130 葬送の鐘3

 グロリアの葬儀当日、未だ体調の優れないフロリエはエドワルドの手を借りて館から出てきた。玄関先には既に3頭の飛竜が準備を整えて控えている。一足先に表に出ていたハルベルトは既にヒースのオニキスの背に座って準備を整えていた。コリンシアもユリウスがフレイムロードに乗せている。エドワルドは優しくフロリエを抱き上げてグランシアードの背に乗せ、補助具をつけて準備を完了する。

「では、行こうか」

 葬儀は正午からの予定である。日は既に高くなっているが、今から神殿に向かっても飛竜でならすぐである。喪服に身を包んだ一行は、葬儀の行われる神殿に向けて飛竜を飛び立たせた。

 神殿には既に多くの人が集まっていた。ロベリアに宿泊したサントリナ公とブランドル公も到着しており、彼らを案内してきたアスターとマリーリアが一行を出迎えてくれた。神殿の入り口には昨夜から警備の為に泊まり込んでいたルークや、皇都から来た竜騎士の姿もある。しかしながらフォルビアの親族達はまだ到着していない。

「まだ来ていないのか?困った方々だ」

「いかが致しますか?」

「放っておけ」

 心配げに尋ねてきたアスターにエドワルドはそっけなく答える。ユリウスに飛竜から降ろしてもらって駆け寄ってきたコリンシアの頭をなでると、フロリエを飛竜の背から優しく抱き下ろした。それでもやはり体に負担がかかるのか、彼女は辛そうに顔をしかめる。喪服の代わりに黒いリボンを首に巻いているルルーが、心配そうにクウクウ鳴きながら頭をすり寄せると、彼女は安心させる様に小竜の頭を軽くなでた。

「大丈夫か?」

「はい」

「中へ入ろう」

 顔色の良くないフロリエを気遣い、エドワルドは彼女を支えるようにして神殿の中へ向かう。すると彼等に気付いた領民達が幾人も声をかけてくれる。フロリエは近隣の住民に、秋頃から風邪の予防法を伝授していた。それは確かな効果があり、リューグナーの高い薬に頼らなくて済んだ事もあって彼女は領民達に慕われている。彼等はうやうやしくお辞儀をして一同に道をあけた。

 神殿に入ると、奥の祭壇の前にグロリアの棺が花で埋もれるようにして安置されている。彼らは一度棺の前で軽く祈りを捧げ、サントリナ公とブランドル公に軽く挨拶をして自分達の席に座る。ただ、ハルベルトは2人に用があるらしく、彼等の側に座ると小声で何か話を始めた。他にも近隣の有力者や領民の代表が次々と入ってきて、それぞれの席に座るが、親族達の席だけがぽっかりと空いているような有様だった。

 やがて正午を知らせる鐘の音が響き渡る。神官達が儀式を始めようとした所で、外が騒がしくなり、ようやく親族達の一行が神殿に現れた。悪びれる様子も無く、彼らは一応皇都から来た客人に頭を下げると自分達の席につく。そして神官達に横柄な身振りで葬儀を始めるように促した。一同は呆れつつも、神官達が厳かに祈りの言葉を唱和し始めたので、厳粛な儀式の場ではあえて何も言わなかった。

 その後、とどこおりなくグロリアの葬儀は済み、神殿の奥にある霊廟へたくさんの花と共に棺が収められた。葬儀の参列者で一番泣いていたのはフロリエとコリンシアであろう。儀式が終わっても、棺が霊廟へ収められても、2人はずっと泣き通しであった。一方で他の親族達は泣くどころか笑顔で談笑し、更にラグラスや一部の親族達は相当飲んでいるらしく、足元がおぼつかない様子だった。

「フォルビアはどうなってしまうのか……」

 領民の代表達は彼等のそんな姿を見て、不安そうに陰でそんなささやきを交わしていた。




 日が沈んで暗くなった頃、グロリアの遺言状の公開に立ち会う為に親族達が館へ集まってきた。既にハルベルトや5大公家の代表であるサントリナ公とブランドル公も揃っているので、かろうじて常識が働いた彼等は比較的大人しくしていた。

 アスターとマリーリア、ヒースとユリウス、ルークといった竜騎士が警護と混乱の防止の為に無言で部屋の隅に立っている。ラグラスは部屋に入ってきた時に、ルークの姿を見て一瞬たじろいだが、ルークは完全にそれを無視していた。

 広い居間も20人以上も人が集まると、少し狭く感じる。親族達は侍女達が用意したお茶を飲んで、エドワルドがやってくるのを大人しく待った。

「お待たせ致しました」

 全員が揃った知らせを受け、エドワルドは妻と娘と共に居間に現れた。フロリエの体調を気遣い、ぎりぎりまで部屋で彼女を休ませていたのだ。

「その娘は遺言には関係ないであろう?何故同席させるのですか?」

 親族でも長老格の1人がフロリエを見咎めてエドワルドに尋ねる。

「関係なくはありませんよ。彼女は叔母上の養女ですから」

 エドワルドはさらりと答えると、彼女を暖炉に近い特等席へ座らせる。彼女が楽に座れるように背当てのクッションが用意されている。

「何ですと?」

「いつの間に?」

「我らは何もきいておりませんぞ?」

 当然のことながら親族達は反発し、エドワルドとフロリエに詰め寄る。

「私に言われましても……。決めたのは叔母上です」

 怯えるフロリエを安心させるように手を握り、親族達には席に戻るように促す。ハルベルト達が見ているので、それ以上は彼らも強気に出られない。しぶしぶ席に戻っていく。

「冬の間に手続きは済んでいる。正式にフロリエ嬢はフォルビア大公家の養女になっておられ、この場に同席をする権利を与えられている」

 ハルベルトがそう言うと、彼らはそれ以上文句が言えない。さすがの彼等も国主に一番近い人間には逆らえない様子である。

「失礼いたします」

 そこへオルティスとロイスが居間へ入ってきた。オルティスは手に布をかけたお盆を持っている。それを見ると、彼らは一様に居住まいを正した。

「皆様、お待たせ致しました。ここに私がお預かりいたしました、女大公グロリア様の遺言状をお持ちいたしました」

 オルティスは深々と一同に頭を下げると、お盆をテーブルの上に置き、上にかけた布を外す。お盆にはフォルビアの紋章をかたどった封蝋で封印された封書が一通載せられていた。

「遺言状を公開する前に、皆様にはこちらをご署名願います」

 遺言状の封書を手に取る前に、オルティスは懐から一枚の書類を取り出す。それを先ずは年長の親族へ手渡し目を通させる。それは遺言状に同意し、内容を遵守じゅんしゅするといった誓約書であった。

 こういった場では別段珍しい事ではないので、親族達も皆、仕方なくサインしていく。やがてフロリエにもその書類が回ってきたので、ルルーを集中させてその内容に目を通し、親族達の名が連なる一番下へエドワルドと共にサインした。最後に見届け役のハルベルトとサントリナ公、ブランドル公もサインをし、一同に確認させるとその場を代表してハルベルトが誓約書を預かった。

「それではハルベルト殿下、代読して頂けますでしょうか?」

 オルティスはハルベルトに深々と頭を下げて頼む。これも混乱を避けるための対策として、昨夜のうちにエドワルドと3人で決めていたことであった。

「良かろう」

 さすがに親族達の間からも異議を唱えるものは誰もいなかった。ハルベルトは席を立ってオルティスに近寄り、彼が捧げ持つお盆から封書を受け取った。一同に封書を見せ、開けられていない事を確認させると、ペーパーナイフで封を開けて中の遺書を取り出した。慎重に遺書を広げて目を通すと、一瞬彼の顔がほころび、静かに内容を読み上げた。

「遺言状。

 次のフォルビア大公は我が娘、フロリエ・ディア・フォルビアとする」

 そこまで読み上げると、親族達は驚きのあまり全員が立ち上がった。

「嘘だろう!」

「どこの馬の骨とも分からぬ小娘をフォルビアの当主にするのか?」

「あのババア!」

 居間は一時騒然となる。何よりも一番驚いたのは当のフロリエであった。

「何かの間違いでは……」

「本当でございます。フロリエ様は先代様より直接紋章をお受けになられました。その時より、貴女様がフォルビア家の当主でございます」

 オルティスがそう言って呆然としているフロリエに頭を下げる。傍らに立つロイスもそれに習って頭を下げた。


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