59 短い夏2

 飛竜の装具を外し、3頭に井戸で汲んだ水を与えると、3頭とも嬉しそうに水を飲み始める。すると、ユリウスのフレイムロードだけが頭を上げて『ゴッゴウ』と飛竜の挨拶をする。近づいてくる馴染んだ竜気は、外へ見に行かなくてもエアリアルのものだとわかる。

 わざわざ使いに行ってくれた飛竜を労う為に、3頭の飛竜には断りを入れて厩舎の外に出る。勝手を知っている飛竜は、玄関先に一旦降りると一目散にルークの元へやってくる。

「ありがとう、エアリアル」

 首には小物入れのついたベルトが巻いたままになっている。それを外して中身を改めると、手紙が一通入っていた。

『任務ご苦労。報告は明朝でかまわないから、オリガと楽しい夜を過ごしてくれ。 エドワルド』

 不敬にあたると思いながらも、ルークは思わず手紙を握りつぶした。

「ルーク?」

 聞きなれた柔らかい声に振り向くと、オリガがグラスをのせた盆を手に立っている。ルークは手にした手紙を丸めて再び小物入れに押し込んだ。

「とにかく影に入ろう」

 容赦なく照りつける太陽に汗がにじみ出てくる。エアリアルを厩舎に連れて行き、先客の3頭と同様に井戸で汲んだ水を与えると、飛竜は嬉しそうに飲み始める。ルークは別に汲んでおいた水で手と顔を洗い、オリガが持ってきた飲み物を受け取る。

「ありがとう」

 グラスの中身は冷やしたハーブティーだった。癖も香りも強くなく、僅かな甘みがあって飲みやすい。喉が渇いていたこともあって一気に飲み干してしまった。

「うまいな、これ」

「まだあるわ」

 物欲しそうにしていると、オリガがおかわりを注いでくれる。それもルークはすぐに飲み干した。

「フロリエ様の考えた配合で作ったの」

「へぇ、彼女、こんな事も出来るようになったんだ。ルルーのおかげかな?」

 愛嬌のある小竜を思い出しながら、空になったグラスをオリガに返す。

「細かいことは難しいみたいで、このハーブの調合も苦心なさっておられたわ。もうちょっと落ち着いてもらわないといけないと、フロリエ様は笑っておられたけど」

「好奇心がある割に臆病だからな……」

「そうね」

 厩舎の壁に寄りかかり、2人は手を握って見つめあう。このひと時が幸せだった。

「ここでいちゃついていたのか?」

 声をかけられて振り向くと、ユリウスが立っている。

「もう済んだのかい?」

 悪びれる風もなく、ルークは答えた。2人はまだ手をつないだままである。

「ああ。それよりも紹介してくれよ、君の彼女を」

「俺の恋人、オリガだ。このお屋敷でフロリエさん付きの侍女をしている。オリガ、彼が友人のユリウスだ」

 ルークはオリガの肩を抱いて友人に恋人を紹介する。オリガは恋人という言葉に頬を染め、ユリウスに丁寧にお辞儀をする。

「初めまして、オリガと申します。お話はルークから伺っております。この度はご婚約、おめでとうございます」

「ありがとう。ルークから話を聞いて気になっていたんだ。彼がこんなかわいい娘とどうやって知り合ったのか不思議だよ」

 散々な言われようだが、2人はユリウスの言葉に頬を染める。

「それは……まあ……」

「ルークが助けてくれたのです。両親が他界したので、ここの近くに住む親戚を弟と尋ねる途中、馬が立ち往生してしまって……。城壁の門が閉まる期限も迫って焦っていたところをルークが通りかかって助けて下さったのです」

「ほぉ……」

「まあ、そういったところだ」

 友人の視線を逸らし、ルークは照れ隠しにポリポリと頭を掻く。

「お互い、一目惚れのようだな」

 ユリウスの言葉は正しかったらしく、2人は真っ赤になる。

「よ、用事は済んだんだよな? ロベリア行くんだろ?」

 ルークはごまかすように3頭分の装具を取り出す。

「わかりやすい奴」

 ユリウスはボソリと言うと、フレイムロードの装具を受け取り、厩舎の外に控える護衛の2人に声をかける。

「荷物とってくる」

 エドワルドからは館に一泊する許可をもらっていたが、ユリウスと約束したこともあって一緒にロベリアに戻る事にする。

 用意されていた部屋に置いたままになっていた荷物を手にすると、居間にいるグロリアに戻る旨を伝えて辞去の挨拶をする。その慌ただしさに彼女は苦笑しつつも、すっかりお気に入りとなった竜騎士にまたいつでも立ち寄るようにと声をかけた。

 玄関先にはオルティスとオリガが見送りに出てくれていた。小さな姫君はまだお昼寝中だった為、フロリエはまだ彼女についているのだろう。

「また来るよ」

 オリガにそう言ってエアリアルにまたがると、ロベリアに帰還するべく飛び立った。




 8日ぶりに乗るエアリアルの背は心地よく、ルークはいつまでも乗っていたかったが、客を案内する責務があるので遠回りせずに真直ぐロベリアを目指した。ルークとユリウスが他愛のない会話を交わしているうちに、一行はロベリアに着いていた。

「何だ、今日は恋人の所でお泊りじゃなかったのか?」

 一行を出迎えたキリアンがルークの姿を見てからかってくる。

「……いけませんか?」

「甲斐性の無い奴だなぁ」

「……」

 あまり突っかかると余計にいじられるので、ここはグッと我慢する。ユリウスは予め使いを出していたらしく、執務室へ案内するようにキリアンに言われ、ルークは飛竜を係りの者に任せた。そして客のユリウスをエドワルドの執務室へと案内する。

「失礼いたします。ユリウス卿を案内してきました」

 風を通すために執務室の扉は開け放たれ、目隠しに籐で編まれた衝立が置いてある。開いたままの扉を叩くと、すぐに返事があり、頭を下げてユリウスと共に室内に入る。護衛の竜騎士達は部屋の外で待機しているようだ。

「ああ、ご苦労。伝言は読まなかったのか?」

 エドワルドは新任の副総督と何かの打ち合わせをしている様子だった。ルークの姿を見て怪訝そうな表情を浮かべたが、呆れた様子でため息をつく。

「変なお気遣いは無用です」

 分をわきまえているルークはそれだけ言うと、頭を下げて執務室を後にした。エドワルドは肩を竦めると、控えていた副総督も下がらせる。

「ユリウス、遠路よく来てくれた」

「お久しぶりでございます、エドワルド殿下。先日は祝いの品をありがとうございました」

 ユリウスはまず、丁寧に頭を下げて礼を述べる。夏至祭の後、エドワルドはロベリアに戻ってからすぐに、ユリウスとアルメリアに婚約祝いを送っていた。牧畜が盛んなロベリアは軍馬の育成にも力を入れており、厳選した名馬を2人に贈ったのだ。ちなみにエドワルドも個人的に軍馬を育成する牧場を所有している。

「それは丁寧に痛み入る。気に入って頂けただろうか?」

「はい。あれほどの名馬はなかなか手に入りませんので重宝しております。留守中に兄上達に横取りされないか心配ですけど」

 ユリウスの上には2人の兄がいた。長男は多忙な父に替わってブランドル家を支えていて、二男は武術試合で優勝したエルフレートだった。代々武断の家系に相応しく、いずれも優秀な竜騎士だった。

「ははは」

 和やかに挨拶を済ませると、ユリウスはハルベルトからの親書を取り出す。

「こちらをハルベルト殿下から預かって参りました」

「ありがとう」

 エドワルドは親書を受け取ると、早速封を開けて目を通す。途端に彼は青ざめていく。

「エドワルド殿下?」

「あ、いや、何でもない。遠路疲れただろう。部屋を用意させているから休むといい」

 ユリウスに声をかけられて我に返ったエドワルドはベルを鳴らす。すぐに年若い文官が姿を現し、ユリウスの案内とアスターを呼ぶように命じる。

「それでは、失礼しました」

 ユリウスは釈然としないながらも、文官に案内されて執務室を後にする。普段は何事にも動じない彼がそこまで動揺するのは一体何だったのだろうと疑問に思いながら。




 呼ばれたアスターが執務室に入ると、エドワルドは手紙に目を通していた。ユリウスが来ている事は耳にしているので、ハルベルトからの手紙である事は容易に察することが出来た。

「皇都からは何と知らせてきましたか?」

 浮かない表情の上司にアスターは訊ねる。

「増員を3名ほど寄越してくれるそうだ」

「3名ですか?この冬はいくらか楽になりそうですね」

 夏至祭でルークとリーガスだけでなく、アスターも活躍したこともあって、第3騎士団への入団希望者がいつもの年より増えていた。エドワルドは武術試合で目をつけた若者数名に打診していたのだが、今日の親書はその中から正式に移動が決定した者を知らせる内容だった。

「まあ、見てくれ」

 ハルベルトの親書をアスターに見せる。そこにはこの秋から配属となる3人の名前が記されていた。最初の2人はまあ希望通りだろう。問題は最後の1名だった。

『マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイド』

「……」

 アスターも絶句してピキリと固まる。親書の内容からすると、特にサントリナ家の支持で彼女の移動が決まったらしい。

 どうやらソフィアは夏至祭の折にエドワルドが彼女をダンスに誘う姿を見て、彼が彼女に気があると勘違いしているようだ。どんな形でも討伐に参加したいマリーリアは、その辺りの勘違いは気にしていないのかもしれない。

「どうしたものかな……」

「拒否できないですよね?」

「ちょっと無理だろうな……」

 非常に優秀な第3騎士団の上役2人をもってしても、頭を抱える事態だった。




 その夜、ロベリアに1泊したユリウスは、本当はルークが隠しておきたかった告白の顛末を心優しい先輩達にばらされて大笑いした。

「そんな事まで言ってしまうなんて、君らしいよ」

 赤面する親友に慰めの言葉をかけるものの、面白いので皇都に帰ったら絶対話のタネにしようと思うユリウスだった。

 翌朝、ハルベルト宛ての手紙をエドワルドから預かったユリウスは、無口な護衛を引き連れて第1騎士団の演習地へと帰っていった。





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