110 想いはいつしか5

 やがて春らしい日が続くようになり、春分を間近に控えたこの日、仮縫いの為に再びマリーリアとジーンが仕立屋を連れてグロリアの館へやってきた。靴や宝飾品といった小物を依頼したビルケ商会も時間を合わせて来てくれたので、それらも合わせて荷物を居間に運び込む。早速試着を始めるので、荷物運びを終えたオルティス達男性陣は早々に部屋から追い出された。

「さあ、どんな衣装が出来上がったのかしら?」

 当の2人よりも侍女達が楽しそうにしている。先ずはマリーリアが箱を開けた。中には真紅のドレスが納まっている。彼女は恐る恐る手にとり、震える手でそれに袖を通した。

「綺麗……」

 袖やスカート部分のふくらみを抑え、裾の方には金糸や銀糸でバラの刺繍が施されている。一番の特徴は腰の辺りにつけられた、一輪のバラを思わせる大振りな花飾りだった。中心よりやや左側につけられ、そこから裾まで大きくスリットさせて内側のレースが少し見えるように工夫されていた。更には袖と襟に豪奢なレースが縫いつけられて、豪華な衣装に仕上がっていた。

 ビルケ商会はドレスの雰囲気に合わせた小物を数種類用意しており、侍女達はその中から最も合うものを選び出し、それも一緒に身に付けてみる。

「いかがですか、マリーリア卿?」

「信じられないわ」

 今日の為に居間へ持ち込まれた大きな姿見の前で彼女は自分の姿に驚いている。ドレスももちろんだが、吟味された小物の類も素晴らしい。特に髪飾りはドレス同様に赤いバラをイメージして作られていて、彼女のプラチナブロンドによく映えている。

「さ、フロリエ様も……」

 侍女に促されてフロリエも自分のドレスを箱から出し、袖を通してみる。彼女のドレスはマリーリアのものとは対照的に袖もスカート部分もふくらみを持たせて全体的にふんわりとした印象となっている。

 色合いも生地のグラデーションを生かして胸元部分は濃い目で、スカートの裾へ行くほど色が薄くなるように作られていた。胸元にもスカートにも真珠をあしらった花飾りとリボンで飾られていて、かわいいといった雰囲気に仕上がっている。小物の類も清楚さを強調し、宝飾品も真珠を多用したものを選んだ。

「お似合いですよ、フロリエ様」

 侍女達はため息交じりでフロリエを賞賛する。

「なんだか夢の様……」

 ルルーを腕に抱いて姿見に映った自分の姿を信じられない様子で見ている。そこへオルティスが呼ばれて居間に入ってきた。彼は手に大きな箱を抱えている。

「いかがでございますか?苦しい様な所、逆にゆるすぎる様な所、お気に召さない点がございましたら承ります」

 仕立屋は丁寧に頭を下げて伺いを立ててくる。マリーリアもフロリエも出来栄えに満足していたので、首を横に振った。

「素晴らしいです」

「ありがとうございます」

 2人は口々に喜びの声を上げる。今日はコリンシアもこの場にいて、ドレス姿の2人を嬉しそうに見ている。

「ママ・フロリエ綺麗」

「ありがとうございます、コリン様」

 彼女はコリンシアに頭を下げて優雅にお辞儀をした。

「女大公様もご覧になりたいと仰せでございましたから、どうぞこちらへ……」

 先日、場を取り仕切った年配の侍女が2人をグロリアの寝室の方へ案内する。今日も彼女は体を起こして2人が入ってくるのをわくわくして待っていた。

「おお、2人とも見違えたようではないか」

 グロリアは2人の姿を見てうれしそうに目を細めた。

「エドワルドも喜ぶであろう。じゃが、宝飾品はそれでは寂しいの」

 グロリアの意見にフロリエとマリーリアは困惑して顔を見合わせる。彼女達としては十分すぎる物を用意してもらっているのだが、これ以上となると想像すらつかない。

「妾の物をどれでも使うと良い。オルティス、準備は?」

「整えてございます」

 グロリアが言うと、オルティスが先ほど抱えてきた箱を寝室へ持ってくる。それを寝台脇に置かれたテーブルに置くと、中身を取り出す。宝石箱が幾つかと、ビロードの袋に入った宝飾品が多数出てきた。

「グロリア様、しかし……」

「良いのじゃ。気に入ればそのまま持って行くがいい。フロリエもじゃ」

 遠慮している間に、オルティスが次々と中身を広げていく。ルビーを始めとした色とりどりの宝石をあしらった物、南洋の大粒の真珠を使ったものや、金や銀を細かく加工したものもある。

 さすが5大公家の所蔵品である。マリーリアもフロリエも恐れ多くて触れることも出来ない。1人コリンシアが物珍しそうにその宝飾品を手にとってながめている。

「先ずはマリーリアじゃ。これはどうかえ?」

 グロリアはコリンシアが手にしていたルビーの首飾りを指して問う。ビルケ商会が用意したのも一点物で素晴らしい品だが、グロリアの物は使われている石も細工も段違いだった。まさに国宝級ともいえる逸品だった。

「おお、これじゃ。どうじゃ、似合わぬか?」

 侍女達がマリーリアに付けていた首飾りを取り換えると、ドレスが一層際立って見える。

「良くお似合いですよ、マリーリア卿」

「衣装が引き立ちますね」

 皆が口々に褒めるが、つけられた本人は緊張して顔が強張っていた。

「その髪飾りは見事じゃの」

 マリーリアの髪を彩る髪飾りは名工の作品で、グロリアの首飾りにも引けは取らないほどその存在感が際立っている。これにはグロリアも満足した様子でこれを手配した商会の担当者を大いにねぎらった。

「いい具合じゃ。これでマリーリアは問題無しじゃ。フロリエはどうするかの」

 グロリアはご機嫌でマリーリアの姿を眺めていたが、今度はフロリエに視線を移して思案する表情となった。考えた挙句、彼女が指差したのは、人の目玉ほどもある大粒のダイヤを中心にあしらった真珠の首飾りだった。真珠は3段重ねで首にフィットするつくりとなっている。

 元々付けていたのも真珠の首飾りだったが、粒の大きさも一回りは違う。やはりこちらも国宝級とも言える品で、ビルケ商会の担当者も脱帽していた。

「凄い……」

 見るからに高価な宝石である。フロリエは首につけてもらうと固まって動けなくなる。更に同じデザインの耳飾りも用意されて、固まったままの彼女につけてみる。衣装に映えてとてもよく似合い、グロリアも満足そうに頷く。

「なかなか似合うの」

 そうなってくると、今度は髪飾りが貧相に見えてくる。今は仮に彼女の長い髪を結い上げて商会が用意した真珠を使った髪飾りを付けている。先ほどまで付けていた首飾りにはよく合っていたのだが、このままだと格の違いが丸わかりだった。

「いい物がある」

 グロリアはオルティスに命じ、別の箱を用意させる。中に収められていたのは金のティアラだった。中央にはフロリエが今つけているのと同じ大きさのダイヤがはめられ、小さな真珠がちりばめられている。その美しさに一同は息をのむ。

「これをつけてみよ」

 グロリアに命じられ、当日はフロリエの身支度を任されているオリガが恐る恐るそれを手に取り、フロリエの頭に飾った。一同はその姿に息をのむ。コリンシアは1人はしゃいだ声を上げている。

「ママ・フロリエ凄い、綺麗!」

「これで決まりじゃ」

 これで全てが決まったので、グロリアの体を気遣い、早々に残りの宝飾品を片付ける。その様子をコリンシアが名残惜しそうに見ていると、グロリアは何かをコリンシアに手渡した。

「コリンにはこれをあげよう」

 手渡されたのは小さな箱だった。表面には螺鈿らでんで花やちょうが描かれている。その美しさにコリンシアは感嘆の声を上げる。

「わぁ、おばば様、ありがとう」

 喜ぶコリンシアの姿にグロリアは目を細め、優しく頭を撫でた。いつもであればすぐに中身を開けるのだが、グロリアを気遣ってかお礼を言うとフロリエ達と一緒に部屋を出て行った。

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