13 悪夢の始まり6
皇都に戻るユリウスを見送った後、ルークは砦の侍官に湯殿へ案内してもらって汗を流し、用意してもらった食事で腹を満たした。そして久々にまともな寝台で夕刻まで体を休める事が出来た。
日が沈む頃、準備を整えたルークは砦の着場へ向かった。本宮から新たにもたらされた知らせでも、エドワルドが到着した様子は無く、ルークはフォルビアヘ向かうことを改めて決意した。
「こちらの状況を記した。これを殿下へお渡しして欲しい」
見送りに出てくれた砦の責任者が、1通の書状をルークに手渡す。ブランドル公は既に領地へ帰っており、この場には他に数名の竜騎士と侍官がいた。
「分かりました。お預かりいたします」
「これに食料が入っている。水は飛竜につけておいた」
竜騎士の1人が背嚢を手渡してくれる。記章からすると、この砦の隊長格の様だ。
「ありがとうございます」
ルークはそれを感謝して受け取り、偽装されたままのエアリアルにまたがった。彼は一度見送りしてくれた人々に頭を下げると、たそがれの空へ飛竜を飛び立たせた。
ルークは間の休息も程々に夜通しエアリアルを駆ってフォルビアを目指し、夜明け前に館へ着いた。だが、そこには見知った光景が無くなっていた。
「これは……」
重厚な石造りの建物と飛竜用に作り変えられた厩舎は消えうせ、むき出しになった土台に崩れかけた壁と焼け残った木材が散乱していた。ルークはその光景に
「殿下!フロリエ様!……オリガ!」
ルークは数日前に別れた人たちの名前を叫んだ。だが、それは無情にあたりに響くだけで返してくる者がいない。
「何故……」
衝撃のあまり彼はその場に立ち尽くす。その時、エアリアルが何かに気付き、ルークの注意を促すように低くグッグッと鳴いた。
「エアリアル?」
飛竜が促す先を見てみると、誰かがここへ近づいて来るのが見える。左足を痛めているのか、杖をつきながら小高い丘の上にあるこの館の跡へ登ってくるその人物は、フォルビア家の家令、オルティスだった。
「オルティスさん!」
ルークは叫ぶと途中で立ち止まってしまった初老の家令に走り寄った。
「おお、ルーク卿、ルーク卿ではないか……」
オルティスはルークの姿を見ると、感極まったように涙を流す。道端に座り込んでしまった彼をルークは一度立たせ、背中に背負って
「ありがとうございます」
オルティスは礼を言って受け取ると、よほど喉が渇いていたのか、それをむさぼるようにして飲み干した。
「オルティスさん、これは一体……」
ルークは相手が落ち着いたところを見計らって、この惨状の説明を求めた。彼は少し
「もう4日前になりますか、いきなり兵士が攻め込んできたのです」
「兵士が? フォルビアのですか?」
ルークは驚きのあまり聞き返す。
「本当にフォルビアの兵士だったかも定かではありませんが、彼等はこの館を捜索すると言って荒らし始めたのです。理由を求めたところ、先の女大公グロリア様の殺害容疑でフロリエ様に逮捕状が出たと……」
「そんなばかな!」
オルティスの口から聞いた事が信じられず、ルークは声を荒げた。
「彼らを止めようとしたのですが、私も他の使用人たちも捕らえられ、どうする事もできませんでした。館にあった金目のものは全て奪われ、最後に火がつけられたのです。私たちももう少しで殺されるところだったのですが、グランシアードやファルクレインが逃がしてくれました」
悔しそうな口調のオルティスの目には再び涙が溢れている。彼は更に続けた。
「私達を逃がした後、飛竜たちもいずこかへ飛び去り、私たちは近くの村へ身を隠しました一緒にいるとすぐに見つかる恐れもあります。皆、ひとまずそれぞれの縁のある場所へ行き、そこで情報を集める事にして別れました。
ただ、私にはもうその様な場所はありませんでしたので、真直ぐこちらに向かったのです。もしかしたら殿下やフロリエ様がおられるかもしれないと、
「では、殿下やフロリエ様は?」
「分かりません」
ルークはがっくりとその場に膝をついた。しばらくの間、2人は無言でその場にたたずんだ。
「……神殿……神殿に行ってみましょう。」
ルークはふと思い出した様に立ち上がった。神殿は礎の里の管理下にある為、国内にあっても治外法権が働く。もしかしたら彼等がかくまわれている可能性はあった。うなだれていたオルティスもようやく顔を上げる。
「そうですな。望みはまだ……」
「最後まで諦めてはいけません。手を貸します。一緒に行きましょう」
ルークが差し出した手を取ってオルティスは立ち上がった。若い竜騎士は足を痛めている彼を再び背負うと飛竜の元まで連れて行き、その背に跨らせた。
「行こう、エアリアル」
ルークもその背にまたがると、飛竜を神殿に向かわせた。
しかし、その最後の望みも絶たれる結果となった。神殿に着いた2人を驚いたように神官達が出迎えた。そして応接間に通され、怪我をしているオルティスの左足を丁寧に治療し、食事を用意してくれた。2人が一息ついたところ見計らうようにして知らせを受けたロイスが応接間に姿を現した。
「お留めしたのですが、殿下は急用が出来たと仰せになり、あの朝ご家族と共にお館へお戻りになられました」
あの日の事を尋ねると神官長は沈痛な面持ちでそう答えた。館が襲撃され、一家が行方不明ということを彼は始めて知った様である。
「そうですか……」
「しかし解せません。誰が一体何の為に……」
オルティスはがっくりとうなだれた。彼もルークも今までの疲れが一度に出て来て、動く気力も残っていない。
そこへ見習いらしい若い神官が慌てた様子で神官長に何やら報告に現れた。神官長もその報告にひどく驚いた様子である。
「それはまことか?」
「はい。いかが致しましょうか?」
「この隣の部屋へ通せ。このお2人がいらっしゃる事を決して知られてはならない」
「はい」
神官長の指示に若い神官はうなずいて部屋を後にする。2人のやり取りにルークもオルティスも首を傾げる。
「一体どうなさったのですか?」
「今、フォルビアの城からラグラス卿の使いが来たそうです。彼が言うには、フォルビア新大公ラグラス様の使いだそうです」
「!」
神官長の言葉に2人は衝撃を受け、そして激しい怒りがこみ上げてくる。
「あの野郎……」
「お待ちなさい、ルーク卿。使者は10名以上の護衛を従えています。ここで騒ぎを起こせば、あなた方に勝ち目はありません。更にはこの神殿の責任者として、騒ぎを起こした者を処罰せねばなりません」
立ち上がり、腰に提げた長剣に手をかけたルークをロイスが静かに制する。オルティスにも止められ、彼はしぶしぶ椅子に座り直した。
やがてざわざわと人の話し声が聞こえてきて、隣の部屋へ客が案内されている気配がする。
「城からの一行を隣へ案内するように命じています。今から話を聞いてきますので、お静かに願います」
神官長は小声で2人にそう言うと、目配せを送ってくる。やがて隣に客が落ち着き、お茶を振舞われた頃合いを見計らってロイスはそっと部屋を出て行った。彼は暗に隣の会話を聞くように言っているのだ。ルークとオルティスは音を立てないように気をつけながら壁に近づくと、隣の部屋で交わされる会話に聞き耳を立てた。
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