22 華の皇都7

 アスターと共に来た道を引き返す。先ほど買い物をした店を過ぎ、食べ物を扱う屋台が並ぶ一角に来ると、小竜がそわそわと落ち着かなくなってくる。

「どうした、お前?」

 小竜はエドワルドの肩に上り、辺りに立ち込める美味しそうな匂いにクンクンとしきりに鼻を鳴らす。

「腹を空かせているのでは?」

「どうやらそのようだな」

 太陽はもう真上に昇っている。確かに小腹が空いたので、2人は自分達の分も兼ねて近くの屋台で昼食を買い求めた。薄焼きパンを皿代わりに鶏肉のあぶり焼きとチーズを乗せてもらい、野菜や果物を扱う露店で甘瓜をいくつか買い求めた。アスターはいつの間にかワインが入った皮袋を手に入れていた。

「そんなにがっつかなくても大丈夫だ、落ち着け」

 木陰で一休みしながらさあ食べようとすると、横からものすごい勢いで小竜がかぶりついてくる。仕方なくパンをあきらめ、甘瓜を小刀で割ると今度はそちらに食いつく。

「おいおい……」

「この分だと餌もあまり食べてなかったようですね」

 アスターも小竜の食欲に呆れている。エドワルドはようやく残ったパンとあぶり肉を口に運び、アスターからワインを分けてもらう。小竜は甘瓜が気に入ったようで、大人の握りこぶし大のそれを丸々一つ食べきってしまった。エドワルドも別の甘瓜を割って食べてみる。甘みのある果汁が口の中に広がってきて、彼が気に入ったのも頷ける。

 腹が膨れた小竜は木陰に丸まって昼寝を始めた。エドワルドとアスターも涼やかな風が吹き抜けるこの場所で行きかう人々を眺めながら休憩する。

「いい眺めだな」

 ロベリアにいてもエドワルドは人々がこうして生活している光景を眺めているのが好きだった。己が何を守って生きているか再認識するらしい。


ガッシャーン!


 その平和な光景が一転する大きな音が辺りに響き渡り、小竜がピクリとして頭を上げる。彼らが休憩している場所の左の通りから騒ぎがだんだん大きくなってくる。

 見ていると、4人の若者が馬をわざと乱暴に扱い、通行人を追い散らしていた。やがて酒屋が出している屋台の前に来ると、馬から降りた彼らは店主が止めるのも聞かずに無断で樽から酒を飲み始める。

「……」

「殿下?」

 エドワルドは残っていた甘瓜を2つ掴んで立ち上がると、ゆっくりと騒ぎの現場に歩いていく。

 若者達はだんだんエスカレートし、手近なものを壊し始め、止めようとした店主も足蹴にする。そこへ店主の娘らしき少女が来て彼を庇う。すると首謀者らしき赤毛の男が少女に何やら話しかけると、嫌がる娘を連れて自分の馬にまたがった。他の若者たちも各々馬に跨ると、わざとその場で馬を暴れさせる。

「やめてくれ!」

 店主が叫んでいるが、遠巻きに騒ぎを眺めているやじ馬たちは誰も止めようとしない。

 エドワルドはある程度近づくと、手にした甘瓜の1つを赤毛の男の後頭部に投げつけた。

「何しやがる!」

 振り向きざまにもう1個。今度は固い表皮に覆われた甘瓜が顔面に直撃する。少女をつかんでいた手が緩み、その隙に彼女は馬の背から滑り降りて父親の元に駆け戻る。

「貴様、ゲオルグ様に……無礼だぞ!」

 取り巻きの若者達が馬に乗ったままエドワルドに向かってくる。誰もが凄惨な結末を想像したのだろう、やじ馬の中からは悲鳴が聞こえる。

「な…なんだ?」

 エドワルドの少し手前で馬が急に立ち止まり、動かなくなる。若者たちが戸惑っていると、馬が棹立ちになって騎手を振り落した。エドワルドが直接操っている若者達よりもはるかに強い竜気で馬を操ったのだ。

「な……」

 残ったのは赤毛の若者1人である。何が起こったかわからず、馬に跨ったまま唖然としている。倒れて地面でうめいている若者達には目もくれず、エドワルドは真直ぐ彼の元へ向かう。騎手を振り落した馬達がエドワルドに甘えるような仕草をし、彼はその頭を撫でながら若者を正面から見据える。

「飛竜を駆り、馬を操る竜騎士の力は妖魔を退け、民の命を守る為にある。その民の生活を守る為に皇家はある。そなたは今まで何を学んできたのか? ゲオルグ」

 静まり返った通りにエドワルドの声が響く。

「下士官風情が偉そうなことを!」

ゲオルグがエドワルドに馬を寄せようとするが、やはりピタリと動かなくなる。

「昼間から酒に酔い、身内の顔もわからなくなったか?」

 エドワルドは頭に巻いていた布を外した。皇家の象徴、プラチナブロンドの髪が風になびく。やじ馬から歓声が上がった。

「お……叔父貴……」

 ゲオルグがたじろぐ。こうして見ると、縁戚だというのにこの2人はほとんど似ていない。赤毛のゲオルグはワールウェイド家の血が強く出たのだろう。

「民を守るべき皇家の一員であるそなたが、このような狼藉を働くとは嘆かわしい。城に戻り、謹慎していろ」

「うわっ」

 エドワルドは馬に思念を送って操ると、ゲオルグの馬は勝手に方向転換して城に向かって小走りに去っていく。そして取り巻きが乗っていた馬達は、まだ地面で呻いているそれぞれの乗り手の襟首を咥えると、そのままゲオルグの後を追う。

「うわぁぁ……助けてくれー!」

 遠ざかっていく悲鳴にやじ馬達からどっと歓声が上がる。

「お怪我はありませんか?」

 エドワルドは若者達がいなくなると、座り込んだままでいる酒屋の親娘の前に片膝をつく。2人は突然現れた彼に驚き、まだ呆然としている。

「甥のゲオルグが乱暴をして申し訳ない。皇家を代表し、お詫び申し上げる」

 エドワルドが頭を下げると、2人はあわてて座りなおし、頭を下げる。

「こ……こちらこそ、助けてくださって、あ…ありがとうございます」

 礼を言う店主の声は上ずっていた。目の前に畏敬の対象であるプラチナブロンドが輝いているのだ。助けてくれた美形の皇子に娘の方は呆然として見とれている。

「お嬢さんも大丈夫ですか?」

「は……はい」

「それは良かった。店主殿、これは少ないがお詫びと見舞いだ。受け取ってくれ」

 エドワルドは懐から財布を取り出すと、そのまま店主に渡す。買い物をしていくらか使ったが、それでもそれはずっしりと重い。

「で……殿下、助けて下さった上に……こ、これは受け取れません」

 店主はあわてて財布を返そうとする。

「受け取ってくれ。少ないかもしれないが、私の気持ちだ」

 エドワルドはそれを押しとどめ、立ち上がった。

「殿下」

 そこへアスターが近所に預けていた自分達の馬を連れてやってくる。小竜が一声鳴いて羽ばたき、エドワルドの肩にとまった。

「帰るぞ」

エドワルドがひらりと馬に跨る。アスターもそれに習い、酒屋の親娘とやじ馬たちに軽く目礼をする。2人は集まった見物客の歓声に送られてその場を後にした。

「ところで、あの馬達に何と命令されたのですか?」

 アスターが馬を寄せて尋ねる。

「この道を真直ぐ、城に帰れと命じた」

「この道を真直ぐですか?」

「そうだ」

 この先、本宮へ行くには途中に大きな川があった。この通りには橋が無く、迂回しなければ本宮へは帰れない。案の定、川のほとりではちょっとした騒ぎが起きている。2人はそれを尻目に橋を渡って城へと戻った。

「叔父の顔も見分けられないくらいに酔っていたからな。水練でもして酔いをましてもらおう」

 エドワルドの返答にアスターは笑いを抑えきれなかった。




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どうでもいいウラ話


本編に出てくる野菜などの植物の名前は実際にあるものと架空のものと入り乱れております。

今回出てくる甘瓜は小ぶりなマクワ瓜のようなもの。皮が固いので、顔面に食らったゲオルグは相当痛かったのではないかと……。


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