79 初雪が降る前に5

 館に着くとエドワルドは書簡筒を持ってすぐに自室に上がってしまい、マリーリアは一足先に居間へと通された。相変わらずそこでグロリアは書類に目を通しており、彼女の姿を見て少し意外だったのか目を見張る。

「マリーリアか。珍しいの、そなたが使いで来るとは」

「お久しぶりでございます、女大公様。ルーク卿が外出中でしたので、本日は私が言いつかりました」

「そうかえ。時間があるのならお茶を飲んでいくといい」

「はい、ありがとうございます」

 オルティスがお茶を用意していると、手洗いとうがいを済ませたコリンシアがフロリエを伴って居間に姿を現した。コリンシアがフロリエと並んで座ると、グロリアも書類を片付け、オルティスは4人にお茶を淹れる。そこへ甘い匂いと共にオリガが数種類の焼き菓子をのせた皿を手に居間へ入ってきた。

「わあ、おいしそう」

「まだありますよ」

 オリガは皿をテーブルに置くと、後からオルティスがふんわりとしたシフォンケーキをのせた皿を持って来る。今日が誕生日の姫君の為にオリガが特別に焼いたシフォンケーキを見て、コリンシアは歓声をあげる。

「さあ、コリン様、お好きな物からどうぞ。マリーリア卿もどうぞ召し上がって下さい」

 フロリエはオリガが切り分けたシフォンケーキを先ずはコリンシアの前に置き、他にも彼女が望む焼き菓子も取り分ける。肩にとまる小竜が、落ち着きなくしきりに鼻をならすので、フロリエは肩からおろして彼にもお菓子を取り分けてやる。

「いただきまーす」

 コリンシアは早速シフォンケーキにフォークを刺し、一口頬張る。満面の笑みがその美味しさを物語り、グロリアもフロリエも笑みを浮かべて姫君の様子を見守っている。

「どうぞ」

 オリガがマリーリアにもシフォンケーキが取り分けてくれる。彼女は礼を言って皿を受け取り、早速一口食べてみると、生地に混ぜ込まれた紅茶葉の香りがふわりと広がる。

 気が付くと小竜が目の前にやってきて、じっと彼女を見上げていた。物欲しげな表情についケーキを一切れ差し出すと、彼はカプリとかじりついてほとんど丸のみした。

「この小竜は貴女の愛玩用ですか?」

 小竜の頭を撫でながらフロリエを見ると、彼女は姫君の世話をオリガに任せ、上品な仕草で茶器を口に運んでいた。

「そうですね。そうとも言えますが、彼がいるおかげで人並みな生活が出来ております」

 フロリエが呼ぶと小竜は一声鳴いて彼女の元に戻り、肩に収まる。そんなルルーの頭を彼女はいとおしそうに撫でている。

「おや、マリーリアは知らなかったのかえ? フロリエは目が見えぬ。じゃが、その者の目を通じて周囲を見る事が出来るのじゃ」

 自分からは言い難そうにしているフロリエに代わり、グロリアが横から説明をしてくれる。

「……同調術を?」

「殿下はそう仰せでした。自分では特に意識をしておりませんが……」

 マリーリアの驚きにフロリエは気恥ずかしそうに答える。

「無意識にですか……」

 その資質の高さにマリーリアは息を飲む。当の本人はただ困った様に微笑み、肩にとまる小竜の頭を優しく撫でる。

 そこへ慌ただしい足音と共にエドワルドが居間に姿を現す。騎竜服に着替え、外套がいとうを手にしていることから出かけるつもりなのだろう。

「全く仕事が進んでいない。ちょっとロベリアに行ってきます。マリーリア、行くぞ」

「はい」

 マリーリアも慌てて席を立つ。オルティスが差し出した外套を受け取り、その後に続こうとする。

「父様……」

 先程までご機嫌だったコリンシアが涙声で父親にしがみつく。

「すまないがちょっと行ってくる。夕方には戻るから、フロリエと遊んで待っていなさい」

「お約束したのに……」

「ごめん。春になったらまた一日休みをとるから、その時にまた遊ぼう。いいね?」

 すがりついてくる娘を抱きしめ、エドワルドは彼女の額に軽くキスした。そこへフロリエが近づき、代わりにコリンシアを抱きしめる。

「姫様、申し訳ありません」

 半泣きのコリンシアを見ていられず、マリーリアは腰をかがめて彼女の頭を撫でた。

「コリン様、お外へお見送りに行きましょう」

「……はい」

 泣きじゃくるコリンシアの手を引いて、フロリエはエドワルドとマリーリアの後に続く。

 外には既にティムが装具を整えた2頭の飛竜を連れ出していた。エドワルドとマリーリアはそれぞれの飛竜の首を叩き、その背に跨る。

「行ってくる」

 エドワルドが軽く手を上げてグランシアードを飛び立たせる。マリーリアも見送りに出てきた一同に軽く頭を下げてそれに続いた。コリンシアはフロリエにしがみついたまま、手を振ることも無くそれを見送ったのだった。




 結局、仕事を終えたエドワルドがルークをお供にグロリアの館に戻ってきたのは日が沈んだ後だった。夕食となるお祝いのご馳走を食べずに我慢して待っていたコリンシアは怒っていたが、プレゼントに持ち帰った人形を見て機嫌を直した。

 別れ際に泣いていたコリンシアが可哀そうで、マリーリアがエドワルドに申し出てプレゼントを選んできたのだ。ルークは使いの途中で見つけた、この時期には珍しい花を渡し、グロリアからは新しい絵本、フロリエからは手編みの肩掛けなど、みんなからプレゼントをもらって大いに喜び、機嫌を直したのだった。




 翌朝、玄関先には装具を整えたグランシアードとエアリアルが待っていた。今日ロベリアに行ってしまえば、しばらくこちらへ来る事が出来ない。準備を整えたエドワルドとルークは、居間にいるグロリアに挨拶する。

「それでは叔母上、しばらく来る事が出来ませんが、コリンを頼みます」

 エドワルドは丁寧に頭を下げる。

「危険を伴うのは仕方のない事ですが、十分に気を付けるのですよ」

「はい、ありがとうございます」

「雷光の騎士殿も気を付けるのじゃ。技に溺れてはならぬ。良いな?」

 グロリアは後に控えるルークにも声をかける。

「ご忠告、痛み入ります」

 ルークはそう返答し、頭を下げた。そして2人は居間を辞去し、外套に袖を通すと玄関ホールに出る。そこにはコリンシアとフロリエ、オリガが待っていた。

「父様、これね、コリンがお手紙書いたの。後で読んで」

 コリンシアが居間から出てきた父親に駆け寄り、小さく畳んだ紙を渡す。

「お手紙書いてくれたのか? ありがとう、後でゆっくり読ませてもらうよ」

 エドワルドは手紙を受け取ると娘を抱き上げ、頬にキスする。コリンシアも父親の頬にキスを返した。

「殿下、どうかお気を付けて……。つたない技でございますが、よろしければお使いくださいませ」

 娘を降ろしたエドワルドが近づくと、フロリエは頭を下げて細めの糸で筒状に編んだ防寒具を差し出す。鼻から下と耳まで覆うこの手の防寒具は、冬場も飛竜の背に乗る竜騎士には欠かせないものだった。彼が受け取ったそれは黒の地に白で縁取られた群青色の縞模様が入っている。凝った模様にできなかったのは、ルルーを通した色合わせではこれが限界だったからだろう。

「グランシアードの黒にタランテラの誇り高き群青か。ありがとう、フロリエ。大事に使わせてもらうよ」

 エドワルドは笑顔で防寒具を受け取った。その隣ではルークがオリガから防寒具を受け取っていた。

「使ってもらえると嬉しいのだけど……」

 彼女が取り出したのは、群青の地に淡い黄色の帯が下の方に入っていて、その帯の中に深い緑色で飛竜のシルエットが続き模様で入っていた。ルークは感動で手が震える。

「ありがとう、オリガ。嬉しいよ」

 彼がその場で防寒具を頭から被ってつけてみると、オリガはめくれたところを直す。今日は騎竜服に外套を着ているが、討伐の装具には良く合いそうな色合いだった。

「気を付けてね」

「ああ」

 つけた防寒具をそのまま首にずらして襟巻にし、オルガに手を上げるとルークはエドワルドと共に外へ出た。2人は装具を整えたティムに手を上げて挨拶すると、騎竜帽をかぶりそれぞれの飛竜に跨る。玄関からは見送りの為にオルティスと女性達も出てくる。

「行ってくる」

 エドワルドは短くそう言うと、グランシアードを飛び立たせる。ルークも軽く頭を下げると後に続いた。

 夜が明けたばかりの空に2頭の飛竜が飛んでいく。一同は見えなくなるまでその姿を見送ったのだった。




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鼻から下、そして耳まで覆う防寒具は竜騎士の必需品。

比較的簡単に編めるため、家族や恋人からの定番の贈り物となっている。


ちなみにこの冬の各竜騎士の防寒具は……

エドワルドはフロリエから贈られた黒と群青のストライプ。

ルークは恋人のオリガから贈られたエアリアルの続き模様。

リーガスは新妻の力作、ショッキングピンクの地にでっかいハート入り。

クレストもゴルトも奥さんの手編み。

ケビンやキリアン、新人のトーマスも恋人から贈られ、ハンスは母の愛がたっぷり詰まっている。


アスターは……市販品。高級品だけど。

「……機能を果たしていれば十分だ」

そう自分を納得させ、今日もアスターはストイックに自らを鍛えるのだった。

何故かトーマスやハンス、ルークが強引に付き合わされていた。



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