40 フォルビア正神殿3

 翌日も朝から天気に恵まれていた。ロイス神官長との会談はグロリアだけが行うことになっており、朝食を終えたフロリエは、昨日のハーブ園に再び足を向けていた。イリスは所用を言いつかっていたので、今日の散策はオリガと2人だけだった。

「女大公様の連れというのはそなたか?」

 突然に声をかけられ、オリガがフロリエの代わりに振り向くと、50前後の立派な身なりをした男性が立っていた。背も高いが横幅も随分とあり、なんだか威圧感がある。随分と横柄な態度をとるが、きっと女大公やエドワルドと言った己よりも上の身分の者に対しては手のひらを返したような態度をとるのだろう。

「どちら様でございますか?」

「わしの事は知らずともよい。質問に答えよ」

 あまりの横柄さにオリガは腹が立った。何か言い返そうとしたが、フロリエがスッと前に進み出て彼女を抑える。

「確かに私が女大公様のお供をしております」

「そうか、それならちょうどよい。女大公様の元まで案内せよ」

 ふんぞり返って命令するこの男は一体何を考えているのだろう。オリガは本気で腹を立てたが、フロリエはいたって冷静に対処する。

「できません」

「何?」

「どのようなご用件か存じませぬが、女大公様にお会いなさりたいのなら正規の手続きを踏んでご面会を申し込んで下さいませ。私にはそのような権限がございません」

 相手に臆することなくフロリエは答える。彼女の毅然きぜんとした態度に男は狼狽うろたえたが、顔を真っ赤にして怒りを露わにすると、彼女の腕を強くつかむ。

「下賤の女は目上の者に対して口のきき方も知らないようだな。わしに黙って従え!」

 男は癇癪かんしゃくをおこし、そのままフロリエを引きずって建物の中に入っていこうとする。オリガはそれを止めようとしたが突き飛ばされて地面に倒れ、フロリエは抵抗しようとして足を踏ん張ったものの、かかとの高い靴を履いていたために足首をひねってしまう。そしてそのまま男に引きずられていく。

「お待ちなさいな」

 どこからか穏やかな声がかけられる。

「邪魔をするな」

「トロスト殿、その様な事をなさっても、女大公様は決してあなた様に会おうとはなさいません。かえってご不興を買ってしまわれますよ」

 姿を現した女性は地面に倒れたオリガを助け起こし、フロリエの腕をつかんだままのトロストと呼ばれた男に近寄る。

「そなたには関係ない。わしは是が非とも女大公様に会わねばならぬのだ」

「黙って見過ごすわけにはいきません。この方は殿下のお客様なのです。この方の身に何かあれば、あの方は黙ってはいないでしょう」

 栗色の髪の美しい女性はほれぼれするほどの見事なプロポーションをしている。笑顔を絶やさずに男の傍まで来ると、フロリエから手を離させて足を痛めて座り込んでいる彼女を支えて立たせる。我に返ったオリガが慌てて駆け寄る。

「わしを脅すのか? 愛人ごときが笑わせてくれる」

「少し頭を冷やした方がよろしいのではなくて? 殿下に対して女大公様の影響力がいかに強くても、内政の事まで口には出されないでしょう。ましてやこのような方法で面会しても、決して女大公様の口添えはいただけません」

 男は憎々しげに女性を睨む。だが、兵士達が慌ただしく近づいてくる気配がすると、一度ジロリとフロリエを睨み付け、彼は元来た神殿外部へと通じる道へと姿を消した。

「もう大丈夫ですよ」

 女性は柔らかな笑みを2人に向ける。

「ありがとうございました」

「何とお礼を申し上げて良いか……」

 フロリエとオリガは彼女に深々と頭を下げる。

「間に合って良うございました。足を痛めたのではないですか? 手を貸しますからとにかく中に入りましょう」

 彼女はそう言うと、オリガを促してフロリエの体を支えて建物の中に入る。騒ぎを聞きつけた神官達が駆けつけ、彼女を医務室へと連れて行ってくれる。

「あの、お名前を……」

 神官に事情を説明し、すぐに立ち去ろうとする女性にフロリエはあわてて声をかけた。

「エルデネートと申します、フロリエ様」

 彼女は優雅にお辞儀をし、『お大事に』と言い残してその場を去った。

 フロリエはその名前を聞いたことがあった。……エドワルドの恋人。何故だか胸がチクリと痛んだ。




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