100 冬の皇都へ1

 グロリアが倒れた翌日の早朝、ルークは皇都へ向かって飛び立っていた。昨夜グロリアの館から戻ったエドワルドから彼女の書状を届けて欲しいと頼まれ、ルークはすぐに飛び出そうとしたのだが、エドワルドは苦笑して止めた。

「いくら急ぐと言ってもそなたの安全が最優先だ。今から休んで明朝出発しろ」

 確かに皇都へ行くには一日がかりである。天候が悪いこの時期に飛ぶのは飛竜も乗り手も体力を消耗するので、万全の態勢で出発する必要はあった。ルークは納得して夜明け前まで仮眠をして休養をとった。そして自分にもエアリアルにも厳重な防寒対策をし、エドワルドから書状を預かって出発したのだった。

「大丈夫か?エアリアル」

 今日は風がかなり強い。心配して尋ねると、飛竜からは“問題ない”という思念が帰ってきた。ルークは飛竜の首をポンポンと叩いてねぎらい、一路皇都を目指す。

 ルークは途中にある砦で2度休憩をし、太陽が傾き始める頃アジュガの町に着いた。ここまで来れば皇都まであと少しだが、それでも無理は禁物だった。ルークだけでなく、エアリアルも寒さで落ちた体力を回復させる必要があった。

「ただいま、ちょっと休ませて……」

 エアリアルを裏の納屋で休ませてからルークは表に回って家の中に入った。

「ルーク!」

 台所にいた母親が驚いたように近寄ってくる。妹は驚きのあまり声も出ない。

「皇都へ使いの途中なんだけど、何か食べる物無い?」

 外套がいとうと防寒具を脱ぎながらひもじそうに尋ねる。そしてそれらを部屋の隅にかけると、赤々と燃えている居間の暖炉の前に座り込む。

「ルーク兄さん、いつも急に来るから……」

「カミラ、そんな事は言ってはいけないよ。ひと走りして父さんとクルトにルークが帰った事を知らせておいで。ルーク、もっと火の側に寄りなさい」

 母親は娘をたしなめると、檸檬れもんの絞り汁と蜂蜜をお湯でわったものをすぐに作ってくれる。彼はありがたくそれを受け取ると、うれしそうに口をつける。カミラは自分の外套を取ると、早速父親の仕事場へと出かけていった。

「エアリアルは納屋に入れたのかい?」

「うん。彼にも何か無いかな?」

 ルークは飲み物が入った器を握るようにして手を温めている。

「そうねぇ、とりあえずでたての馬鈴薯ばれいしょはあるけど」

「それでいい」

 ルークはカップの中身を飲み干すと、外套を手にする。

「もう少し座っていなさい」

 母親は厚切りにしたハムと半熟の卵をのせた薄焼きのパンと、あつあつの根菜のスープを出してくれる。

「エアリアルにも用意してあげるから、それを食べていなさい」

「はーい、頂きます」

 ルークは早速パンにかぶりつく。その様子を満足そうに母親はながめると、エアリアルの為にゆでた馬鈴薯をいくつか桶に入れ、そこへルークにも出した根菜のスープを惜しげもなく注ぎ込む。

「いいの?」

「心配しなくていいよ。また作るから大丈夫」

 母親はそういうと、新たに水を張った鍋をかまどの火にかけた。

「ありがとう」

 そこへバタバタと音がして父親達が帰ってきた。

「ルーク!」

「父さん」

 パンをほおばりかけた彼は慌ててそれを一旦皿に戻した。

「皇都へ行く途中らしいな?」

「ああ。ちょっと休憩したらすぐ出る」

「そうか」

 父親はそう答えると、食事の続きをするように促す。この時期に竜騎士が任地を離れてまで使いに出ることの緊急性を彼ら家族も良く心得ていた。話したいことは山ほどあるが、時間を無駄にする事はできない。

「クルト、納屋にエアリアルがいるそうだから、これを持っていっておやり」

「分かった」

 馬鈴薯とスープが入った桶をクルトは母親から預かると、納屋へ向かった。ルークはエアリアルに思念を送り、クルトから食べ物をもらうように伝える。しばらくすると、エアリアルから満足げな思念が帰ってくる。

「母さん、エアリアルが喜んでいる」

「そうかい?それは良かった」

 母親は新たなスープ作りを始めている。ルークも出された食事を平らげ、カミラが淹れてくれたお茶をすする。

「あっという間だったよ」

 クルトが空の桶を持って帰ってきた。

「ありがとう、兄さん」

 桶を片付けると、彼も居間のソファに座って、妹が淹れたお茶を口にする。

「この冬は怪我をしなかったかい?」

 母親は台所から心配そうに尋ねる。

「冬至の前に紫尾の女王と戦ってわき腹を痛めたぐらいかな」

 うそをつけない息子はサラッと答える。

「もういいのかい?」

「ああ。何日か休ませてもらったからすぐに治ったよ」

 お茶を飲み干すと、ルークは立ち上がった。

「もう行かないと」

 居心地がいいのでいつまでもいてしまいそうだが、大事な役目を任されている身である。食事も済んで体も温まり、少し休憩も出来た。彼は部屋の隅にかけておいた外套に袖を通し、防寒具を手に取る。

「ルーク、これを持ってお行き」

 母親が何やら持ってきた。手編みの防寒具だった。

「前のがもうだめになっただろうから……。おや、新しいのを買ったのかい?」

 今ルークが手にしているのは秋にオリガからもらった防寒具である。討伐に使うにはもったいなく、使いで出る時に愛用していた。

「いや、これは……」

「あっ、兄さん彼女が出来たでしょ?」

「うっ……」

 やはり嘘がつけない彼はあっさり白状する。

「そう。彼女からもらった」

「ほぉ……良かったじゃないか」

 未だ彼女がいない兄にも冷やかされ、ルークは真っ赤になる。

「そんな愛のこもったものをもらっているなら、これはいらないねぇ」

「いえ、お母様の愛もください」

 意地悪そうに母親が言うと、慌ててルークがおねだりする。その様子にみんな笑い、つられてルーク自身も笑ってしまう。

「仕方ないわね。大事に使いなさい」

「ありがとうございます」

 ルークは頭を下げて母親の愛が詰まった防寒具を受け取った。

「帰りも寄るのか?」

「その予定。皇都に今夜着いて、一日はエアリアルを休ませる必要があるだろうから、明後日の午前中に寄ると思う。天候しだいでは出発が延びるかもしれない」

 準備が整ったルークに父親が尋ね、家から出て行こうとした彼は一旦足を止めて答える。

「そうか。帰りにも必ず寄りなさい」

「分かった」

 ルークが裏口に出ると、みんな後からついてくる。日が沈もうとしているらしく、辺りは薄暗くなっている。納屋で休ませていたエアリアルを出すと、装具と防寒具を再度点検する。

「気をつけてね」

 飛竜にまたがったルークに母親が声をかける。

「ありがとう」

 彼は家族に手を振ると、エアリアルを飛び立たせ、皇都へと再び向かったのだった。


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