24 手掛かりを追って4

 夜明け前にルークはマーデ村に着いた。ヒースが大々的に夜間演習を行ってくれたため、ジーンクレイとリリアナを連れていても難なく境界を超えることが出来た。それでも用心のため、通常の飛行では飛ばないような高度を維持して飛び続けた。

「ルーク、来てくれたのか」

 村に着くと、すぐにリーガスが気付いて彼を出迎えてくれる。ジーンクレイは久しぶりにパートナーと会えたのが嬉しいらしくしきりに顔を摺り寄せてくる。

「ジーンクレイ、お前も来たのか?なかなか帰れなくてごめんよ」

 リーガスは甘えてくる相棒の頭をぽんぽんと軽くたたきながら、そわそわしている様子のリリアナの頭も撫でてやる。

「ジーンはグランシアードのそばについている。後で代わるからちょっと待ってくれよ」

 彼が優しくそう声をかけると、ようやくリリアナも落ちついたようである。近くにジーンの気を感じ、それで安心したのかもしれない。

「グランシアードの様子はどうですか?」

 エアリアルから荷物を降ろしながらルークが尋ねる。リーガスはリリアナとジーンクレイの荷物を降ろしながら表情を曇らせる。

「あまりいい容体とは言えない。一昨日の朝、正神殿からもどって一通りの治療は施したが、食事をしていなかったこともあって体力がずいぶん落ちている。寝込んでいる小屋もお世辞にもきれいとは言えないし……。今、新しい療養所を小屋の隣に建てているところだ。引っ越しをどうやってするか悩んでいたが、飛竜が3頭もいればグランシアードの移動も楽にできるだろう」

 3頭の飛竜に積んでいた荷物を降ろし、2人で手分けして担ぐ。飛竜達には村はずれで休んでいるように言うと、夜風が心地よく吹く斜面に3頭はうずくまった。その様子を見届けると、リーガスはルークを促して村の中へと入っていく。

「そうですか……。小屋はすぐに出来そうですか?」

「すぐに仕上げてほしい所だけれど、もう2,3日はかかりそうだな」

 リーガスはそう言って現在の状況をルークに説明する。今、盗賊に滅ぼされたことになっているこの村は、復興するまでは正神殿が管理することをフォルビア側へ申し入れ、昼間承諾されたと知らせが来ていた。こうなれば建物を再建しようと、人が出入りしていようと不審には思われないであろう。しばらくの間、この村を彼らの活動拠点に使うことが出来そうだった。

 その説明をしている間に、2人は村の小さな広場を抜け、奥にある大きな家に向かう。復興の為に神殿から派遣された人々が休んでいるのか、焼け残った他の家にも人の気配を感じる。

「そうなると、エアリアルだけで運ぶことになりそうですね」

「え?」

「ロベリアでもいろいろありまして、2人にはすぐに戻って頂かないと……。詳しいことはヒース団長から手紙を預かっています」

「……工事を急がせるか。土台は出来上がっているからな。資材運びは飛竜達にも手伝ってもらおう」

 リーガスは渋い表情で何やら考え込んでいたが、すぐにそう結論を出した。

「俺も協力しますよ」

「頼む」

 目的の家に着くと、奥で誰か休んでいるらしく、リーガスは物音をたてないように静かに荷物を降ろした。ルークもそれに習い、音をたてないように荷を降ろし、腰の小物入れから手紙を取り出した。

「先に手紙を預けます。これです」

「分かった」

 荷物の中から手早くグランシアードに必要なものを取り出すと、2人は再び外に出て傷ついた飛竜が休んでいる小屋に向かった。土台がきれいに整えられている療養所すぐ向こう、小屋の戸口にはジーンが出て2人を待っていた。

「ルーク、貴方が来てくれるとは思わなかったわ」

 ジーンが少し驚いたように言うと、彼は少し戸惑ったように答える。

「すぐにでもフロリエ様やコリン様を捜しに飛んでいきたかったけど、俺達は目立ちすぎますから……。グランシアードの看病や世話なら役に立つと思って来ました」

「それは助かるけど、いいの?」

「リラ湖畔のどこへ着いたかもわからないし、むやみに飛び回るのもかえって危険です。だけどここでグランシアードの世話の傍ら、情報を集めるつもりです」

 ルークの答えにジーンは頷く。

「分かったわ。今、グランシアードは寝ているの。静かにね」

 ジーンはほのかな明かりがともる小屋の中へ2人を招き入れる。雑多なものが置かれ、異臭のする小屋の中で窮屈そうにグランシアードがうずくまっていた。これでもリーガスやジーン、神殿から来た世話係、子供達も加わって大掃除をしたおかげでずいぶんときれいになっていた。だが、以前の様子をしらないルークは思わず顔をしかめる。

「こんなところに……」

「これでもきれいになったほうだ。だが、とにかくゆっくり休ませるには新しい療養所が必要だ。急がせているが、人手が足りなくてはかどらない」

「そうですか……」

 ルークは荷物から薬の類の他に、彼が好む乾燥させた香草の包みをとりだした。それをそっとグランシアードのそばに置く。


グッ……


 その香りに飛竜はフッと目を開けた。

「グランシアード……」

 ルークの呼びかけに彼は頭を寄せて甘えようとする。竜騎士はいつものように頭から首を撫でようとして動きが止まる。そこにもいくつか傷があり、彼は傷に触れないように優しく撫でてやった。


グッ……


 すると3人の竜騎士の脳裏に、恐怖心と共に果敢にも兵士に立ち向かう人物の姿が映る。少し曖昧でぼやけた感じがするのは他人から読み取った記憶だからだろうか。それでもその人物のイメージは鮮烈に伝わってくる。曇天にもかかわらず、そこだけ光が差したようなプラチナブロンドと、見るものを圧倒するような華麗な剣さばきは紛れもなくエドワルドであった。だが、いかに強くとも数には勝てず、最後には傷つき、血まみれで彼は倒れた。

「!」

「これは……」

 グランシアードがニコルから読み取った記憶をそれぞれの飛竜を通じて伝えたその光景に3人は言葉もない。そしてその卑劣な手法に怒りが込み上げてくる。

「グランシアード……」

 ルークは彼の無念さも汲み取り、傷がない場所を優しく撫でた。すると、違う光景が送り込まれてくる。

 数人の子供たちが亡骸を船に乗せようとしていた。小さな子供達ばかりではなかなか難しく、何度も失敗しているのがわかる。やがて子供たちの驚いた表情が大写しになる。突然現れた大きな飛竜に驚いたのだろう。苦労している彼らを見かね、一休みのつもりで彼は降りたようだ。

 大人と子供を含めて20以上の亡骸を数隻の小船に乗せるのを手伝った。皆、刀傷を負っているのが見て取れる。そうしているうちに彼らがエドワルドの姿を目撃しているのを知ったらしい。


グッグッ……


「無理しなくていい、もう休め」

 飛竜が苦しそうにしているのに気付き、3人とも飛竜を休ませようとするが、彼は引き続き違う思念を送ってきた。

 場面は一転して林の上空を飛んでいた。時間はさかのぼるらしく、まだ弱い雨が降っていて、視界がぼやけている。彼の前には同様に傷ついたファルクレインが飛んでいた。

「ファルクレインも怪我をしているのか……」

 リーガスがつぶやく。オルティスをはじめとした館の使用人達を助けるため、飛竜達は閉じ込められたまま火をつけられた厩舎を内側から体当たりで壊し、全員が脱出するまでその屋根を支え続けたという。そしてその傷ついた体で、手分けして彼らを安全な場所まで連れて逃げたと聞いていた。

 先を行くファルクレインが何かに気付いて降下する。グランシアードもそれに続いて降下し、林の外れで彼らが見たのは血まみれの竜騎士の姿だった。顔の左半分が血にまみれているが、その人物は紛れもなくエドワルドの腹心、アスターであった。

「アスター卿!」

 ジーンはたまらず悲鳴を上げた。彼は見るからに瀕死の重傷を負っていて、ファルクレインに手を上げかけてそのまま動かなくなったのだ。その竜騎士をファルクレインは器用に抱えると、そのまま北に向かって飛び立ち、グランシアードは南西に向かって飛び立った。

「何てことだ……」

 リーガスの声は震えていた。ルークも怒りで握りしめた拳が震えている。

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