49 故郷に錦を4

 コリンシアがお菓子を食べて満足し、適度な休憩がとれたので出立しようと席を立つ。外に出ると相変わらず家の周りに人が集まっていて、エドワルドの姿に歓声が上がる。だが、その歓声が怒号に代わり、人垣の間から恰幅のいい男が使用人らしき男を従えて現れる。そしてルークや彼の家族に一瞥することも無く、エドワルドの前に進み出て頭を下げる。

「アジュガの町長をしております、クラインと申します。この様な田舎町にようこそお立ち寄り下さいました。町民を代表して歓迎致します。よろしければ拙宅にて、歓迎の宴などを開きます故、どうぞお立ち寄り下さいませ」

「なんだ、あの男は?」

 不快気にリーガスがルークに尋ねる。

「町長さん。根は悪い人じゃないんだけど、竜騎士になった俺の事が気に入らないんだ。権力には弱い人で、こうなるのが分かっていたから、団長自身が来ることまでは言わないでおいた」

「賢明だが、隠しおおせるものではあるまい?」

「昨日は留守だと聞いていたんだけどね」

 どうやらルークは居留守を使われたようだ。リーガスとルークが小声で会話を交わしている間にも町長の奏上は続く。エドワルドもこういった人種を数多く見てきているので、内心呆れながらも表面的な笑みは崩さずに対応する。ルークに対する仕打ちも知っていたので、この場を利用してここでしっかりと釘を刺しておこうと思い立つ。

「町長殿、今日はルーク卿のご両親へ挨拶しに寄ったのだ。これから任地に戻らねばならぬ故、お気持ちだけ頂戴致します」

「この様な狭い場所では休憩もままならなかったでございましょう。どうぞ、我が家にておくつろぎくださいませ」

 人の話を聞いているのかいないのか、なおもしつこく誘おうとする町長にルークは怒りを覚える。実家を虚仮にされたようで何か言い返そうとするのをアスターが止める。

「心のこもったもてなしというのは、人の心も十分に満足させられる。ルークのご家族には十分なもてなしを頂き、お礼申し上げる」

 エドワルドはルークの両親に頭を下げ、2人は恐縮して固まってしまう。

「宴は向こうに帰ってから開こう。ルークの上級騎士、昇進の祝いをな」

 エドワルドが冷ややかな視線を送っただけで、町長は固まって動けなくなる。そんな町長にはもう用はないとばかりに一行は飛竜が待つ草地に移動する。

「では、これで失礼いたします」

 エドワルドは再度ルークの両親に頭を下げると、娘を連れてグランシアードに向かう。コリンシアはお土産に余った焼き菓子をもらって上機嫌で2人に手を振った。

「そういえばルーク、ハルベルト殿下から伝言だ」

 アスターも会釈してそれに続こうとするが、ふと何かを思い出したように弟分を振り返る。

「はい、何でしょう?」

「君をいつでも歓迎する。エアリアルの羽を休めるときは上層の竜舎を遠慮なく使いなさい、ルーク・ディ・ビレア」

 今、無理に伝えなくても良さそうな内容だが、問題はその内容である。城の上層の竜舎は身分が高い竜騎士専用で、まだ役職の無い彼が使えるというのは異例だった。しかも敬称を付けて呼ぶことにより、町長よりも彼の身分が上である事を町中の者に知らしめたのだ。

「え?」

「ハルベルト殿下は君の事が大層お気に召したそうだ。来年のアルメリア皇女の成人の儀にも来てほしいと仰せになられた」

 そう付け加えると、スタスタとファルクレインの元に戻っていく。

「置いていくぞ」

 リーガスの言葉で我に返ると、もう皆騎乗している。慌てて家族に挨拶をする。

「では、行ってきます」

「気を付けてね」

「お前は、我が家の誇りだ」

 父も母も上司達の優しい対応に感無量となって涙している。ルークは家族全員と抱擁を交わすと、身軽にエアリアルに飛び乗る。準備が整った合図を送ると、来た時の順通りにファルクレインから飛び立っていく。

 最後に家族と町の住人達に手を振ると、ジーンクレイに続いてエアリアルも飛び立ち、大声援を背に受けて故郷の町を後にした。

 盛り上がる町民とは裏腹に、町長は1人、呆然と立ち尽くす。どうやら彼の自尊心は見事に打ち砕かれたようだ。

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