21 華の皇都6

 夏至祭を控え、皇都はにぎわっていた。明日開かれる飛竜レースとその翌日にある武術試合を見るために人が集まり、更にはそれを目当てに各地から商人が来ていて、露店が所狭しと並んでいる。食べ物に生活用品、各地の特産品や民芸品の類まで並び、見ているだけでも飽きない。

 そんな露店の並ぶ一角をエドワルドはアスターをお供に歩いていた。もちろん、目立つプラチナブロンドの髪は頭に布を巻いて隠しているし、2人とも下士官が着るような服装をしている。だが、見目がいいので、若い女性達からひっきりなしに熱い視線が送られてくる。

「賑やかだな」

「お祭りですからね」

 露店を何軒か冷やかしながら、2人は旧知の商人との待ち合わせの場所に向かっていた。指定された場所は商店街の奥の路地を進んだ先にある。活気あふれる町の雰囲気を肌で感じながら、2人は歩を進めていた。

「色男の兄さん達、恋人に1つどうだい?」

 アクセサリを扱う店の男が2人に声をかけてくる。店頭にはトンボ玉やメノウ等を使ったネックレスや髪飾りが並び、奥には金や銀を使った高級品も置いてある。ふと気にかかり、エドワルドは足を止める。

「いかがいたしました?」

 いぶかしんで声をかけたアスターの呼び掛けには応じず、彼は商品の品定めを始める。色鮮やかなラピスラズリを使った髪留めが目にとまり、手に取ってみる。

「恋人にかい?」

 声をかけてきた男が冷やかすように尋ねる。どうやら彼は店の主人のようだ。

「残念ながら娘に」

「おや、あんた所帯持ちかい? 娘にだけじゃなくてその母親にもかってやらなきゃ」

 店主に指摘され、つい笑みがこぼれる。だがその時、エドワルドの脳裏に浮かんだのは、亡き妻でも恋人のエルデネートでもなく、黒髪の慎ましやかな女性の姿だった。

 ふと、店の奥を見ると、鮮やかな緑の宝石が目に飛び込んできた。近づいてみると、それは翡翠のイヤリングだった。彼女の瞳を連想させる大粒の石は上質で、それを金の金具で止めただけのシンプルなデザイン。彼女に良く似合いそうだ。

「兄さん、目が高いねぇ。そいつは先日仕入れたばかりだよ」

 店主は上機嫌で商品の良さをアピールするが、エドワルドはもう聞いていなかった。

「この2つでいくらだ?」

「……えっと……」

 説明途中だった店主は唐突に聞かれて驚く。しかしながらそのたくましい商魂を発揮して立ち直ると、彼はすぐさま2つを合わせた値段を提示する。だが、いくらなんでも金貨5枚は高すぎるだろう。すかさずアスターが横から交渉を開始し、当初の提示金額の半値以下になった。値切られるのは慣れっこの店主は負けない自信はあったのだろうが、相手が悪かった。代金を受け取る店主の顔は青くなっていて、気の毒になったエドワルドは少しだけ色を付けてやった。

「すまんな、アスター」

「いえ、これくらい」

 エドワルドは買ったものを懐にしまい、2人はまた奥の路地を目指して歩き始める。やがて指定された建物の前に着き、小さく木の模様が描かれた木戸を叩く。

 間をおいて誰何の声が聞こえ、アスターが名を伝えると扉が開き、一人の老人が姿を現す。

「旦那様お待ちでございます。どうぞこちらへ」

 促されて2人は屋内に足を踏み入れる。長い廊下を老人の案内で進んでいき、中庭に面した明るい部屋に通される。

「これは殿下、わざわざのご足労、痛み入ります」

 2人を待っていたのは50過ぎの男だった。足が悪いのか、エドワルドの身分を知っていても頭を下げただけで立とうとしない。

「いや、気にしなくていい。道中、なかなか楽しめた」

「左様でございますか」

 エドワルドは男の向かいの席に座り、アスターはその後ろに控える。先ほどの老人が3人にお茶を用意し、速やかに退出していく。彼らはしばらく無言でお茶をすすり、窓の外の景色を眺める。

「もう外へは行ってないのか?」

「何分、この足が言うことをききませんので、最近は若い者に任せております」

 男は足をさすりながら苦笑する。彼の名はエーリヒ。フォルビア家に出入りするビルケ商会の前会頭だった。商品だけでなく国の内外の最新の事情も仕入れてきて、グロリアが重用していた。

 エドワルドが紹介してもらったのは、まじめに政務にも励むようになった2年ほど前だったろうか。以来、取引の相手もそれなりに選ぶ彼に気に入られたらしく、連絡をすると隠居した今でも大抵は応じてくれていた。

「近頃はカルネイロ商会の船をロベリアでしきりに見かけるようになりました」

「確かに。先日もロベリアに入港する船への優遇措置を求めてきました。もちろん、断りましたが」

 カルネイロ商会はタランテラの南東に接する隣国、タルカナを拠点とする商会だった。会頭の縁者に礎の里の賢者がおり、そのコネを最大限に利用して各国の王族と繋がりを得て大きくなった商会だった。自らの利益につながると判断すると、その国の市場を徐々に独占していき、小さな商店のみならず、最終的にはその国にあった大手の商会すら排除されている。もちろん、障害と見なされれば役人だろうと貴族だろうと関係ない。

「正直、良くない噂も流れてきております。十分にご注意くださいませ」

「分かった、ありがとう。留意します」

 その後はしばらくの間、商会が国の内外から集めた情報に耳を傾けていたが、他に気になるものは無かった。だが、覚えておけば、後で役に立つこともあるかもしれない。彼のもたらす情報に最後まで耳を傾けた。

「女大公様にご領地の北方の動きにご注意くださるようお伝えくださいませ」

 最後にエーリヒはそう付け加えた。

「北方?」

「その北の方としきりに交流が」

「……」

 フォルビアの北はワールウェイド領である。やはり彼はフォルビアを懐柔するために何やら画策しているのだろう。現在グロリアは自領の南部に居を構えている。しかし、持病の為に身動きがままならない彼女は数人の親族に領地の経営を任せていた。

 その彼らが陰で私腹を肥やしている事を知ったからと言ってロベリア総督であるエドワルドが他領にむやみに干渉できないのが歯がゆい。それでも、今まで散々迷惑をかけて来たお詫びに何かしら役に立ちたい。フォルビアに戻った後、折を見て話をしてみようとエドワルドは思った。




「頼んだものは手に入ったか?」

「はい。相性も必要としますので、数頭入れてみました。気に入られるのがございますかどうか…」

 今回エドワルドは小竜の調達を彼に依頼していた。皇家の特権を駆使すれば使い竜として訓練したものが手に入るが、それを乱用する気にはなれなかった。フロリエの目の代わりをするならば、大人しい気性の愛玩用を少し訓練すれば十分だろう。久しぶりに会いたかったこともあり、エーリヒに連絡を取ったところ、皇都の隠居所に招待されたのだ。

「助かった。見せてくれ」

「かしこまりました」

 彼が呼び鈴を鳴らすと、先ほどの老人が現れて中庭に通じる窓を大きく開け放つ。先ほど外を眺めていたときには気付かなかったが、木陰に設置された止まり木に5匹の足環をつけた小竜がつながれていた。

 羽の手入れをしている赤褐色、うとうとしている茶褐色に暗緑色。もう一匹の茶褐色はしきりに体をゆすって落ち着きがなく、隣で大人しくしていた別の赤褐色と喧嘩をし始めた。

「うーん」

 中庭に出てエドワルドは5匹を眺めていたが、どうもピンとくるものがいない。強いて言うなら眠そうにしている茶褐色だろうか。エーリヒは窓辺の椅子に座ったままその様子を眺めている。

「春にはもっといたのですが、売れてしまいまして……。お話頂いた時に残っていたのはこの5匹でした。愛玩用としても人気がありますので、申し訳ございません」

 彼の話ではこの小竜は皇都郊外で飼育されたものらしい。昨年孵ったばかりだが、最初の選別で使い竜には不向きと判断されて愛玩用に売りに出された残りだろう。タイミングが悪かったと思うしかない。


バタバタ……


 今回はあきらめるか、茶褐色で妥協するか悩んでいると、止まり木の端にかけられていた籠から羽音が聞こえる。覗き込んでみると、痩せこけた琥珀色の小竜が脅えたように様子をうかがっている。

「こいつは?」

「ああ、そいつは昨日、せがれが連れ帰った雛ですな」

「野生か?」

「左様で。巣立ちしたばかりで親とはぐれてしまったのでしょう。脅えてばかりで手が付けられん」

 エーリヒの言葉を裏付けるように小竜は脅えたように固まったままジィッとエドワルドを見ている。

「出していいか?」

「どうぞ」

 籠を開けると中の小竜はパニックを起こして暴れ始める。

「怖がらなくていい」

 慣れた手つきで小竜を捕まえると、エドワルドは羽をばたつかせる小竜をなだめるように首から背中をなでてやる。指先ほどの小さなこぶに触り、話しかけているうちに落ち着いてきて、小竜は彼の腕の中に大人しく収まった。

「さすがですな」

 一部始終を見ていた彼は感心したようにうなずく。先ほどまでの脅え方が嘘のように小竜はエドワルドの腕の中で寛いでいて、大きくあくびをしている。すっかり慣れたようだ。

「こいつにしよう」

 まだ幼いが、フロリエに渡すまでに基本的な躾は十分可能だろう。エドワルドは満足してエーリヒに代金を支払い、誘われた昼食を辞して彼の住居を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る