第15話「戦場の空気」

「来て……しまいましたね」


 目の前に広がる光景を目にして、フィーヤが悲壮感を漂わせた声音で呟く。


 ラドセンス砦。そこで一番高い場所である見張り塔から見える光景。そこには、数百という人が列をなし、居並ぶ光景が広がっていた。


 居並ぶ人々は皆、それぞれ武器を手にし、鎧を着こんでいた。


 人々が立つ場所にいくつかの旗が掲げられている。一つは大鷲を象った貴族の紋章。そしてもう一つは白地に、金糸と白糸で白竜が刺繍された『神聖竜旗セイクリッド・ドラグーン』――王国の旗だ。


 それらの旗が示す意味、それが国王もしくはその代行の命により派遣された討伐軍を示すものだった。


『グオオオォォ!』


 遠くから咆哮が響く。居並ぶ兵士たちの上空に、完全武装の竜騎士と騎竜が隊列を組み飛んで行く。


 そして、彼等竜騎士が掲げる旗は――雪と白竜を象った騎士団旗、王国最高の竜騎士団の一つ『白雪竜騎士団』の旗。


 目の前に居並ぶ軍の規模はそれほど大きくはない。けれど、古く小さなラドセンス砦と抱える兵の少ないフィーヤ達の前には、圧倒的すぎる規模のものだった。



   *   *   *



 隊列を成す兵達の頭上を、隊列を成して飛んでいた竜騎士達が大きく旋回し、ゆっくりと降りてくる。それに合わせ、陣形を組んでいた兵士たちが、陣形の一部を解き、騎竜達の着地場所を開ける。そこに、竜騎士達はゆっくりと騎竜を着地させていく。


「ようこそおいで下さいました。英雄エルバート・ミラード様。まさか、貴方と作戦を共にできるとは、まことに光栄でございます」


 騎竜達が着地を終えると、それにさわせるように、兵士たちの陣形の一部が開かれ、本陣の方から両脇に重装備の騎士を従えた若い貴族が一人、竜騎士達を迎える様に歩み寄ってくる。


「『白雪竜騎士団』団長エルバート、並びに他騎士団員。国王代行第二王子クレアスト・ストレンジアスの命の元、参上いたしました」


 騎竜を着地させ、騎竜から飛び降りると、エルバートは迎えてくれた貴族の前に立ち、跪く。


「いや、そんなに畏まらないでください。英雄であるあなたが、私などに畏まる必要はありません。

 ささ、詳しい話は天幕の中で行いましょう」


 跪いたエルバートに、貴族は顔を上げさせると、本陣に立つ天幕へと案内する。それにエルバートは従い、貴族と共に天幕へと歩き出す。副官であるディオンも、エルバートの後を追うようにして、本陣の天幕へと入る。


 天幕の中には、すでに作戦に付いて話を行うための準備が整えられており、部隊を指揮する騎士達が待機していた。


 貴族に続き、エルバートとディオンが天幕の中へと入ると、待機していた騎士達は一斉に背筋を伸ばし、一礼を返し迎えてくれる。


「話したい事はあれこれとありますが、今はそのような場ではありませんね。惜しいですが、さっそく作戦に付いて話し合いましょう」


 貴族はそう告げると、天幕の中央に置かれた大きな机の奥を指示し、席に着く様に促す。エルバートはそれに従い席に着く。


 エルバートが席に着くと、他の騎士達も席に着き始め、それから作戦についての話し合いが始められる。



「歩兵400。うち弓兵100。騎兵20。そして、あなたがた竜騎士10騎。これが、我が軍の全てです。指揮は――」


 中央の机に周辺の地形を記した地図が広げられ、そこに自分たちの位置を示す駒が配置されていく。


「編成は空か見させてもらった。問題ない。それで、敵の規模は?」


 配置されている駒を眺めながら、エルバートは問いを返す。


「敵の規模ですか……現状はっきりと確認は出来ていません。ですが、我々がマッキャン領に入ったのを確認すると直ぐに、兵をラドセンス砦に集めたようです。ですので、予想ではありますが、数は200ほど。騎兵、弓兵などの詳しい数は不明です」


「200か……」


 貴族の返事を聞くと、エルバートはそれぞれの軍の規模を頭に浮かべる。


「それで、エルバート様はどの動くべきだと思いますか?」


 貴族がエルバートの意見を仰ぐように尋ねてくる。


「そうだな……まずは、勧告を出したい。降伏と、それから王女フィーヤの身柄を差し出す事のな」


「勧告ですか……直ぐに、仕掛けないのですか? 兵の準備は出来ています。いつでも仕掛けられますが……」


 答えを返すと、貴族は少し驚いた表情を返してくる。


「行軍で疲れている騎竜達を休ませないといけない。それまで俺達は動けない。猶予は一日。それで勧告を出してくれ。その間、偵察なりなんなりで、敵の編成などを調べてくれ」


「なるほど、そう言う事でしたか……しかし、こちらの任務は討伐です。殺されると分かっていて、すぐ投降するでしょうか?」


 少し考え込み、それから貴族が尋ねて来る。


「さあな。だが、やってくれ」


「はあ……エルバート様がそう言うのでしたら、そのようにいたします。他は、どういたしましょうか?」


「あとは、敵の編成についての情報を得たうえでの夜で良い。俺からの提案は以上だ」


 自分の意見を述べ終えるとエルバートは席を立ち、天幕を後にする。


 天幕を出るとき、背後からディオンの呼び止める声が聞えた気がするが、無視する。



 本陣から少し歩くと、小さな丘があり、その上から辺りを一望できた。


 隊列を組み待機する兵達、その向こうに小高い丘の上に立つ砦が見える。それを目にすると、戦場の空気を嫌でも感じさせられ、胸が小さくうずく。それに、そっと胸に手を当て、落ち着けるように意識する。


「エルバート。ここに居たのか、探したぞ」


 しばらくその場に立ち、時折流れる風を肌で感じながら砦を眺めていると、ディオンの小さく怒気の孕んだ声が聞えてくる。


 それを聞くと、エルバートは砦から目を離し、背後の方から歩いてくるディオンの方へと目を向ける。


「作戦会議中に席を立つとは、どういうつもりだ!?」


 声を荒げながらディオンがエルバートの傍まで歩み寄ってくる。


「俺は、俺の意見を口にした。後は、向こうが勝手にやってくれるだろう。どうせ動き方は殆ど決まってるんだ。今更あれこれ話す事も無いだろ」


「それでも細かい確認作業があるだろ」


「それにはお前が居るだろう」


「そうだが――」


「ならいいじゃねえか」


 エルバートが返事を返すと、ディオンは呆れた様に息を付く。


「相変わらず、勝手が過ぎるぞ……」


「お前が、俺を団長に戻したんだ。こうなる事は覚悟の上だろ?」


 エルバートが切り返すと、ディオンは諦めた様に息を付く。


「こうして見ると、大きですね」


 息を付き、顔を上げ、砦を見ると、ディオンがそう小さく呟く。


「なんだ? 怖いのか?」


 ディオンの呟いた弱音に、エルバートはからかう様に声をかける。それに、ディオンは小さく苦笑いを浮かべる。


「かもしれませんね……」


 ディオンの素直な返事に、エルバートは小さく笑う。


「戦いを恐れる事は悪い事じゃない。恐怖は、人の防衛本能の一部だ。それを忘れた奴は、大抵死ぬ。だから、戦いを恐れること、恥ずべき事じゃない。その恐怖に立ち向かえるかどうかが重要だ」


「それが、戦場を生き抜いた英雄の言葉ってやつですか?」


「ま、そんなところだ」


「なら、肝に銘じておきます」


 エルバートの返事に、ディオンは笑みを浮かべて、そう返すと、エルバートも笑みを返す。


「それでは、私は戻ります。初陣で部下達も不安でしょうから、見ておきます」


「おう、そうしてくれ」


 ディオンはエルバートに一礼して、立ち去って行く。その姿をエルバートは見送る。


 そして、再び砦へと目を向ける。


 戦場を感じさせる空気、それを判じると、再び胸がうずき、そして、小さく腕が震え始める。


「まさか俺が……こんなに恐怖を感じるとはな……」


 震えだした手を見て、エルバートは小さく呟く。


「今まで普通にやってこれたじゃねえか、今更何を怖がる。俺は戦士だ、今まで通り、敵を切り殺せばいい。そうだろ?」


 そして、手を握り締め、心を落ち着けるよう、そう言い聞かせた。

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