37 不協和音1

 ラグラスはフォルビア城で晩餐の最中だった。広い食堂の重厚なテーブルに贅沢な料理が並べられ、高価なワインも用意されている。だが、席についているのは彼一人で、最近気に入っている若い女性を給仕にはべらせていた。会話も無く、ラグラスが乱暴に置く食器の音がただ無機質に響き、エドワルドやフロリエがいた頃には想像もつかない寂しい光景であった。

「失礼いたします」

 彼がメインの料理であるこんがりと焼いたキジ肉を食べている所へダドリーが何やら報告にやってきた。

「食事中だ。後にしろ」

 冷たく言い放つと彼はワインでのどを潤す。すかさず若い女性が空いた杯にワインを注ぐ。

「急ぎでございます」

「くどい」

 なおも言いつのろうとするダドリーにラグラスは手近にあったメインディッシュの皿を投げつけた。かわいそうな彼は先日のワインに続き、食べかけのキジ肉を頭からかぶる事となった。

「ラグラス様」

 ダドリーはそれでも平身低頭で彼に報告する。

「リラ湖の西岸で、親子のものとみられる遺体が乗った小舟が漂着しているのが発見されました」

「……それで?」

「遺体は損傷が激しく、判別も難しい状態ですが、船に例の村の刻印があり、乗っていたのは手配中の女とコリンシア様ではないかと思われます」

 ラグラスは食事の手を止めて身を乗り出す。

「間違いないか?」

「小舟の刻印が村で使われていたものと一致いたしました。襲撃した折に船で脱出した者はおりませんでしたので、間違いないかと……」

「フォルビアの紋章は回収できたのか?」

「それが……船の中も付近も捜索したのですが、発見できませんでした」

「湖に沈んだか」

「おそらくは……」

 ラグラスは杯に満たされたワインを一気にあおり、しばらく何かを考えていた。

「複製はまだ出来ないか?」

「急がせておりますが、もう少しかかるとのことです」

「とにかく急がせろ。それから皇都の宰相殿に女が死んだことを報告しろ。紋章も無事に回収できたと」

「かしこまりました」

 ラグラスの指示に彼は深々と頭を下げると、食堂と退出していった。

「死んだか……」

 ラグラスはそうつぶやくと給仕の女に空の杯を突き出し、ワインを注がせる。そしてそれをまた一気にあおる。

 実のところ、ラグラスはフロリエが死んで残念に思っていた。初めて見かけた時からゆがんだ感情を抱き、身柄を確保できたら助命を交換条件に自分の愛人の一人にしようと考えていたのだ。エドワルドを生かしておいたのも今まで味わった屈辱の仕返しに彼の目の前で彼女を自分の物にする所を見せつけてやるつもりでいたのだ。

「まあいい。別の手も用意してある」

 ラグラスは不敵な笑みを浮かべると、女が満たしてくれた杯をまた一気にあおった。食事は途中だったが、気が変わった彼は席を立つと女の腕をつかんで寝室へと向かう。

 控えめで大人しい印象を受ける彼女はどことなくフロリエの印象と重なる。集められた女性の中でラグラスが一番気に入ったのもその辺りにあるのかもしれない。少し乱暴に女性の腕を引っ張り、寝室へ連れ込む。

「あ……」

 ラグラスが彼女の服を乱暴にはぎとると、体中のいたるところにあざや傷痕が残る裸身が露わになる。この一月余りでラグラスによってつけられた痕だった。気に入られ、夜伽よとぎに呼ばれた回数だけ傷痕が増えていく。彼は相手を傷つけることで自分の優位を確認し、快楽を得ていた。

 集められた女性の中には逃げ出そうとしたものもいたが、捕えられて兵士達の慰み者にされた挙句に首をはねられていた。それを目の当たりにした彼女を含む女性達は、怖くても従うしかなったのだ。

 ラグラスは荒れている。直感的にそう感じていても彼女にはどうすることもできない。恐怖に顔をこわばらせ、男が満足するのを待つしかなかった。




 フロリエとコリンシア死亡の知らせはフォルビア城下にあるヘデラの屋敷にも直ちに伝えられた。例によって夫妻の他にヘザーもいる。ラグラスを失脚させ、その息子であるバートをフォルビア公に仕立てて自分たちが主導権を握る為の計画を着々と進めていて、今もその会合の真最中だった。

 つい先日、皇都へワールウェイド公グスタフに彼の孫娘とバートとの婚約を打診した使者を送りだした。今はその返事を待っている所なのだが、そこへフロリエ死亡の知らせである。彼女の死が確定してしまえば、ラグラスが正式にフォルビア公に任命され、地位が安泰してしまう。

「計画を急ぎましょう」

「皇都からの返事がまだ来ていないのに?」

 ヘザーの言葉にカトリーヌが疑問を投げかける。

「あれの地位が確定し、この計画がばれてしまったら私達はおしまいだわ」

「確かにそうだけど……」

 浮足立つヘザーとカトリーヌに対してヤーコブは1人悠然としている。

「彼にそんな暇を与えなければよろしい」

「何か策がありますの?」

 カトリーヌが不思議そうに尋ねる。

「リューグナーに動いていただこう」

「あなた、あの男をいつの間に仲間に加えたのですか?」

 カトリーヌが不満そうに口をはさむと、ヘザーも不快感を露わにする。

「あのような者を加えた所で何の利益にもなりませんわ」

 彼らの感覚からすれば、一族でもない彼はていのいい使用人にすぎない。しかも守銭奴である彼は金次第で着く側を変える恐れもあった。

「いえいえ、我々の手駒として動いていただきます」

 一同を安心させるようにヤーコブは人の良い笑みを浮かべる。

「何かいい案でも?」

「ええ。ラグラスにこき使われて不満を持っているのは彼も同じですからね。近頃は謝礼が少ないと周囲に不満を漏らしています」

「聞きましたわ。酒場で泥酔しているのを見かけたと召使が言っておりました」

 何が関係するのだろうと、不思議に思いながらヘザーが言う。

「リューグナーがサントリナ家のソフィア様に取り入って、皇都でフロリエの悪評を高めてくれたのはお手柄でした。更には捕えた殿下の治療にもあたっている」

「それは確かに」

 女性陣もその点ではリューグナーの手柄を頷かざるを得なかった。

「もし仮にそのことをネタにラグラスを強請ゆすったらどうなりますか?」

「強請る……とは?」

 すぐには理解できずに他の2人は首をかしげる。

「殿下が健在なのは我々とラグラスの他に一部の人間しか知りません。もしそれを……例えばロベリアの竜騎士達に教えると言ったら、奴はどうなりますか?」

「それは……私達も危ないのでは?」

 蒼白な顔をしてヘザーが口をはさむ。

「本当に行く勇気は奴にはありませんよ。加担したとあっては暴露した本人も命は無いでしょう。ただ、ラグラスはそうとわかっていても奴を全力でつぶしにかかるはずです」

「確かにやりかねませんわ」

 ヤーコブの目論見がだんだんと分かってきてヘザーも余裕が生まれてくる。

「リューグナーがあの男を強請って注意をひきつけてくれている間に、我々はバートを連れて皇都に向かいましょう。そして先にワールウェイド公にお会いしてラグラスを失脚させてしまいましょう」

 ヘデラの提案は他の2人にも妙案に思え、皆が納得して頷いている。

「それでリューグナーにはいつ動いていただきますか?」

「我々の準備ができ次第、彼には動いていただきましょう」

 自信満々のヘデラに他の2人も同意する。3人は計画の成功を願い、改めてワインの杯を合わせて乾杯したのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る