第20話「黒騎士」

「そろそろか……」


 高く昇った日の光を眺め、エルバートが呟く。


 告げた降伏勧告の返答期限が近付いていた。今のところ返答はない。返答がないという事は、戦う意志を示したという事であり、期限が過ぎると同時に戦闘開始となる。


 返答が見られない事を察した王国軍は、すでに戦闘の為の準備を整えており、返答期限が過ぎれば即攻撃が出来る状態となっていた。


 そして、その戦闘においての先陣を切る役目を与えられたのがエルバート達『白雪竜騎士団』で、彼らは戦列の最前部に待機していた。


 竜騎士の圧倒的な攻撃力でもって、相手の防御と陣形を崩し、そこから兵を投入していく戦術。竜騎士達が矢面に立つことで、兵の損耗を抑えられる。そんな貴族側の背景が透けて見える戦術ではあるが、戦い方的が一番効率が高いだけに何も言えない。


『どう、動いてきますかね?』


 耳に付けた魔導具からディオンの声が響く。


「さあな。だが、相手に動きが見えない所を見ると、籠城……だろうな。

 兵数から見て、相手の方が有利だからな。そのまま守りに入ったんだろうが――」


「その方がやり易いですね。こちらとしては」


「ああ」


 広々とした平野を挟んでの向こう側に見える、丘の上の砦。そこからは、依然動きが見られなかった。


 刻々と返答期限が迫る。


 そして、時刻が後一時間を過ぎたあたりで、ようやく相手の動きが見えた。一度砦の城門が開かれ、武装した兵達がそこから丘を下り、砦の前面に展開し始めた。


「打って出るか……おもしれぇ」


『絶望は臆病者を勇敢にさせる。という奴ですかね』


「どうかな。負けを覚悟しての抵抗か、勝つための戦術か……それはやってみなければ分からん。どちらにしろ、油断はするな」


『はい』


 目の前に展開した始めた敵軍の兵達が、陣形を整え、展開を終える。丁度その時、返答期限の時刻が訪れる。


 約束の時が訪れると、王国軍の本陣に立てられた壇上に、この軍の全体指揮を受け持った貴族が立つ。そして、その場から音声を拡大させる短杖状の魔導具を用いて、敵軍に勧告を飛ばす。


『約束の時間だ。返答を聞こう』


 声が大きく響き渡る。


 そして、それから少しの間、無言の時が流れ、強い緊張感に満たされる。


『返答を返す。フィーヤ殿下は、国王暗殺の首謀者ではなく、反逆者などではない。よって、この進攻は不当なものであり。我々はそれに抵抗する!』


 時間を置き、敵軍から拡張された声が響き渡る。


『了解した。勧告は聞き入られなかった。よって、我らは反逆者討伐の命を行使する』


 拒否の回答。それが届くと、王国軍内にさらに強い緊張が走る。


 そして――


『全軍、攻撃を開始せよ! 出陣だ!』


 攻撃開始の命が下される。


「敵には滅びと恐怖を、味方には雄姿と栄光を! 『白竜騎士団』飛翔せよ!」


「「グオオオオオオォォ!」」


 攻撃宣言が告げられると、騎竜達は大きな咆哮をあげ、助走と共に一気に空へと舞いあがる。


 10騎の竜騎士が楔型の陣形を取り、そのまま敵陣へと突撃していく。


 真正面から突撃をかけてくる竜騎士達に対し、敵軍は一斉に弓を構え、射出してくる。だが、意味はない。


 放物線の軌道を利用し遠くへ飛ばす弓は、水平方向や斜め下への攻撃に対し長射程を取る事ができるが、斜め上や上空への射撃には大きく射程が削がれてしまう。よって、上空を飛翔する飛竜に矢は届かない。


 それどころか、たとえ矢弾が届いたとしても、固い鱗に覆われた飛竜には一切ダメージが与えられない。


「食らいつけ! フェリーシア」


 高速で飛行する竜騎士達は一気に敵軍との距離を詰める。そして、そこから一気に高度を下げ、降下と共に突撃をかける。


 放たれた矢弾がようやくフェリーシア達を捉える。だがそれらは虚しく固い鱗に弾かれ落ちていく。眼前に迫った敵、それを目にした敵軍は弓を捨て、対突撃用の長槍を構える。


「砕け!」


 向けられる長槍。それに怯むことなくエルバートとフェリーシアは突撃してく。


 衝撃音と断末魔。それから砂埃と、砕け散った槍が宙へと舞い上がり、血飛沫が撒き散らされる。


 2000lbポンドを超す飛竜の体重が、速度に乗って押しつぶしてきたのだ。人の身体が堪え切れるわけはなく、踏みつぶされた敵兵達はバラバラにひき潰され、速度に乗って突き出された竜騎士のランスが他の兵を貫き、着地と共に繰り出されたフェリーシアの噛み付きが、他の兵を噛み潰す。一瞬にして10人近い兵が、無残な死を遂げる。


 そして、突撃をかけた竜騎士達は、即座に空へと離脱していく。一撃離脱の攻撃。竜騎士の戦い方の基本だ。


 フェリーシアが噛み潰した兵に身体を派手に振り回し、血と肉片をまき散らしながら、大きく飛翔すると共に咆哮を上げる。


 殺戮演武。殺しをより悲惨なものに見せつける事で敵の士気をくじく。それが功を成したのか、去り際に見える敵兵の表情は恐怖に歪んでいく。


 竜騎士達は離脱するとすぐざま旋回を行い、再び突撃をかける。


 敵兵達はそれに対応しようと長槍を向けてくる。だが、意味はない。容易に砕かれ、ひき潰され、噛み潰される。


 返り血でフェリーシアの白い鱗が赤く染まる。圧倒的な力の差、それは戦いではなく、殺戮と呼ぶめき光景だった。


 物の数分と立たず、たった10騎の竜騎士達によって、展開された敵兵の数が目に見えて数を減らしていく。


 少しずつ感覚が麻痺したかのように、戦闘前からあった恐怖と不安が薄れ、戦いの高揚感へと埋没していく。


「なんだ……出来るじゃねえか」


 薄れていく恐怖感に、エルバートは笑みを浮かべる。


「さぁ、全部食い尽くすぞ、フェリーシア!」


「グオオオオオオオォォ!!」


 旋回を終え、敵を正面に捉え、ランスを構える。見える敵に、戦い意志はもう殆ど見られない。勝敗は決した。そう思える状況だ。だか、終わらない、終れない。敵将が負けを認めるで戦闘は続き、敵兵を仕留める行為をやめるわけにはいかない。



 ガチン。金属がぶつかり合う重々しい音が酷くはっきりと響いた。


 戦場で聞えた異音に手が止まる。


 そして、まるでその音が合図であったかのように、敵兵達の動きに変化が現れる。


 敵兵達はまるで逃げる様に、その場から駆け出し、敵の陣形が中央から真っ二つに別れる。


 裂けた敵陣の向こう側。そこに、一人の騎士が立っていた。黒い金属の全身鎧に身を包み、顔はフルフェイスの兜で覆われた騎士。手にした剣と盾には、それが誰であるかをします意匠は無く、どこか不気味さを漂わせる黒騎士が立っていた。


『あれは……なんですか?』


「さあな……わからん」


 不気味なほどの威圧感。それに強く視線が吸い寄せられる。


 黒騎士はゆっくりと開かれた陣の間を抜け、エルバート達の目の前に立つ。


 そして、手にしていた剣を、こちらへと向けた。


 戦場での一騎打ちを申し込む合図。それを、黒騎士は叩き付けてきたのだ。


「面白れぇ……」

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