109 想いはいつしか4

 早々に荷物はまとめられて侍女達の手によって運び出された。特にすることのなくなったマリーリアとジーンはソファに座っておしゃべりを始める。

「ジーン卿はドレスを着ないのですか?」

「警備を兼ねますから、私は竜騎士礼装で出ます。本当のところ、堅苦しいのは苦手なのです。お2人の晴れ姿を観賞させて頂きます」

 ジーンは気楽なものだから楽しそうにしている。

「私も苦手です。夏至祭はソフィア様に言われて仕方なく出席致しましたが……」

 仕立屋も勧められて席に着くが、彼女は一同に断わりを入れると何かを思いついたらしく熱心にデザイン画を描き始めた。

 2人は気になってちょっとのぞき込んでみると、どうやら先にフロリエの衣装のイメージが湧いたようだ。スカート部分がふんわりとしたデザインは清楚でいて可愛いらしい。きっと彼女によく似合うだろう。

 オルティスがお茶を用意して現れ、フロリエと3人の客に差し出す。仕立屋はデザイン画に夢中になっているので、竜騎士2人はおしゃべりを再開する。

「団長と踊られてましたね」

「ええ。困った事に私をからかって楽しんでおられるのです。初めて本宮に上がった時からそうなのです」

 フロリエはぼんやりと2人の竜騎士の話を聞いていた。するとパタパタと軽やかな足音がして、コリンシアが勢い良く居間に入ってきた。

「御用は終わったの?」

 今日のフロリエの衣装選びには侍女達が総出で参加していた。その為、コリンシアは部屋でクララに相手をしてもらって遊んでいたのだが、オリガが終わったと声をかけてくれたので居間に降りて来たようだ。いつもならお行儀が悪いとすかさずフロリエが注意するのだが、彼女はまだどこか上の空である。

「コリンシア姫、お待たせして申し訳ありませんでした」

 マリーリアが笑いかけると、コリンシアは彼女の元へ駆け寄る。それでもフロリエはぼんやりと宙を見つめている。

「最近ね、ママ・フロリエおかしいの。どうしちゃったのかな?」

「お疲れでも出たのでしょう」

 ジーンが声を落として答える。

「前にもね、父様があんな風にぼんやりしていた事があったよ」

「殿下がですか?」

「うん。その時おばば様がね、コイワズライだって言ったの。ママ・フロリエもそのお病気かな?」

 真剣に心配しているコリンシアに対し、竜騎士2人は驚きを隠せない。

恋煩こいわずらいですか?」

「あの、殿下が?」

 思わず2人は顔を見合わせる。あのエドワルドが恋煩いとは到底信じられない。

「あの、コリンシア様、その病気がどんなご病気かご存知ですか?」

「珍しい病気だっておばば様言っていた。ママ・フロリエ大丈夫かな?」

 本気で心配しているコリンシアに2人は苦笑するしかない。

「大丈夫ですよ。そっとして差し上げてくださいませ」

「そういえば、父様の時もおばば様がそう言った」

 コリンシアはグロリアの言葉を思い出して頷いた。

「さあ、そろそろ帰らないと」

 話が一段落したところで2人の竜騎士は仕立屋も促して立ち上がった。日が暮れる前に総督府へ戻っておかねばならない。ようやくフロリエも我に返って一行を見送りに外へ出る。

「仮縫いの折にまた来ます」

 2人はそれぞれの飛竜にまたがると、仕立屋を連れて総督府へと帰っていった。




 その夜フロリエはグロリアに付き添っていた。昼間には元気そうに振舞っていたが、やはり目を離す事が出来ない状態である。彼女はグロリアが眠る寝台脇の椅子に座り、母の為に肩掛けを編んでいた。夜遅いこともあってルルーは眠ってしまっているが、これなら手探りでも出来る。一心不乱に編んでいると、声をかけられる。

「フロリエ、起きていたのかえ?」

「お母様、お目覚めでございましたか。気づかずにすみませんでした。……何か飲まれますか?」

 フロリエは編み物を片付けると、立ち上がった。

「よい……。ルルーは寝ておるのか?」

「はい」

「ならば無理はせずとも良い。少し話がしたい。聞いてくれるか?」

「あまりご無理は……」

「大丈夫じゃ」

 グロリアはフロリエが椅子に座ると彼女の手を握り、昔話を始めた。

「もう大昔の話じゃ。妾がまだ10代の頃、いしずえの里へ大母補候補として留学しておった頃の事じゃ。妾には仲の良い友達が居っての、共に過ごした2年という短い間にかけがえの無い素晴らしい思い出を残したのじゃ」

 グロリアはここで一度言葉を切り、フロリエの手を握り直す。

「今でもその姿は目に焼きついて居る。丈成す見事な黒髪に凛としたたたずまいを持つ美しい少女でしたよ。それでいて当時の大母補候補の中でも特に頭が良くて、次代の大母は間違いないとまで言われていたのじゃ。彼女が褒められると、親友の私もとても鼻が高かったのを覚えておる」

 遠い昔の思い出をグロリアは目を細めて語る。フロリエは彼女に手を握られながら、その話を聞き入っていた。

「ところが彼女の実家で変事があって、彼女は国に帰らねばならなくなってしまった。跡継ぎであった姉君が亡くなり、彼女が跡を継いで国を治めなければならなくなってしまったのじゃ。妾達は泣きながら別れを惜しんだものじゃ……」

 フロリエはそっと立ち上がると、まだほんのり暖かい湯冷ましを用意してグロリアに飲ませる。彼女はほんの数口飲んで喉を潤す。

「その後は手紙でやり取りしておったのじゃが、突然彼女から文が途絶えてしまった。不安に思っておったところ、彼女が幽閉されている事を知ったのじゃ」

「何故でございますか?」

 フロリエが心配そうに尋ねる。

「権力を握っていたい姉の夫だった男に結婚を迫られたのじゃ。普通ならそうなるのも自然の運びとなるが、彼女は何か思うことがあって断ったのかもしれぬ。それ故、その男によって姉君が産んだ子供と共に幽閉され、更には勝手に婚姻が成立した事を公表されてしまったのじゃ。やがて男に反抗する者達が決起して内乱が起こった。しばらくして彼女は子供と共に救い出されたが、今度は反乱の旗印となってしまったのじゃ」

「まあ……」

「外部の者達からは国民を巻き込んだ夫婦喧嘩とも言われて随分責められたようじゃ。更に困った事に、神殿に結婚の無効を訴えたのじゃが、認められなかった」

 ここでグロリアは言葉をきり、フロリエに頼んでもう一度湯冷ましを口に含んだ。

「結局、国を2分した内乱は10年近く続いた。その間に彼女は傭兵を束ねていた男と愛し合い、子供まで成した。妾は手紙で将来の騒乱の種をまいたようなものだとたしなめたが、受け入れてもらえず、その他の些細な事も積み重ねてとうとう彼女とは連絡も取らなくなってしまったのじゃ。内乱は彼女の義兄と恋人が相打ちとなって終結したと後から人づてに聞いた」

 彼女の頬に涙が流れる。

「そのお方は今……」

「30年ほど前に他界したと聞いた。後を継いだのは姉の子供だったそうじゃ。その彼が妾に彼女の最後の手紙を送ってくれた」

 グロリアは少し疲れたように一度目を閉じた。

「今夜はこのくらいになさって、もうお休みになった方が……」

 フロリエが心配して声をかけるが、彼女は首を振って続ける。

「妾が言った事はもっともであると。だが、あの時彼を愛さなかった方が後悔したであろう。彼と過ごした時間が何よりも幸せだったと手紙にはつづられていた。正直、自分はそこまで幸せと言い切れる時を過ごせたか疑問に思った。フォルビアに嫁いだものの、子を成すことも出来ず、後継に望んだ娘も早世してしまった」

「お母様……」

「死にかけても身内に心配されるどころか喜ぶ者が多い。わびしいものじゃ」

「……」

 フロリエはどう声をかけていいか分からなかったが、グロリアの方が彼女に笑いかける。

「じゃが、最後の最後にそなたの様な優しい娘を持つことが出来た。これもダナシア様のお導きかもしれぬ」

「お母様……」

 フロリエは涙を流していた。

「そなたも、悔いの無い道を歩むのじゃ。わかったの?」

「はい……」

 やはりグロリアは疲れたらしく、再び目を閉じるとそのまま深い眠りについた。フロリエは乱れた上掛けをかけ直し、そのまま朝まで彼女に付き添ったのだった。







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