41 追憶1

 舞踏会の翌朝、二日酔いの父親2人はそれぞれの娘に起こされた。

「父様、お酒臭い」

 文句を言うコリンシアをなだめながら、エドワルドは痛む頭を押さえつつ体を起こした。ハルベルトも娘にせかされて寝台から体を起こしたところだった。

「今朝はお祖父様が朝食をご一緒したいと仰せだったのに、お忘れになったのですか?」

「……いや、忘れては…ない」

 飲みすぎた自覚がある2人は責める娘に反論する余地は無かった。

 起き抜けの水をもらってどうにか目を覚ますと、エドワルドはハルベルトに断わりをいれて、一旦用意されていた部屋に戻った。気分をすっきりさせるために湯浴みをし、服を着替える。部屋を出るとハルベルトも着替えを済ませていて、揃ってアロンの部屋へと向かった。

「お祖父様、おはようございます」

 部屋に着くと、真っ先にコリンシアが国主の元へ駆け寄る。彼は自由がきく左手で嬉しそうに孫娘を抱き寄せる。

「おお、おはよう。良く眠れたか?」

「はい。お祖父様は?」

「よく眠れたとも」

 その微笑ましい光景を見ながら他の3人は席に着き、コリンシアも父親に呼ばれて席に着いた。

「父上、お疲れは出ていませんか?」

 療養中にもかかわらず、2日続けて公務に出たのだ。体への影響を気にしてエドワルドが声をかける。

「そなた達よりは元気じゃ」

 息子2人が二日酔いで不調なのをお見通しである。

「ははは……」

 笑ってごまかしながらハルベルトとエドワルドは飲み物を口にする。定番の薄焼きのパンにハムやチーズを添えたものや細かく刻んだ野菜と卵のスープ、ハーブ入りの腸詰に季節の果物がテーブルに並べられているが、2人はほとんど口にしていない。小竜がヒョコヒョコやってきて、手をつけていない料理を前足を器用に使いながらついばみ始めた。

「あんなに脅えていたのが嘘のようだな」

 すっかり皇家に慣れてしまった彼は皆に可愛がられ、エドワルドが買った時のやつれた姿が嘘のようである。琥珀色の体は毎日姫様方と入浴して清潔に保たれ、湯上りには肌のお手入れに使われる香油を塗ってもらっているのでつやつやしてていい香りがする。おまけにコリンシアに日替わりでリボンを付けてもらい、おいしいごはんまでもらって健康そのものだった。

「今日のいつごろ起つ予定だ? エドワルド」

 ハルベルトもほとんど朝食には手をつけておらず、気を利かせた侍女が用意したお茶を口にしている。

「昼頃には発とうかと。寄りたい所もありますから」

「そうか」

 夏至祭も無事に終わり、今日からはハルベルトもアルメリアも通常の生活に戻る。ハルベルトはエドワルドと共に朝議に出た後、国主代行としての執務があり、夜中までスケジュールが詰まっていた。アルメリアは家庭教師を招いて帝王学の授業がある。優秀な彼女は特に財務関係に才能があると教師陣から絶賛されているらしい。




 朝食が終わる頃を見計らったかのように、補佐官のグラナトが来たと家令が知らせに来た。ハルベルトは渋い顔をするが、生真面目な補佐官殿は一刻の猶予も与えてはくれないらしい。仕方なく弟と連れだって席を立つ。

「では、行ってきます」

「コリン、お祖父様の所で待っててくれ」

 家族に挨拶すると、2人は父親の居室を後にした。

 朝議の議題は当然のことながら昨日のゲオルグの乱入事件とそれに伴う数々の不祥事である。乱入したゲオルグと彼の取り巻き3人に夜を徹して行った尋問の結果報告を受け、正式に彼らへの処分が決められる。そしてその責任をグスタフにもとらせる形で1年間の登城資格停止及び謹慎を決定する運びとなっていた。

「うまくまとまりますかね?」

「その為にお前を呼んだんだ」

「あまり期待をしないで下さいよ」

「あてにさせてもらう」

 兄弟で緊張感のない会話を交わしながら、本宮にある会議室へ足を運ぶ。仰々しく衛兵が守る扉をグラナトが開けて皇家の2人が部屋に入ると、既に皆揃っていた。

「さて、大掃除を始めるか」

 ハルベルトがそうつぶやくのを聞いてエドワルドは苦笑した。




 国政の実務を取り仕切る官僚達にグスタフは多大な影響を持っていて、彼への処分は官僚達がなかなか首を縦に振らなかった。しかし、サントリナ公やブランドル公の賛同を得ていたので、大した混乱もなく当初の予定通りに処分は決定した。

 ちなみにミムラス家の子息は自分の判断で貴賓席に侵入したと言っている。探ればその陰に黒幕がいるのだろうが、その辺はすぐにはしっぽをつかませないだろう。明白な部分でとりあえずの処分は決定した。1年の期限はあるが、その間にじっくりと調査して決定的な証拠を得てから追加の措置を決めようと、ハルベルトは考えていた。

「悪かったな、付き合わせて」

「いえ、多少なりとも役に立てたて良かったです」

 官僚たちを説得出来たのはグロリア仕込みのエドワルドの話術が功を奏した部分が大きい。本人に自覚は無いが、皇家の兄弟の中で最も気に入られている彼は、子供の頃から直々にそういった指導を受けていた。それを知っているハルベルトは今回彼に手助けを求めていたのだ。

「殿下、執務の時間です」

 朝議は終わり、会議室に残っているのはハルベルトとエドワルドだけである。今日は夜中までスケジュールが詰まっているハルベルトを補佐官は容赦なく急かす。

「分かっている」

 ハルベルトはこの後、この2日間の公式行事で後回しになった書類に目を通すという大仕事が待っていた。執務室の机に山のように積まれた書類を思い出すだけで、気分の悪さは倍増しそうだった。

「この後の打ち合わせが済んだら、執務室へ顔を出してから帰りますよ」

「そうしてくれ。手伝ってくれてもいいぞ」

「ご冗談を。他人の分まで手伝う余裕はありませんよ」

 エドワルドもロベリアに帰れば仕事が待っている。留守中はクレストに全て任せてきてはいるが、総督である彼自身が決済しないといけない書類は少なからずある。留守にしている期間が長い分、ハルベルトよりも仕事は溜まっていそうだった。

「それは残念だ」

 ハルベルトは心底残念そうに呟くと、グラナトに追い立てられるようにして会議室を後にする。そんな兄を見送ると、エドワルドは自分の部屋に足を向けた。


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