80 妖魔襲来1

 今年の妖魔襲来の第1波はかなり遅かった。初雪どころか、雪が大地を白く染め上げるようになっても妖魔どころか霧も発生しなかった。日の光があるうちの探索でも妖魔の姿さえ見つける事すらできず、日が経つにつれてベテラン竜騎士達には焦りの色が見え始める。

「遅いと何が良くないのですか?」

 いつでも要請があれば出撃できるよう、竜舎の近くにある竜騎士達の控室を兼ねる休憩室で待機中のマリーリアがそっとゴルトとジーンに訊ねる。

「ジンクスがあるのですよ」

「ジンクス?」

「ええ。襲来の遅い年には良くない事が起こりやすいと言われています。つい最近では2年前。その年はハルベルト殿下が負傷され、飛竜を亡くされた。加えて竜騎士や騎馬兵の死者が例年に比べて多かった年です」

 竜騎士にもげんを担ぐ者が多い。マリーリアはその一種かと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。

「遅いとその分、後に襲来頻度が高くなり、ゆっくり休む暇も無くなります」

 肩を竦めてジーンが補足する。

「そうですか……」

 何も知らない…知ろうとしなかった自分が恥ずかしい。そこへアスターとルークが休憩を終えて部屋に入ってきた。

「ゴルト、ジーン、交代だ」

「了解です」

 アスターに言われて2人は席を立つ。襲来がいつあってもいいように彼等は交代でこの部屋に待機している。総督であるエドワルドは、執務室に簡易の寝台を持ち込み、仕事の合間に仮眠していた。襲来が頻発するようになると、休憩室で待機中も毛布に包まって仮眠する事もある。

「第1波が来た。北の砦の北西だ。アスター、ルーク、行ってくれ」

 そこへエドワルドが部屋へ駆け込んでくる。

「はっ」

 すぐに2人は手早く身支度を始める。

「私も行かせて下さい。討伐の現場をこの目で見ておきたいのです」

 急にマリーリアも立ち上がる。

「遊びで行くわけではない」

 既に外套がいとうを身に纏い、出るばかりに準備を整えたアスターは厳しい表情で言い捨てる。

「分かっています」

「そこまで言うのならば行って来い。但し、一切手出しはするな。上空で待機してみるだけだぞ」

「はい!」

「殿下!」

 エドワルドの決断にアスターが異を唱える。だが、その間にマリーリアも手早く身支度を整え、先になって休憩室を出ていく。仕方なくアスターもそれに続き、先行くマリーリアに駆け寄る。

「自ら戦闘に参加するな。これだけは絶対に守れ」

「はい」

 アスターは不服そうであったが、これ以上口論している暇は無い。2人は駆け足で着場を目指す。

 いくつものかがり火が焚かれた着場につくと、既に装具を整えた3頭の飛竜が待っていた。一足先に部屋を出ていたルークは既にエアリアルの背に跨り飛び立とうとしている。アスターもマリーリアもすぐに飛竜に跨ると、夜明け前の吹雪の中へ飛び立った。

「いいか、殿下の厳命は守れ。足手まといは御免だからな」

「はい」

 寒風と共に容赦なく吹き付ける雪の中を一行は飛竜を急がせる。アスターは勝手をする彼女に怒っているのか、ぶっきらぼうに言い放つ。それでも彼はカーマインを先行する2頭のすぐ後ろに着くよう命じる。こうすることで風の抵抗を減らし、他の2頭に遅れずについていけるよう配慮してくれているのだ。

「降りる事は無いと思いますが、何かあったらとにかく逃げて下さい。貴女を守る余裕はおそらくないでしょう」

「はい」

 ルークの忠告にも神妙に頷く。その後は無言で先行する2頭の飛竜の背中を追い続けた。




「あそこだ」

 しばらく飛ぶと、いくつもの松明に照らされた城壁が見えた。城壁にくっつくようにして村があり、そこをめがけて黒く長いものの群れが押し寄せている。目をこらしてみると、人の背丈ほどの長さのあるムカデだった。黒曜ムカデと呼ばれるその妖魔の数は100に近いだろう。既に北の砦から500騎の騎馬兵団が到着していて、村の自警団と協力して城壁を守りながら動きを封じ込める作戦が始まっていた。

「上空で旋回していろ。行くぞ、ルーク」

 アスターはマリーリアを一瞥すると、ファルクレインを急降下させ、ルークのエアリアルもそれに続く。2頭の飛竜は群れの中へ降り立つと、その場で尾を振り回して周囲のムカデを弾き飛ばした。急に現れた飛竜にムカデの妖魔の動きが乱れ、飛竜の背に跨ったままのアスターとルークは長柄のほこでその隙をついて攻撃する。

「アスター卿だ!」

「雷光の騎士殿も来てくれたぞ!」

 兵団から歓声が上がる。その歓声に応えるかのように、2人の竜騎士は巧みに鉾を操り、襲いかかる黒曜ムカデを次々と霧散させていく。

「すごい……」

 マリーリアは思わず呟いていた。息の合った2人の動きは華麗で無駄が無く、舞を見ているようで思わず見惚れてしまう。

 やがて妖魔の数が減ってくると、アスターは双剣をルークは長剣を手に飛竜の背から降り立つ。2人が淡い燐光を放つ刃を振るい、残る妖魔に立ち向かっていくと、飛竜達はその場から飛び上がって城壁を守る兵士達に加勢する。

 鬼神の如く刃を振るう2人に恐れをなし、逃げ出そうとする妖魔達を今度は外側で待ち構えている騎馬兵団が刃に香油をたっぷりと塗り込めてある槍を繰り出して動きを止め、数人がかりで止めを刺す。仕上げに上からたっぷりと香油を浴びせれば、竜騎士が退治した時と同じようにそのむくろは霧散していく。

 やがて…埋め尽くすほどいたムカデの妖魔は彼らの働きにより、1匹残らず全て霧散していた。

「これが……討伐」

 マリーリアは初めて目の当たりにした妖魔とその討伐の様子に体が震えていた。こともなげにそれを成し遂げた2人の竜騎士に尊敬の念を抱くと同時に、彼女の心の片隅に恐怖心が芽生えていた。

 騎馬兵と自警団員が負傷者の手当てや事後処理を行っている間、アスターとルークが兵団長と会話を交わし、話が終わったのか側に降りたそれぞれの飛竜に跨り飛び立たせる。

「帰るぞ」

 上空待機しているマリーリアの側に寄ってくると、アスターはぶっきらぼうに言い、彼女の返事を待たずにファルクレインをさっさと総督府に向かわせる。

「あ……」

 マリーリアは慌ててカーマインにその後に続くように命じ、ルークはカーマインがファルクレインの後に続いたのを確認すると、エアリアルその後に付かせて殿しんがりを務めた。

 分厚い雲の向こうに日が上ったらしく、いつの間にか辺りはほのかに明るくなっていた。だが雪はまだ容赦なく吹き付けている。その中を3頭の飛竜は力強く羽ばたいて総督府へと帰っていった。




 この日を境に本格的に妖魔の襲撃が本格的に始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る