第16話「揺れ動く心」

「降伏勧告……ですか?」


「はい。武装を解除し、砦を明け渡し、首謀者であるフィーヤ・ストレンジアスの身柄を差し出せば、攻撃を行わない。とのことです」


 外からの情報を使えてくれた兵士に言葉に、それを聞いた者達は皆息を飲む。


 砦の外に、王国の討伐軍の姿を確認すると、フィーヤ達は直ぐに砦の中へ戻り、対策会議を開いた。そして、その会議中に告げられた言葉に、会議の場は一時静まり返る。


 王国の討伐軍に対し、ビヴァリー伯爵が兵を貸してくれると申し出てくれた。その数200弱。これは決して少ない数ではない。それに対し、王国の軍は400強。


 砦、要塞などを攻略する際には、およそ敵の3倍の兵力を必要とすると言われる。単純な兵力比で言えば、防衛可能な兵量があると言える状況だ。


 けれど、敵軍には10騎の竜騎士が居る。そのたった10騎の竜騎士が、その兵力比を簡単に覆してしまう。


 制空権を取り、城壁を飛び越え、爆撃と、城壁上の弓兵を一掃でき、その上攻城兵器を容易に破壊できるだけの力を持つ竜騎士。それだけに拠点防衛の優位性が殆ど吹き飛んでしまう。


 竜騎士10騎。マイクリクス王国に生きる者にとって、それがどれ程強力であるか想像できるだけに、現状の置かれた状況がどれ程劣性であるか想像できてしまう。


 その上での降伏勧告により、すでに勝ち目がない事を改めて理解させられ、言葉を失う。


 心が揺れる。降伏したところで、関係者に対する罰は免れないだろう。けれど、降伏を受け入れれば無駄な兵力を消費せず、死者を少なく出来る。その考えに、心が動いてしまう。


「どう、しますか?」


 言葉を失い。硬直する場を見守っていた、レリアがフィーヤにそう尋ねて来る。


 尋ねられ、フィーヤは小さく身体をびくつかせ、顔を上げる。レリアの、少し不安げな顔が目に映る。


 降伏を告げる事は、多くの死を回避できることかもしれない。けれど、それは、ほぼ確実に目の前のレリアに、共に死ぬことを告げるようなものだった。そんな言葉を口に出来る勇気がなく。戸惑い口を閉ざす。


 逃げ場を探すかのように、フィーヤはレリアから目を逸らし、視線を彷徨わせる。対策会議に集まった面々の表情が見える。皆、それぞれ何か思う事抱えならが、フィーヤの顔を見て、答えを待っていた。


 黄金色の瞳と目が合う。フィーヤと丁度反対側、奥の壁の辺りに立つ少女、その鋭い瞳と視線がかち合う。その眼は、まるで今のフィーヤの心の内を見透かすように鋭く。そして、逃げを考えるフィーヤの事を強く非難しているようで、居た堪れなくなる。


 視線は居場所を失い足元へと向けられる。


「半日。えい、1時間。時間をください。その間、出来うる限りの情報と、それから打てる術を考えてください。それから、対策を考えましょう」


 結局フィーヤは、判断を口にできず、そう告げると席を立ち一人会議の場を離れていった。



   *   *   *



 結論が出ないまま、対策会議が中断されると、少しの間時間が出る。その空いた時間を利用し、アーネストは再度見張り塔に上り、敵軍の配置を眺める。


「何か見えたか?」


 しばらくそんな風に敵軍の様子を眺めていると、そう声がかかった。声がかけられた方へ目を向けると、塔の上へと上がってくるレリアの姿が見えた。


「変わった物は何も……」


「そうか……」


 レリアが塔の上に上ると、アーネストの横に立ち、アーネストと同様に、そこから見える敵軍へと目を向ける。


「フィーヤ様の傍に居なくていいのか?」


 一人でいるレリアに、疑問を持ちアーネストは尋ねる。


「今の私は、姫様の傍に居ても何もできない。むしろ、気を遣わせてしまう。それは、私の望むところではない」


 包帯などが巻かれた腕の傷跡を見せ、レリアは答える。そして、そんな自分に悔しさを思い出したのか、強く手を握り締める。


「なあ、アーネスト。竜騎士とは、そんなに強いものなのか? 私はこの国で生まれた人間ではなし、竜騎士、飛竜と対峙した事が無い。それだけに、上手く、その強さが想像できない」


 しばらく言葉を交わさずに居ると、レリアがそう切り出してくる。


「強い。というより、理不尽に近いかな。竜騎士――飛竜の力は、どうやったって止めようがない上に、傷つける事すら不可能に近い。それが、上空から一方的に仕掛けて来るんだ。どうやったって勝ち目はない」


「勝ち目がない……この戦いも、お前の眼には勝ち目がないものと映るのか?」


 告げられた不安要素にレリアは少し戸惑い、そして不安げな表情を浮かべ、そして、何か覚悟を決めるようにして、尋ね返してくる。


「勝つことは無理だろうな……けど、負けない術はある。と思う」


 一度空を見上げ、あれこれ考えを浮かべながら、アーネストは返事を返す。


「負けない術?」


「ああ、竜騎士は最強の兵科。たぶんこれは間違いではないと思う。けど、別に弱点が無いわけじゃ無い。だから……」


 言いかけ、先ほどの会議の場でのフィーヤの姿を思い浮かべ、アーネストはそこで口を閉ざす。


「だから、何だ?」


 言いかけた言葉の続きを急かす様に、レリアが尋ねる。


「弱点と言っても、そんな大したものじゃない。フィーヤ様がどう判断するか、まずはそれからだ」


 アーネストは一度首を振り、そして答えを濁すようにして返す。それに、レリアは大きく不満そうな表情を返す。



 日が傾き、風が流れる。遠くに見える敵軍の様子に変化はない。


「さ、もう充分だろ、そろそろ時間だ。戻るぞ」


 傾いた日の光を見て、大よその時刻を確認し、アーネストはそう告げる。レリアはそれに、小さく頷いて返事を返し、そして戻るため塔の階段を下り始める。


 先を歩き始めたレリアに続き、アーネストも進もうとして足を止める。そして、再び敵軍へと目を向ける。


 旗が目に入る。貴族の家紋を記した大鷲の旗。王家を示す『神聖竜旗』。そして、随伴の竜騎士団を示す騎士団旗が並んでいた。


 並ぶ旗には二つの騎士団旗が掲げられていた。一つが雪と白竜を象った『白雪竜騎士団』の騎士団旗。そしてもう一つは、『白雪竜騎士団』団長を示す『白き雪の竜』を模した旗。その二つの旗を目にし、アーネストをまるで目に焼き付ける様にして眺め、それから踵を返し歩き始めた。

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