129 葬送の鐘2

 ハルベルト達はオルティスの案内で居間に移り、エドワルドが来るのを待つ。その間に酒肴の準備が整えられ、ハルベルトはヒースと共にワインを満たした杯を傾ける。

「お待たせしてすみません」

 しばらくしてエドワルドが居間へ入ってきた。兄の向かいに座り、自分にも杯をワインで満たし、一気にあおる。

「いや、かまわぬ。どうだ、奥方の具合は?」

「あまり良くは無いですね。葬儀が終わって一段落したらゆっくり休ませます」

「そうしてやってくれ。そういえば、オリガと言ったか、ルーク卿の恋人は。彼女はラグラスに襲われそうになったと聞いたが、もう大丈夫なのか?」

 ハルベルトが空になったエドワルドの杯に新たにワインを注ぎながら尋ねる。

「ルークが一晩、付きっきりでなぐさめたから大丈夫でしょう。翌朝からいつも通り働いてくれています。何をしたか、聞くまでも無いですが」

 エドワルドは苦笑いしながら杯を重ねる。

「近いうちに慶事が一つ増えそうだな」

 ハルベルトの言葉に他の3人も頷いている。ハルベルトもヒースも噂のルーク卿の恋人に今回始めて会ったのだが、似合いのカップルと意見が一致していた。ちなみにルークは今夜、自ら名乗り出て神殿の警護に当たっている。フォルビアの兵と第3騎士団から互いに兵を出し合って警護してきたが、最後の夜は自分がしたいと彼は進んで申し出ていた。

「そういえば、本人から聞いたか?スカウトの話」

「ああ、ワールウェイドにこの夏から来る事を許すと言われたらしいな?」

 エドワルドがルークからこの話を聞いたのは、館に戻った次の日だった。彼は断り方が悪かった事をいまだに気に病み、エドワルドに相談していた。

「ああ。倍の俸給と部下を2人付けると言って来たが、見事にきっぱりと断った」

「あいつは頑固だからな」

 エドワルドとハルベルトは苦笑するが、1人ユリウスは不安そうな表情となる。

「ワールウェイド公が逆恨みしないと良いのですが……」

「手出しはさせないさ」

「心配するな。優秀な竜騎士に勝手なまねはさせない」

 ハルベルトとエドワルドが協力して守るのであれば彼の身は心配しなくて良いのだろう。おそらく彼らだけで無く自分の父であるブランドル公もソフィアの夫のサントリナ公も惜しまずに手を貸すはずだ。ひとえに彼の人柄が自分を含め、そういった上に立つ人々を惹きつけているのだ。

 去年の今頃までは彼は全く無名の竜騎士だったが、あの夏至祭の活躍でタランテラの有力者がこぞって望み、皇都では知らないものはいないと言われるほどの有名人になっていた。それに浮かれることも無く、彼はいつも淡々と仕事をこなしている。

「ルークは今の境遇をどう思っているのでしょうか?」

 ユリウスの呟きに他の3人は肩をすくめる。

「さあ、どうだろうか?」

「欲が無いというか、未だに有力者達が己を欲しがっている事を理解していないからな」

 ため息をついてハルベルトが言うと、エドワルドも苦笑しながら頷く。

「周囲がようやく彼の価値に気付いたと言うのに、当の本人は自分がそういった待遇に値するとは思っていないからな」

「ところで、お前は皇都に戻ってくる時にその優秀な騎士をどうするのか?このまま第3騎士団に置いて行くのか?」

 ハルベルトの問いにエドワルドは不適な笑みを浮かべる。

「私が皇都へ移る時には妻も同行させます。必然的に彼女の侍女をしているオリガも連れて行くことになります。このままあいつを置いていけば、恋人と離れ離れになる。遠距離恋愛であいつが耐えられるかな?」

 おかしそうに言いながらワインの杯を傾ける。

「皇都とロベリア間の飛翔時間が更に短縮されそうな気もしますが……」

 ユリウスの呟きに3人は思わず吹きだす。

「ありうるな。だが、危険を伴いそうだ。あいつの希望は私の元で働く事だ。希望を聞いてやってはもらえませんか?兄上」

「アスター卿とルーク卿。2人を皇都へ移動させる事になるが仕方あるまい。近いうちにお前の替わりも含めてこちらへ寄越そう。それで良いな?」

「はい、ありがとうございます」

 エドワルドは兄に感謝して頭を下げた。

「問題はフォルビアの後継者だな」

「選ばれなかったものをどういさめるかが問題です」

 当面の問題にハルベルトは頭を抱える。エドワルドは既に内容を知らされていたが、今それを言うわけにはいかない。

「明日の葬儀の後に遺言を公表すると言っていたが、早すぎないか?」

「オルティスが言うには、叔母上の希望だそうです。兄上や他の5公家いずれかの代表にも立ち会っていただくようにと何度も念を押されたそうです」

「そうか……。我らがいることで混乱を抑える事が出来ると思っておられるのだな」

「はい」

 その後しばらくの間4人は静かに杯を傾け、最後に翌朝の確認をするとそれぞれの部屋へ戻っていった。




『今日から私があなた達の母親よ』

 優しげな女性に子供の頃のフロリエと黒髪の男の子が抱きしめられていた。彼女の後ろには背の高い金髪の男の人も立っている。

『家には同じくらいの子供もいる。兄弟が出来たと思って仲良くしてくれ』

 彼は男の子の頭を撫でながら2人に笑いかけてくるが、フロリエは不安げに2人を見上げるしか出来ない。

『お山を出て行くの?』

『そうよ。あなた達には世の中のものをたくさん見て、触れて、いろんな事を知って欲しいわ』

 女性は2人を抱きしめて離さない。フロリエは遠巻きに見ているはずの長老の姿を探すが、見つける事が出来ない。

『剣の稽古も出来るの?』

 男の子が尋ねると、金髪の男性は満足げに頷いて答える。

『もちろんだ。稽古をして強くなれば、君は竜騎士にもなれるだろう』

『本当に?』

『ああ』

 男の子は嬉しそうにしているが、フロリエは不安でたまらなくなってくる。

『……いや! 私はどこにも行かない!』

 フロリエは女性の手を振り切ると、逃げるようにその部屋を出て行く。

『あ、どこへ行くの?』

 女性が呼び止めるのも聞かずに彼女はどんどん逃げ、そのまま日が落ちて真っ暗になった外へ出て行く。春まだ浅く、雪が残る道をどんどん走ってとうとう村の外まで逃げ出した。そのまま父母の眠る神殿の墓地まで行こうとするが、道に迷ってしまい、更には足を踏み外して山の斜面を転がり落ちてしまった。彼女は暗闇の中でどこまでも転がり落ちていく……。




「フロリエ、フロリエ」

 先日と同様、エドワルドに肩をゆすられてフロリエは目を覚ました。以前、ラグラスに侵入されてフロリエの部屋は空いている客間に移されていたが、結婚を機にエドワルドは自分が使っていた部屋を夫婦の寝室に決めた。元々、この館の主寝室として作られていた為、2人で使っても充分な広さがある。エドワルドは総督府の仕事とグロリアの葬儀の準備に追われながらも、眠る前に彼女と一言二言話をする事によって、夫婦になった幸せをかみ締めていた。

「エド……」

「大丈夫か? 体が痛むのか?」

 もうじき夜が明けようとする時間である。手探りで体を起こそうとするフロリエをエドワルドは優しく支える。

「ごめんなさい、起こしてしまって……。体は大丈夫です」

「無理をするな。随分うなされていたが、怖い夢を見たのか?」

「はい。良く思い出せないけど……」

 恥ずかしげにうつむく彼女を彼は優しく抱きしめ、そのまま横になる。

「こうしていれば、夢の中まで守ってやれるかな?」

「貴方に甘えてばかりだわ」

「いいさ。存分に甘えてくれ。もう少し寝よう」

 エドワルドは優しくフロリエの髪をなでると、目を閉じた。彼女は目がさえてしまって眠れそうに無かったが、彼のたくましい腕の中で眠る努力をする為に再び目を閉じたのだった。


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