132 葬送の鐘5

 オルティスが飛竜の準備が整った事を遠慮がちに告げる。

「さて、我々もそろそろお暇するとしよう」

「新婚のご家庭に長居してお邪魔しては悪いからの」

 サントリナ公とブランドル公は2人を冷やかすように言うと、ハルベルトに丁寧に挨拶をして居間を出て行く。2人を見送りにエドワルドが続くと、フロリエも体を起こそうとするが、彼に止められる。

「無理しなくて良い。見送りは私がしてくる」

「そうしなさい。エドワルドが戻ってくるまで私の話し相手になってくれませんか?」

 ハルベルトにもそう言われ、フロリエは頷いて楽な姿勢に座り直した。

「はい」

 その様子にエドワルドも安心して居間を出て行く。

 今夜は館の警護の為にアスターとヒースが残る事になっていた。総督府へはユリウスが自分の父親を、ルークはサントリナ公を乗せて送ることになっており、マリーリアはそれに付き従う形となった。

 皇都からは他にもたくさんの竜騎士がロベリアへ来ていたが、混雑を避けるために館へ来る事は遠慮してもらったのだ。今頃はロベリアで第3騎士団の面々と共に情報交換と銘打って話に花が咲いている頃だろう。

 満天の星空の中へ3頭の飛竜が飛び去るのを見届けると、エドワルドは居間へ戻ってきた。そこではコリンシアが母親と伯父におばば様との思い出を一生懸命話していた。ハルベルトと何を話して良いのか分からなかったフロリエは、ほっとした様子で懸命に話すコリンシアを眺めている。エドワルドはその様子をほほえましく思いながらも、顔色の良くない妻に提案する。

「君もそろそろ休んだ方が良い」

「ですが……」

「無理をなさる必要は無い。早くお体を治されて、皇都へいらしたらまたゆっくりと話を致しましょう」

 フロリエは自分でも体が限界に達しているのが分かっていたので、ハルベルトにもそう言われ大人しく従うことにした。コリンシアに手伝ってもらってゆっくりと体を起こして立ち上がろうとする。

「無理するなと言っただろう?」

「あ……」

 エドワルドは苦笑すると、ハルベルトに頭を下げ、彼女を軽々と抱き上げた。

「兄上、もうしばらくお待ちください」

 彼はそう言うと、コリンシアも連れて居間を出て行く。1人になったハルベルトは、その様子をほほえましく思いながら、3人を見送った。そんな彼にオルティスがそっとワインの入った杯を差し出す。

「理想の良き家族だな」

「左様で。ほんのひと時でございましたが、殿下が負傷されてこの館でご静養されておられた折に、お3方のご様子をグロリア様は目を細めてご覧になっておられました。互いに思いあっているならば、是非とも一緒にしてやりたいと仰せになられ、あのご遺言を残されたのでございます」

「このまま、あの親族達が大人しく引き下がるとは思えぬ。皇都にいれば私も守ってやる事が出来るが、こちらにいる間はそれも叶わぬ。そなたもエドワルドと共に新たな当主を守る手助けをしてやってくれるか?」

「もちろんでございます」

 ハルベルトの頼みにオルティスは静かに頭を下げた。彼もフロリエの真摯な態度に好感を持っており、コリンシアが成人するまでという期間限定であるが、彼女を新たな主としてもりたてて行く事に異論は無かった。

 しばらくしてフロリエを部屋へ連れて行ったエドワルドが居間に戻ってきた。オルティスは彼にも酒杯を用意すると、静かに居間を退出する。皇家の兄弟は杯を傾けながら、今後のフォルビアのみならず、タランテラの行く末について夜が更けるまで熱心に語り合ったのだった。




 夢の中で子供の頃のフロリエは女の人に看病をしてもらっていた。

『もう大丈夫だからね』

 飛び出した自分が悪いのに、一言も責めることなく彼女は優しい言葉をかけてくれる。斜面から転がり落ちた後、動けなくなった自分を見つけてくれたのはあの金髪の男の人だった。そして足を痛め、更には熱を出したフロリエをこの女性はかいがいしく看病してくれた。

『私が悪いのに……』

『そんなことないわ。あなたの気持ちも分からずに、すぐに連れて行こうとした私達が悪いのよ。でも今はゆっくり休んで元気になりましょう。そのお話はそれからまたしましょうね』

 彼女はそう微笑むと、フロリエの額に優しく口付けてくれた。

『この人なら大丈夫……』

 この時ようやくフロリエはこの夫婦に身を任せても安心だと思えるようになったのだった。優しく握り締めてくれる手のぬくもりを感じながら眠りについたのを思い出した……。




 翌朝、総督府に逗留していたサントリナ公とブランドル公が館へ立ち寄った。ここでハルベルトと合流して皇都へ帰る為、護衛の竜騎士が10名も同行している。既にヒースのオニキスは玄関前に準備を整えて待機しており、その横にサントリナ公を乗せた大公家の竜騎士とブランドル公を乗せたユリウス、そしてここまで案内してきたルークが降り立った。オルティスとアスター、ヒースの3人が玄関前で一行を出迎え、上空で待機している護衛の竜騎士達に敷地外に着地するように指示を与えた。

「準備は整っているようだな」

 旅装のハルベルトが玄関から出てくると、竜騎士達は一様に敬礼をする。彼に続いてエドワルドとフロリエ、コリンシアが出てくる。フロリエはまだ体調が思わしくないのだが、見送りだけはしないといけないと思って出てきたのだ。

「殿下、我らはこれで皇都へ帰ります。フロリエ殿もわざわざのお見送りありがとうございます」

 サントリナ公とブランドル公がエドワルドとフロリエに頭を下げる。

「兄上もお2方も道中どうかお気をつけて」

 エドワルドはそう挨拶を返し、フロリエも一同に慎ましく声をかける。

「皆様が無事に皇都へお帰りになることをお祈り申し上げております」

「では、我らは貴女の体調が良くなられる事を祈らせてもらおう」

「左様。元気な二世の姿を見せてもらわねば」

 2人の言葉に彼女は頬を染めて頭を下げ、そんな姿を夫のエドワルドは苦笑して見ている。

「では、帰るぞ」

 ハルベルトは弟に短く挨拶を済ませると、オニキスの背にまたがった。他の2人も再度頭を下げるとそれに習う。

「皆も道中よろしく頼むぞ」

 エドワルドは護衛の竜騎士達にも厩舎にいるグランシアードを通じて声をかけた。竜騎士たちからは力強い返事が返ってくる。さすがは第1騎士団や各大公家の精鋭だと彼は内心思った。

 先ずは先行する護衛3騎が飛び立ち、それにヒースのオニキスら要人を乗せた飛竜が続く。そして最後に残りの護衛が飛び立つ。

「途中まで見送りしてきます」

 ルークはエドワルドに頭を下げてそう断ると、エアリアルにひらりとまたがる。そして春霞の空へ飛竜を飛び立たせると、先行する護衛の飛竜にたちまち追いつき、彼らを先導するように飛んでいく。おそらくフォルビアの境界までついていくのだろう。

「これから忙しくなるぞ」

「はい……」

 一行を見送りながらエドワルドがつぶやくと、フロリエが応える。これで彼女はタランテラ国内に要人の一人として知れわたる事になるのだ。

「だが、先ず君は体を治そう」

「エド……」

「本格的に始動するのはそれからだ」

 そう言って彼は愛する妻を抱き上げると、彼女を休ませる為に館の中へ戻っていったのだった。



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いつも読んでくださりありがとうございます。

これにて第1章完結です。

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励みになります。本当にありがとうございます。

話はここまででだいたい三分の一くらい。まだまだ続きます。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


花影


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