25 手掛かりを追って5

グッ……


 伝えたいことを全て伝えた飛竜は疲れたように再び目を閉じた。

「今はゆっくりお休み、グランシアード」

 怒りをグッとこらえると、ルークは彼にそう声をかけた。今はとにかく傷ついた飛竜を助けなければならない。

「俺がついていますから、お2人は休んできてください」

 薄暗い小屋の中にいても寝不足の2人の目の下にはくっきりと隈が出来ているのがわかる。フォルビアに潜入してからというもの、ほとんど休んでいないのだろう。

「……分かった、言葉に甘えさせてもらおう」

 少し迷ったものの、リーガスは妻を促して立ち上がった。確かに酷使した体がそろそろ限界を訴えていた。明るくなるまで休めれば、少しは体も楽になるだろう。

「ありがとう、ルーク」

 ルークの気遣いに感謝すると、2人は小屋を出て子供達が寝ているあの大きな家に向かう。すると、ジーンを見つけたリリアナが嬉しそうに寄ってくる。

「リリアナ……心配した?」

 ゴロゴロとのどをならしながらリリアナがジーンに頭を摺り寄せてくる。竜騎士にとって飛竜は何よりの癒しになる。グランシアードから伝えられた事実で落ち込んだ気持ちも幾分晴れた。ひとしきり撫でてもらって満足したのか、リリアナはほどなくして仲間の飛竜が休んでいる村外れへ戻っていく。2人はそれを見送ると、家の中へ入っていった。

「休む前に何か飲む?」

「そうだな、頼む」

 ジーンが台所でお茶を淹れている間にリーガスはルークから預かった手紙を広げる。悪くなる一方のロベリアの状況に、再び暗澹あんたんたる気持ちがのしかかってくる。

「よくない知らせ?」

 眉間にしわを寄せている夫の表情にジーンは心配そうに尋ねてくる。

「良くないな……。我々の行動を監視する為に皇都からの御指名でトロストが来ているそうだ。長く留守にしている我々がよからぬことをたくらんでいるのではないかと疑っているらしい」

「良からぬことをたくらんでいるのはどちらかしらね」

 淹れたてのお茶をリーガスに渡しながら皮肉を込めてジーンはつぶやく。

「全くだ。城へ向かった連中が何かつかんできてくれるといいが……」

「そうね……」

 2人はゆっくりとお茶を飲み干すと、リーガスはその場で夜具に包まり、ジーンは子供たちが眠る奥の部屋の端のほうに横になった。夜明けまでまだ幾分間がある。いろいろ考えたい事はあるが、疲れた体を横たえるとそのまま深い眠りについたのだった。




 自分達が思っていた以上に酷使した体は疲れていたようで、2人が目を覚ますと日はずいぶんと高く、夏の強い日差しが容赦なく降り注いでいた。あわてて2人が建設中の療養所へ行ってみると、5人の作業員に混ざってルークが汗を流して働いていた。3頭の飛竜も資材運びを手伝ったり、前足を器用に使って柱を支えたりしている。

「あ、小父さん」

 リーガスの姿を見て子供達が駆け寄ってくる。そう呼ばれることに既に慣れてしまった彼は片手を上げて応え、一番小さい女の子を肩に担いでやる。

「小父ちゃんの飛竜にさわってきた」

 女の子は嬉しそうに話しかけてくる。ここに来てからずっと忙しいものの、怖い思いをした子供達の事も2人は忘れずにかまってやるようにしていた。おかげでジーンだけでなく、いかつい外見のリーガスにもすっかり懐いていた。こうやって一日一回は皆を肩に担ぐのもすっかり習慣になってしまっている。

「そうか」

「飛竜ってみんな優しいね」

「そうだよ」

 大男が小さな女の子を肩にちょこんと乗せている姿はなんだか微笑ましい。ルークは作業の手を止めて笑いをかみ殺している。

「何か言いたそうだな、ルーク」

「いえ、その……隊長殿にも意外な一面があると思いまして……」

 やはり彼は嘘をつけない。リーガスにじろりと一睨みされて、ルークは作業を続けるふりをした。

「さあ、私たちも仕事をしないと…。みんなはグランシアードについていてあげて」

 ジーンがそう言うと、リーガスは女の子を肩からおろした。子供たちは元気良く返事して飛竜が休んでいる小屋へ走っていく。

 療養所が出来れば子供達は職人達と一緒に神殿に向かう手筈となっている。今夜2人がロベリアへ帰ってしまえば、こうしていられるのもあとわずか。惜しむ気持ちはあるものの、しなければならないことが山のようにあった。

 3頭の飛竜達の的確な手助けのおかげで、暗くなった頃にはしっかりした柱の骨組みと高い屋根は完成した。壁は後からでも構わないと判断し、飛竜が3頭いるうちに重傷の飛竜を移動させることにした。

清潔な乾草の寝床も用意され、かがり火で辺りを照らされた中をグランシアードは他の3頭や竜騎士達に助けられながら這うように移動した。

「大丈夫か?」

 ルークが声をかけると、大きな飛竜は一度彼に鼻を摺り寄せた後、すぐに乾草の上にうずくまって眠ってしまった。移動で体力を消耗し、疲れてしまったのだろう。壁の代わりに通気のいい葭簀よしずを立てかけ、彼をゆっくり休ませるために飛竜も人間もそばから離れた。

「どうにか間に合ったな……」

 リーガスがほっとしたように言う。ジーンも一つ肩の荷が下りたようで、同様にほっとした表情をしている。

「でも、まだまだですよ」

 ルークが釘を刺すように言う。確かにまだ何も解決していない。

「そうだな。俺たちはとにかく一度戻らないと……」

「ええ」

 リーガスとジーンの言葉にニコルが驚いたように尋ねる。

「小父さん、帰っちゃうの?」

「用事があるからな、それが済めばまた戻って来ようと思う」

 いかつい竜騎士は少年の頭にポンと手をのせる。

「寂しいな……」

 ぽつりとそう言った彼の頭をリーガスはかき回すように撫でた。

「それまで他の子をしっかり面倒見ていてくれよ」

 ほかの小さな子供達は、もう遅い時間ということもあって、神殿から来た神官に見守られて既に眠ってしまっている。忙しくてきちんと説明してやれないが、リーガスはそれを少年に託した。

「うん、わかった」

 頷いた彼の頭をもう一度竜騎士はポンポンと軽くたたく。2人の間に芽生えていた絆は決してか細いものでは無い様である。

 それからリーガスはジーンと共に大急ぎで出立の準備を済ませると、ルークとニコルに見送られてそれぞれの飛竜に跨った。

「ルーク、後を頼む。状況次第ではすぐには無理かもしれないが、なるだけ早くここへ戻って来ようと思う」

「はい、分かりました」

 リーガスの希望はなかなかすぐには叶えられそうにない事をルークも十分承知しているが、ここは素直に頷いた。

「グランシアードだけでなく、ここにいる間は子供達も出来ればかまってあげて。お願いよ」

 ジーンもここを離れがたく思っているのは確かであった。

「ヒース卿が演習を行ってくれていますが、お2人ともどうか気を付けて下さい」

「ああ。では、本当に後を頼む」

 いつまでも名残は惜しいが、リーガスは念を押すようにもう一度後輩の竜騎士に頼むと、軽く手を上げてジーンクレイを飛翔させた。それにジーンのリリアナが続く。

「小父さん、ありがとう。気を付けてね!」

 ニコルが2人に手を振る。彼は暗い空へ飛んで行った2頭の飛竜にいつまでも手を振り続けた。



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