14 悪夢の始まり7

「お待たせ致しました。当神殿の神官を束ねております、ロイスと申します」

 扉が開く音がして、神官長の挨拶が聞こえる。

「ラグラス卿の使いの方と伺いましたが、どういったご用件でしょうか?」

「間違えないで頂こう。フォルビア大公ラグラス様の使いだ」

 ただの使いだと言うのに随分と偉そうである。

「おや、私も歳でございましょうか、今のフォルビア大公はフロリエ様と記憶しておりましたが?」

 神官長の答えに使いの男は笑い始め、彼は首を傾げて尋ねた。

「おかしなことを申しましたでしょうか?」

「おかしいも何も……あの女は謀反人だ。あろう事か記憶喪失を装って先の女大公グロリア様とエドワルド殿下に取り入り、まんまとフォルビア大公家の養女に納まった挙句、大公家をのっとろうとした。更にはまやかしに気付いたお2人を殺害し、殿下のご息女であるコリンシア姫を人質にして逃げた大罪人である。

 ラグラス様は先日、国主アロン陛下より正式にフォルビア大公に任じられ、謀反人であるあの女の逮捕を命じられたのだ」

 使いの男はひとしきり笑うと、得意げにしゃべり始めた。ルークもオルティスも怒りを抑えるのに必死であった。

「ほお……女性が1人であのエドワルド殿下を殺める事が出来ましょうか?」

 神官長は素朴な疑問を投げかけてみる。

「あの女は薬物に詳しい。殿下がお飲みになる酒に毒を入れたのだ」

「毒ですか? しかし、あの方は目がご不自由のはず。そういった物を用意するのは難しいのでは?」

「それも演技だ。盲目で同情を誘い、小竜を使えることで他の人間と違う事を演出したのだ。それによって先の女大公様も、殿下もだまされたのだ」

「……」

 神官長の無言を肯定と受け取ったのか、使いの男は更に続ける。

「殿下殺害の共犯として、あの女の小間使いだった女とその弟も行動を共にしているという情報もある。現在捜索中で行方が分からないが、こちらに逃げ込んできた折には直ちに引き渡して頂きたい。お気の毒なコリンシア姫を一刻も早く助け出したいとラグラス公はお考えでいらっしゃる」

 オルガとティムの姉弟の事とすぐに分かり、ルークは声を出さないように唇から血がにじむくらい強くかみ締めて耐えた。

「さ、左様でございますか……」

 あまりにも白々しい台詞にさすがのロイスも適切な返答が思い浮かばない。

「全ての街道に検問所を設け、領内より出て行こうとする者を厳しく監視している。逃げ場が無ければここへ現れる可能性は高い。謀反人が捕まればラグラス公も大層お喜びになり、謝礼も弾まれるだろう」

 使いの男はその後も自分達の正当性を並べ立て、ロイスはうんざりしながらもそれに付き合っていた。次に予定があるのか、やがて部下に促されて使いの男は席を立った。




見送りを若い神官に任せて、やれやれといった表情でロイスはルーク達の待つ部屋へ戻って来た。

「ああいった手合いを相手するのは骨が折れる」

「神官長殿……」

 不安げなオルティスとやり場の無い怒りに身を震わせているルークの姿に彼は再び席を勧め、2人も座っていた場所に座り直す。

「御案じ召さるな。彼等の言葉を鵜呑みにするほど分別を失ってはおらぬ。だが、神殿は内政に関与できない決まりとなっている故、現時点では我々が直接介入する事は許されていない」

 神官長の言葉にルークはがっかりとした表情となる。

「しかし、これだけはお約束いたしましょう。エドワルド殿下やフロリエ様が助けを求めてここへ来られたら、真っ先にロベリアへお知らせいたしましょう」

「本当ですか?」

「はい。彼等の言い分には無理がある。それでも現段階ではあなた方にあからさまな協力は出来ないが、フロリエ様のお身柄を彼らに渡すまねはしないと約束致します」

「ありがとうございます」

 ルークとオルティスは少し安堵した表情で神官長に頭を下げた。

「それから、武装した集団の話で思い出したのですが、ここから東へ向かう街道で商団が盗賊に襲われて犠牲者が出たと近隣の住民が申しております。亡くなっていたのは20名ほどでいずれも体格のいい男ばかりだったそうです。住民の訴えがあったのは3日ほど前。もしかしたらと思うのですが……」

 彼が言わんとすることはルークにもオルティスにもすぐに察しがついた。2人はすぐに腰を浮かせる。

「その現場はどこですか?」

「ここから館へ向かう街道のちょうど中間辺りにある林の中です。部下の話では遺体は既に神官が祈りを捧げて埋葬を済ませておるそうです」

「行ってみます」

 ルークがオルティスと共に部屋を出て行こうとすると神官長は彼を呼び止めた。

「ルーク卿、一言良いか?」

「何でしょう?」

「1人では解決できないこともある。仲間を頼りなさい」

「はい。ありがとうございます」

 ルークとオルティスは神官長に改めて頭を下げると、教えてもらった場所へ向かう為にエアリアルの元へ急いだ。




 神殿を後にしたルークとオルティスは、先に盗賊が出たという林の近くにある村に立ち寄った。そこで詳しい場所を村人に尋ね、犠牲者達を埋葬した場所も教えてもらった。彼等は盗賊の存在に怯えていたが、ルークはそういった輩の仕業ではない事を確信していた。もし盗賊の仕業ならば、もっと近隣に被害が出ているだろう。更に起きた場所も時間もエドワルド達が館へ戻る為に通った頃合いと合致する。

 ルークは林の外れにエアリアルを待機させ、その場所へ向かった。オルティスも痛む足をかばいながら後をついてくる。

「足が痛むのでしたら、エアリアルと待っていた方が……」

「ただ待つのも落ち着きません。それに手がかりを探すのでしたら、目は多い方がよろしいかと。多少、ぼやけてはおりますが……」

 自嘲する初老の男にルークは無言で肩を貸して歩いた。もうあれから4日も経っている。既に片付けられているので何も残ってはいないと思うが、2人の心境としては何もせずにはいられない。

「この辺りかな?」

 村人から聞いた話からおおよその見当をつけて歩いていると、僅かながらに戦闘の痕跡が残る場所に着いた。2人は手分けして一帯を調べてみる事にする。

 盗賊の噂が広まっている所為か、昼間でも街道を通るものがいない。2人は流れる汗をぬぐいながら無言で辺りの茂みや木の陰をのぞいていく。

「これは……」

「ルーク卿?」

 ルークは茂みの中に一本の長剣を見つけた。戦闘の最中に弾き飛ばされたものだろうか、抜き身のまま茂みの中に突き刺さっていた。彼はこの長剣に見覚えがあった。

「間違いない」

「いかがされましたか?」

 長剣を手にしたまま動かないルークをいぶかしみ、足を引きずりながらオルティスが近寄ってくる。

「アスター卿の長剣です。昨年の夏至祭にハルベルト殿下より賜ったものです」

「まことですか?」

「何度か見せていただいた事があります。間違いありません」

 ルークはかすれた声で返答する。この場でエドワルドやフロリエを護衛していたアスター達が戦った事は紛れも無い事実となった。この場で襲われたとなれば、彼等はどう行動したであろうか……。

「神殿へ引き返そうとしたはずなのですが……」

 ルークは神殿へ続く道を歩き始め、オルティスも足を引きずりながらそれに続く。とぼとぼと歩き続け、やがて林の外に出た。既に夏の日は沈みかけていて、辺りは薄暗くなり始めていた。

 林の外れに簡単な墓碑が立てられているのが見える。あの戦闘での犠牲者を埋葬した場所だった。ルークは長剣を手にしたままそこへふらふらと歩み寄り、膝を突いて座り込んでしまう。

「俺は一体、どうしたら……」

「ルーク卿、ちょっと休みましょう」

「しかし……」

 そうは言ったもののルークもこの後どうするか考えがまとまらない。沈んだ気持ちで2人ともその場に座り込んだ。日が暮れて、とうとう辺りは真っ暗になってしまった。

「……仲間」

 ルークはふと、別れ際に仲間を頼れというロイスの助言を思い出した。

「ロベリアへ行きましょう、オルティスさん」

「そうですな。第3騎士団の方々なら、力になってくれるかもしれません」

 ルークは気力を振り絞って立ち上がると、待たせていたエアリアルを呼び寄せ、ロベリアへ向かった。

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