101 冬の皇都へ2

 皇都まであとわずかという所で、ルークは妖魔の気配に気づいた。使いの最中なので余計な事はしなくていいのだが、ふと、気になってエアリアルの高度を下げさせる。

 彼の記憶ではこの辺りにあったのは騎馬兵が100人程度駐留している小さな砦だったはずだ。気配だけでわかるのは、30頭あまりの青銅狼の襲撃に、騎馬兵団のみで応戦し、不利な状況なのが伝わってくる。竜騎士が来れば問題ない数だが、その肝心の竜騎士の到着が遅れているのだろう。100人にも満たない数の騎馬兵では分が悪く、案の定、防衛線が乱れている。

「まずいな」

 このままでは総崩れとなって甚大じんだいな被害が出てしまうだろう。ルークはエアリアルに命じて砦に向かう。今日の彼は防寒を重視して防具となるものを一切身につけていない。更に弓矢も持ってきていないので、武器は腰に下げた長剣一本である。防具なしで闘うしかないが、このまま黙って通過する事が彼にはできなかった。

「行くよ」

 ルークの合図でエアリアルを妖魔の只中に急降下させ、地面すれすれで制動をかける。思ったとおり急に現れた飛竜に妖魔は驚いて慌てふためいた。ルークはその隙に長剣を片手に飛竜から飛び降り、続けて2頭切り伏せる。

「竜騎士は必ず来る! もうひと踏ん張りだ!」

 声は届いていないかもしれない。それでもルークはそう叫ぶと、仄かな燐光を放つ長剣を掲げる。それを騎馬兵達は目にしたのか、砦からドッと歓声が沸き、まるで息を吹き返したかのような活気を感じる。

 ルークは長剣を構え直すと3頭目に立ち向かっていく。しかし、妖魔も態勢を立て直していて、ルークに向かってきた。長時間寒さにさらされた体はこわばっていて思うように動けない。攻撃をよけるタイミングがわずかに遅く、左肩を爪にかけられる。

「くっ……」

 厚着のおかげでひどい怪我にはなっていない。ルークは気合を入れなおすとエアリアルが妖魔をひきつけている間に切り伏せ、3頭目もどうにか倒した。

 その間に砦は完全に息を吹き返し、ときの声が上がっている。騎馬兵達はエアリアルの加勢もあって城壁内に入り込んでいた妖魔達を外へ追い帰すほど力を取り戻していた。これ以上単独での浄化は得策ではないと判断し、ルークはエアリアルを呼び寄せ、その背にまたがると彼らの手助けに徹する。

 やがて、エアリアルが空に向かって飛竜式の挨拶をすると、第1騎士団所属の竜騎士が現れ、妖魔は瞬く間に駆逐くちくされていった。




「ルーク、ルークか?」

 エアリアルを地上に降ろし、後始末の間休憩させてもらおうと砦に足を向けると、聞き覚えのある声に呼び止められる。振り向くと、フレイムロードの背から降りたユリウスが近づいてくる。相変わらず後ろには護衛の竜騎士がいる。

「ユリウス、君か?」

「何故君がこんなところへ?」

「皇都への使いの途中だ」

「そうか。聞きたいことはあるが、あちらにヒ―ス隊長もいる。行こう」

「分かった」

 2人は連れだって事後処理をしている竜騎士達の元へ向かう。そこには砦の責任者も兼ねる騎馬兵団の隊長の姿もあった。

「雷光の騎士殿?何故今頃こちらへ?」

 竜騎士を率いていたヒースは、ユリウスと共に現れたルークにひどく驚いた。そして彼の言葉に隊長はひどく驚き、そしてその場に跪いた。

「ら……雷光の騎士殿でしたか。先程は本当にありがとうございました」

 気付くと周囲にいた騎馬兵達がひざまずいている。ヒースやユリウスといった竜騎士達はもちろん、当のルークも面食らって戸惑う。

「どういう事だ?」

 ヒースはルークに説明を求める視線を向けると、彼はバツが悪そうに視線を逸らす。だが、無言を貫くには相手が悪いので、ごく端的に事実を告げる。

「皇都へ使いに行く途中でしたが、楽観できる状況ではなかったので、加勢しました」

「ヒース卿、雷光の騎士殿が加勢して下さらなかったら、この砦は壊滅しておりました」

 隊長の言葉に跪いたままの騎馬兵達は口々に同意するが、ルークは苦笑するしかなかった。

「……誇張がすぎますよ」

「事実です」

 断言する隊長にヒースは頷くが、視線を逸らしたままの若い竜騎士の姿を見て眉をひそめる。

「そうか……。しかし、無理をしたな」

 辺りは松明に照らされて、ルークの左肩が爪にかけられて出血しているのが見て取れる。ヒースが合図すると、その場でルークは外套がいとうをはだけさせられ、騎士の1人が香油を振りかけて浄化し、手早く止血をしてくれる。

「ありがとうございます。厚着のおかげでそれほどひどくありません」

「まあいい。ユリウス、彼に同行して先に本宮へ戻れ」

 ヒースは苦笑するとユリウスに命じる。応援の騎馬兵団がまだ到着しておらず、残った彼らは事後処理を行わねばならなかった。

「分かりました。行こう、ルーク」

「ああ。では、失礼します」

 ルークは律儀に頭を下げると、エアリアルを呼び寄せて跨る。ユリウスが先導するようにフレイムロードを先に飛び立たせ、それにエアリアルが続いた。そして当然のように護衛の竜騎士がその後に続く。

「そういえばユリウス、お前あの話ばらしただろう?」

「な……何のことかな?」

 ルークは自分の失敗が皇都で知れわたっている事を思い出して恨みがましく問いただす。

「とぼけるなよ。うちに新たに来た2人も知っていた。噂になっているそうじゃないか」

「は……ははは。でも、私がしゃべらなくてもハルベルト殿下とヒース隊長はご存知だったぞ」

「え?」

ルークは頭の中が真っ白になった。上官2人は先にそれぞれの身近な人間にばらしていたらしい。

「まあ、落ち込むなよ。今はその話をする奴はいないから」

「本当だろうな?」

「ああ。君がかわいい恋人とよろしくやっていることをうらやましがっているよ」

「う……」

 ユリウスは他人事のようで完全に彼をからかって面白がっている。そうしている内にかがり火で照らされた本宮が見えてきた。2頭の飛竜はすべるように着場へ降り立った。

「ロベリアからの使いを案内してきた。エアリアルを先に休ませてやってくれ」

 すぐさま竜舎の係員にユリウスは指示を与え、侍官の1人が急いで使者が来た事を奥へ知らせに走っていく。ルークは自分の荷物を降ろし、エアリアルをねぎらうように頭をなでてから係員に彼を預けた。

「お願いします」

 ルークは外套と防寒具を脱ぐとユリウスの案内で本宮の奥へと向かう。着場がある西棟を抜け、政府の中心となる南棟の上層へ向かう階段の途中で、迎えに来てくれたらしい初老の文官と出会う。記章からかなり高位の文官らしい。

「ハルベルト殿下の補佐官をしております、グラナトと申します。殿下のご命令でルーク卿をお迎えに上がりました」

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれるので、ルークもつられて頭を下げる。グラナトは後ろに控えさせていた侍官にルークの荷物を預かるよう指示し、先にたって案内してくれる。

「また後で」

 迎えが来たので案内の必要がなくなったユリウスとはここで別れる。ルークも彼に手を上げて挨拶すると、グラナトの後に慌ててついて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る