36 流浪の果てに6
流血を伴う暴力シーンがあります。
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「姉ちゃんから離れろ!」
ティムの叫びに男たちは驚いたようであるが、相手が少年一人と知り、頭目らしき男がオリガにのしかかったまま部下に身振りで片付けろと命じる。
「ガキは引っ込んでいな」
嘲笑するかのようにそう言うと、男が3人ティムに向かってきた。蛮刀や大剣を持った彼らは明らかにティムを見くびっていて、遊んでやろうという感覚で斬りかかってきた。
ティムは冷静だった。持っている武器の違いを分かっていたので、まともに刃を交えようとはせず、攻撃を素早くかわしながら隙のできた相手の懐に飛び込み、利き腕を切りつけて素早く離れた。結果、向かってきた3人とも腕を抑えて
「何!?」
見た目は少年でも、第3騎士団に入団を控えていた少年は、ルークを始めとする竜騎士から剣術の基本を学んでいた。時にはエドワルドやアスターといった一流の竜騎士が相手をしてくれたこともあり、同年代の少年の中でもずば抜けて優れていたのだ。そんなことを知らない盗賊達は、見た目よりも腕が立つことに驚きつつも、今度は手加減なしで斬りかかってくる。たちまち小剣は弾き飛ばされ、俊敏な彼でもよけきれずに肩や腕に傷を負ってその場に倒れた。
「ティム!」
男に腕をつかまれた状態でフロリエが叫ぶ。ティムを倒した男たちは倒れた少年を蹴飛ばし、今度こそ女達で楽しもうと引き返してくる。フロリエの中で怒りと共に長く忘れていた力を思い出した。
「大いなる母神ダナシアよ、私に力を……」
子供を
「な……」
自分の身に何が起きたか分からず、男たちは呆然としている。フロリエは手探りでオリガのそばに寄り、気を失った彼女を抱きしめた。かろうじて凌辱されずに済んだようだ。
「舐めたマネしやがって!」
完全に男たちは逆上し、ものすごい形相で彼女達に迫る。フロリエはもう一度力を使って防御結界を張ろうとしたが、もう体力も気力も残っていない。その上、乱暴に引きずられた影響か腹部に痛みも感じる。
「母様……」
「ごめんなさい…」
もうどうすることもできなかった。彼女はすがってくる娘と意識のないオリガを抱きしめて目を閉じた。
「フロリエ様……」
ティムは残った力を振り絞って起き上がり、彼女たちを助けようと素手で男たちにつかみかかる。だが、簡単に振り払われ、倒れた彼の腹部に大剣が突き立てられる。
「うっ……」
体をひねってよけたが、刃は脇腹を傷つけ、血が流れている。止めとばかりに男はもう一度大剣を振り上げた。もう動く気力が残っていないティムは観念して目を閉じたが、その大剣が振り下ろされることは無かった。
「ぐわっ」
かすむ視界でティムが目にしたのは、たった今彼に止めを刺そうとした男が顔を押さえて地面に蹲っている姿であった。その向こうでは、フロリエにつかみかかろうとしていた男がルルーに爪をたてられ、近くに放していた老馬に蹴飛ばされていた。よく見ると辺りには見慣れない数匹の小竜が男達に襲いかかり、彼等は顔を押さえて地面転がりもがいていた。
「これは……」
ティム以上に驚いたのは盗賊達の方であった。数日前に自分たちのアジトが襲われた記憶と重なる。
「まずい……」
「奴らが来る!」
頭目はまだ地面でもがいている手下を見捨て、あわてて逃げようとするが、ザザッと音がして飛竜が急降下してくる。彼の行く手を塞ぐように、華麗に6人の竜騎士が飛び降りた。
「ここは聖域。貴様らの様な外道の立ち入りを許される場所ではない」
黒髪の若い男が頭目に長剣を突き付け、盗賊はじりじりと後退をする。女性の竜騎士はすぐにティムの元へ駆けつけ、応急処置を始める。少年は助けが来たことに安堵し、そのまま意識を失ってしまった。他の竜騎士はまだ地面でのたうちまわっている盗賊を縛りにかかる。手下の一人が身を寄せ合うようにしている女性達を人質に取ろうとするが、小竜たちが彼女たちを守るように
「まさか……」
黒髪の若者は女性の顔を見てハッとなり、わずかに隙が出来た。その僅かな隙に頭目は身をひるがえして逃げる。
「しまった、追ってくれ!」
若者の命令で2人の竜騎士がその後を追い、野生の小竜達が後に続く。それを確認すると若者は真っ直ぐフロリエの元へ駆け寄る。
「フレア!」
彼は娘とオリガを抱き寄せたままぐったりしているフロリエ=フレアを抱き抱える。だが、さすがに目のやり場に困るのか、半裸のオリガに自分の長衣を着せかけた。
「アレス……来てくれた」
「フレア……」
若者は思いがけない再会に声が出ない。
「コリンとみんなを助けて……」
「分かった」
アレスの返事に彼女は安堵の表情を浮かべる。既に少年の応急措置は済み、頭目に見捨てられた盗賊達も全員縛り上げられている。医術の心得がある女性の竜騎士は既に傍らにいるコリンシアとオリガの具合を診ていた。
「私……」
診察の為に触れられてオリガの意識が戻る。見慣れない人々に囲まれて驚いたように体を起こそうとするが、まだ少し
「無理して動かない方が良いわ」
「……助かったの?」
頷き返してくれる女性竜騎士と縛り上げられている盗賊たちの光景を見てようやく自分が助かったことを理解する。だがすぐに不安げな表情となる。
「……フロリエ様とコリン様は?」
「ここよ……オリガ、良かった……」
首を巡らすと黒髪の若い男に抱きかかえられているフロリエの姿があった。傍らにはコリンシアも寝かせられていて、早急に運ぶ手筈が整えられている。その向こうで応急処置を終えたティムを飛竜が抱きかかえているのが見える。
「助かったのですね……」
「ええ……」
オリガのつぶやきにフレアは答えるが、彼女はお腹を押さえて苦しげな表情となる。
「フレア?」
慌てたような若者の声に、オリガはあわてて体を起こす。
「痛い……。赤ちゃん……」
「え?」
フレアの言葉をアレスはすぐには理解できなかったが、彼女の懐妊を知っているオリガは青ざめ、彼と傍らの女性に跪く。
「奥方様はご懐妊されているのです。手荒にされて……まさか……」
「な……」
オリガの言葉にアレスは呆然となる。
「若!」
医術の心得がある女性竜騎士はさすがに冷静だった。深刻な状況を理解し、アレスの肩をゆすって指示を促す。
「すまん。レイドは少年と子供を頼む。アイリーンは彼女を。俺はフレアを連れて帰る。パットは飛竜とこいつらを見張っていてくれ。増援を頼んでおく」
「了解」
我に返ったアレスはようやく部下に的確な指示を与える。そして自分の飛竜を呼び寄せると、そっとフレアを抱き上げて騎乗する。
「急ぐぞ」
既にレイドとアイリーンの準備も整っている。彼らは出せる限りのスピードで飛竜を飛ばし、本拠地の村、ラトリ村へと戻っていった。
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