15 悪夢の始まり8

 偽装したままのエアリアルに乗り、ルークとオルティスがロベリアの着場に現れると、総督府は大騒ぎとなった。

 先ずは空腹と疲れでフラフラな2人に食事が用意され、その間に竜騎士と騎馬兵団の各隊長、現在のロベリア総督と主だった文官達が呼び集められた。食堂は即席の会議室となり、満員の状態である。呼ばれた者の中でも下位の者は椅子に座れず、壁際に立って話を聞く有様であった。

 一方、染料で皮膚が炎症を起こし始めていたエアリアルはすぐさま竜舎へ連れて行かれ、係官が3人がかりで体を洗い、炎症を起こした箇所の手当てがほどこされた。桶に山盛り用意された甘瓜を空腹だった飛竜はペロリと平らげ、そしてよほど疲れていたのか、専用の室に入ると寝藁にうずくまってすぐに眠ってしまった。

「さて、疲れているとは思うが、話を聞かせてもらおうか?」

 2人が食事を終えて満足する頃、全員が揃ったのを確認したヒースは2人に向き直って尋ねた。

「はい」

 ルークもオルティスも表情を引き締め、先ずはルークから口を開いた。神殿にいたエドワルドへハルベルトの訃報を伝えて皇都へ向かったこと。本宮でいきなり捕らわれて地下牢へ入れられ、2日後にブランドル公の手引きで助けられた事。そしてハルベルトが既に他界し、ワールウェイド公が国政をほしいままにしている現状を伝えた。

 集まった者たちは静かに耳を傾けていたが、ハルベルトの訃報が嘘でない事に動揺がはしり、中には嗚咽おえつを漏らす者さえいた。

「エドワルド殿下が未だ皇都へお着きにならないのをブランドル公も不審に思われ、私に皇都の現状を記した手紙を託して下さいました。急ぎフォルビアヘ戻ったところ、館は無残にも残骸が残るのみとなっておりました。そこでオルティスさんと会ったのです」

 続けてオルティスが兵士達に館が襲撃を受けた話をする。略奪され、炎に包まれた館から飛竜たちの機転で助かった事を伝えると、会場がざわめく。

「我らが受けた説明と随分違うな」

 さめた口調でヒースがつぶやくと、驚いたようにルークが尋ねる。

「フォルビアの使者がここへも来たのですか?」

「知っているのか?」

 ヒースは逆に驚いた様子で2人に聞き返した。

「神殿に立ち寄った折に彼等が来たので、神官長が話を聞けるように取り計らって下さいました」

「ようもあのような嘘が並べられると呆れると同時に無性に腹が立ちました」

 渋い表情の2人にヒースもうなずく。

「彼等の言う事をはなから信じてはいないが、皇都側が加担しているとなると厄介な事になる。ご一家は未だ行方不明。何としてもフォルビアの親族たちよりも先に探さねばならない」

「……」

「どうした、ルーク? オルティス殿も」

 うつむき、何かためらっている様子の2人をいぶかしみ、近くに腰を降ろしていたリーガスが尋ねる。ルークは顔を上げると、自分の椅子に立てかけていた長いものをテーブルに置いた。そしてそれを包んでいた布を外す。

「それは……」

「ヒース団長にはこれが誰の物かお分かりになりますか?」

「……ああ。我が友アスター卿の長剣だ。ハルベルト殿下より賜った逸品に間違いない」

 ヒースが震える声で答えると、室内が再びざわめく。

「一体、これをどこで?」

 リーガスが腰を浮かせる。長剣の柄には血痕らしき黒っぽいものがついている。

「神殿と館を結んでいる街道のほぼ中間に位置する林の中です。街道脇の茂みの中に落ちていました」

「……」

 ルークの答えに場内は静まり返る。

「近隣の住民達は商団が盗賊に襲われ、その護衛が殺されたと思っているようです。いずれも体格のいい男達ばかり20名ほどが犠牲となり、村人達が既に林の外れに埋葬したそうです」

「まさかその中にアスター卿が……」

「分かりません。この長剣を見つけ、林の外れに出たところで日が暮れてしまいました。私達も限界でどうしていいか分からず、皆に相談しようと思い立ってロベリアへ帰ってきました」

 うつむくルークの肩にヒースはぽんと手を乗せた。

「いい判断だ。欲を言えばもう少し早く帰ってきても良かったが、明るいうちだと簡単にはフォルビアの境を越えられなかっただろう」

「ヒース団長……」

「皇都からの変な命令のおかげであからさまにロベリアの竜騎士を外へ出す事が出来ない。昼間に来たフォルビアの使節の真偽を確かめに人を送りたかったのだが、フォルビアは境に竜騎士も配置して人の出入りを厳しく監視している。昼間であればすぐに見付かったであろう。最も、君とエアリアルを追いかけられる竜騎士はいないだろうが」

 ヒースの言葉にロベリア総督が口を添える。

「その対策を話し合っているところへ君達が来てくれたのだよ。少なくともどこから探索を始めればいいか分かった」

「皇都へはどうしますか?ブランドル公や第1騎士団のみんなはエドワルド殿下が皇都へいらっしゃるのを待っておられます。この様な事態になっていることをまだご存知ないはずです」

 ルークの訴えにヒースもうなずく。

「分かっている。小竜を使わずに直接人を送ればいい」

「私が行きましょうか?」

 ルークは名乗り出るが、ヒースは首を振る。

「お前はだめだ。君もエアリアルも疲れすぎている。それに、万が一お前が飛び回っている事がワールウェイド公に知られてみろ。脱獄に手を貸したブランドル公のお立場が更に悪くなる」

「……」

「心配するな。ブランドル大公領とサントリナ大公領へは確実な方法でこちらの状況をお知らせする。とにかく君達は、今は体を休めておけ。必要な時には手を貸してもらう」

「はい」

 ヒースの言葉にルークは渋々うなずく。確かにエアリアルにこれ以上無理はさせられなかった。体に炎症を起こしていたにもかかわらず、飛竜は彼が求めるままに一日飛び続けてくれたのだ。今はゆっくり休ませてやらなければならない。

「では、これをヒース卿にあずけます。ブランドル公がエドワルド殿下にあてた手紙です。宛て名ではない方に渡すのは使いに出る者にとってあるまじき行為ですが、皇都の現状が詳しく分かると思います」

 そう言ってルークは懐から手紙を取り出し、ヒースはうなずいてそれを受け取った。

「分かった、預かろう。リーガス、クレスト、夜明けまでにフォルビアヘ潜入させる兵士を手分けして運んでくれ。ロベリアにはおそらく皇都側の密偵が潜んでいるだろう。彼らに気取られぬよう、くれぐれも気を付けてくれ」

「分かりました」

 リーガスとクレストはそう答えると、他の竜騎士に目配せして立ち上がる。彼等は別室で細かい打ち合わせをする為に食堂を出て行こうとする。

「私も連れて行ってくれませんか?」

 オルティスが立ち上がって竜騎士たちを呼び止める。

「オルティスさん?」

「フォルビアに戻るというのですか?」

 皆が驚いたように初老の家令に尋ねた。

「はい。どうしても行かねばならない場所があります」

「しかし……」

 竜騎士達が止めようとするのをヒースは片手を上げて制し、オルティスに向き直った。

「理由を伺ってもよろしいですか?」

「館におった者たちと明日の正午に会う約束をしております。手分けして情報を集め、館のふもとに集まる予定でした。私が行きませんと皆が不安に思うでしょうし、皆が危険を犯してまで集まろうとしているのに、私だけが安全な場所にいるわけにはいきません」

 最後は声が震えていた。館にいた所を襲われて命を奪われそうになり、いまさらながらにその恐怖が蘇ったのだろうか。

「オルティスさん、私が行きましょう。私は館の人たちとは顔なじみですから、彼等も安心して会ってくれるはずです」

 名乗り出たのはジーンだった。一番驚いたのはその隣にいた夫のリーガスだろう。

「お、おいっ」

「大丈夫よ。団長、許可頂けますか?」

「分かった。だが、1人で行くな。それから彼等が希望すれば、ロベリアへ避難させてくれ」

「はい」

 仕方ないといった風にヒースが許可すると、リーガスは不服そうな表情となる。

「そんなに心配ならば、一緒に行って来るか?リーガス」

「……よろしいので?」

「ルーク卿が戻ってきたし、長期でなければ大丈夫だ。君の目でフォルビアの現状を確かめてきてくれ」

「分かりました」

 リーガスは頷くと、他の竜騎士達と共に食堂を出て行った。夜明けまでに打ち合わせを済ませ、フォルビアヘ兵士を送らなければならない。急がねばならなかった。

「後は我々に任せ、ルーク卿もオルティス殿も今日は休んだ方が良い」

 竜騎士が出て行くと、ヒースは2人に向き直ってそう勧める。2人はためらった様子を見せるが、誰が見ても疲れきっているのは明白だった。彼等は仕方なく席を立つ。ルークは自分の部屋へ戻り、オルティスは急いで用意された客室へ案内された。

「オリガ……」

 ルークは部屋に戻って1人になると、寝台の縁に座り込んだ。皆がいる前では口に出して言えないが、彼は一家に同行している恋人の事が気がかりだった。濡れ衣を着せられ、どんなにつらい思いをしているだろうか? 彼の頬を涙がつたう。

「無事でいてくれ……」

 今は身動き出来ない彼はただ祈る事しか出来なかった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る