備の寝台を入れれば問題なかろう」

「そうですね、従兄上。大丈夫ですわ、アスター卿は紳士ですもの」

 澄まして答えるマリーリアに恨みがましい視線を送るが、彼女は見事に無視した。




 アスターは最後まで抵抗を試みたが、その翌日に起こった頭痛の発作で薬を飲み、眠り込んでいる間に部屋を移されていた。

「何てことだ……」

 目が覚めてみると、女性向けの香が漂う部屋の寝台に寝かされていて彼は途方に暮れた。外からは鐘の音が鳴り響いており、鎮魂の儀が始まったことを村中に伝えている。アスターは溜息を一つつくと、短い間だったが部下としてよく働いてくれた竜騎士達の冥福と、主であるエドワルドとその家族の無事を静かに祈った。

 しばらくして喪服姿のマリーリアが部屋に戻ってきた。本当に泣いたらしく、目は赤くなっている。

「終わったわ」

「……」

 アスターは了承もなく部屋を移されたことに腹を立て、答えなかった。横になったままプイッとそっぽを向く。

「ルーク卿がいらしたわ」

「ルークが?」

 皇都で囚われているはずの弟分の名前を聞いて思わず振り向いてしまう。彼女は喪服には不似合いな、布に包まれた長い棒状の物を手にしていた。

「これをあなたにと手渡してそのまま出ていかれたわ。真相をお話しする間も無かった」

「……」

 マリーリアは楽に体を起こしていられるようにアスターの背中に枕を当ててくれる。彼が落ち着いたところで改めてその棒状の物を手渡す。

「これは……」

 布を外してみると、中から出てきたのは自分の長剣だった。しっくり手になじむ感触は、昨年の夏至祭にハルベルトから賜った物で、今となっては彼の形見になってしまった。なくしてしまったと思っていたが、ルークはそれを見つけ、手入れまでしてくれている。

 これを見つけたということは、あの現場を彼が目にしているということである。きっと、何が起こったか理解し、ヒースに報告してくれているに違いない。有能な指揮官である親友の彼なら何らかの手も打っている事だろう。更にルークが自由の身でいるということ自体が、アスターに希望をもたらした。

「早く良くならなければ……」

 与えられた部屋に文句を言っている場合ではなかった。とにかく傷を治し、動けるようになって看病が必要なくなればいいのだ。その時はそう思って自分を納得させたのだった。




 日中、アスターは落ちた筋力を回復する鍛錬に時間を費やしていた。本当は外を歩いたほうが手っ取り早く体力をつけられるのだが、死人となっている彼が歩き回っていたらそれこそ村中が大騒ぎである。今は部屋の中で出来る事を地道にコツコツとするしかなかった。

 そこへ部屋の戸を叩く音がする。アスターはあわてて衝立の陰に隠れ、マリーリアは用心しながら戸を開ける。

「お茶のご用意をしてまいりました」

 現れたのは、昨年までエドワルドの恋人だったエルデネートである。秋にエドワルドと別れた後、ロベリアを出て皇都に向かった事は知っていた。その後はもう関わるなとエドワルドから厳命されていたので消息を追うことはしなかったが、気になっていたのは確かだった。

 アスターが寝込んでいる間、時折マリーリアに代わって彼女も看病をしてくれていた。今はマリーリアの紹介でリカルドの娘の家庭教師をしていると言う。エドワルドと彼女が別れた時、マリーリアは彼女を友人だと言って彼に文句を言ってきた。行く当てのない彼女にマリーリアが落ち着き先を世話するのは自然な流れだと納得したのだった。

「ありがとう」

 マリーリアはほほ笑んで彼女を部屋の中へ招き入れる。戸が閉まるとアスターもほっとして緊張を解いた。彼女もアスターの存命を知る一人だった。

「こちらが今、届きました」

 エルデネートは盆を机に置くと、盆と茶器の間から小さく折りたたんだ手紙を取り出した。現在、リカルドは所用でワールウェイド城に出かけている。そちらでの様子を娘にあてた手紙の中にまぎれさせて送ってきてくれているのだ。

「ありがとう」

 アスターは手紙を受け取ると、早速目を通し始める。その間にエルデネートとマリーリアはお茶の準備を整える。

「!」

 手紙を読んでいたアスターの表情がこわばり、手紙を持つ手が震えている。彼のそんな様子に女性2人も動きが止まる。

「アスター卿、一体……」

 彼は答える代りに手紙をマリーリアに差し出した。彼女もその手紙に目を通すうちに顔が青ざめてくる。

「フロリエ様とコリンシア様が亡くなられたって……」

「まさか……」

 エルデネートもマリーリアから手紙を受け取って目を通すが、彼女も手紙を読み終えるころには蒼白になっている。

「ラグラスの発表だからどこまで信用していいか分からないが、紋章を手に入れたというのが引っ掛かる」

「ええ」

 しばらくしてからようやく絞り出すような声でアスターが自分の考えを誰ともなしに言う。他の2人はうなずくしかできない。

「とにかく、リカルド殿が帰ってきてからもう一度詳細をうかがおう」

「そ、そうですわね」

 2人はアスターの考えにぎこちなく同意して、冷めたお茶を淹れなおした。いつもなら和やかな時間になるはずだが、終始無言で3人はお茶を口に運んだ。



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12時に次話を更新します。

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