第13話「他者との繋がり」

 マイクリクス王国は、建国以来竜を信奉し、竜の国としての地位を保ってきた。それ故に、マイクリクス王国では、古くから竜にまつわる祭事が多くあり、逆に人間を中心とした祭事は殆ど無い。


 地域、民間では一般的な人間を中心とした祭事が行われる事はあるが、国主導で行われる、それらの祭事が行われる事は今でもほとんどない。


 そんな中、この国で古くから行われている、人間の神々に関わる祭事があった。その一つが、国葬である。


 竜を信奉していても、竜は死後、人の魂を導くことは出来ない。竜の神もまた、竜を守護し、竜の魂のみしか導くことをしない。故に、死後の魂の行方を祈る葬儀は、人間の神々の元行わなければならず、この行事だけはマイクリクス王国でも、人間の神々の元で行われている。



   *   *   *



 降りしきる雨の中、王宮の講堂には多くの参列者が集まり、各々涙と悲しみ、それから不安を浮かべ、講堂の奥、壇上に立つ司祭が祝詞を捧げる中、祈りを捧げていた。


 国王の国葬の際は、国葬が行われる講堂は民間にも開放され、身分問わす参列が許されて、多くの参列者が集まっていた。


 戦争を終わらせ、平和な時代を築いた国王。それ故に多くの国民から慕われ、集まった参列者の数はあまりに多く、解放されていた講堂には収まりきらず、多くの参列者が講堂の外、雨の下で王へと祈りを捧げていた。


 誰一人口を挟まず、降りしきる雨の中、祈りを捧げていた。



 その日、王国には一時の静寂が訪れていた。


 王都以外の場所でも、国民は皆、それぞれ手を止め、王都――国王に向け祈りを捧げていた。すべての生活の動きが止まり、すべての生活音が消える。王国の全ての場所、全ても街、すべての村で、人が作り出す音が消え去っていた。



 それは王都から離れた、古いラドセンス砦においても例外ではなく、フィーヤ主導の元、祭壇が用意され国王への祈りがささげられていた。


 ただ雨音だけが響く。それが、この日、この時間の音の全てだった。



「不思議だな……」


 ぽつりとアルミメイアが呟く。


 ラドセンス砦にある小さな一室。そこで、フィーヤにアーネスト、レリア、それからビヴァリーと彼に仕える私兵数人が集まり、急増の小さな祭壇の前で祈りを捧げていた。それをアルミメイアは部屋の壁際、少し離れた場所から眺めていた。


 人は集団を作り生活をしている。そのため人が生活している場所では、必ずどこかで、何かの物音が響いていた。けれど、今はそれが聞えない。人の傍に居ながら、人が作り出す音が何一つ聞こえない光景、それがひどく不思議な光景に思えた。


 そして、それだけに、強く想いを乗せ、祈りを捧げている事が理解でき、それがまた不思議に思えた。


「何が、不思議難んだ?」


 アルミメイアの呟きに、直ぐ傍で祈りを捧げていたアーネストが、小さくそう返事を返してきた。


「こんなに多くの人が……祈りを捧げる事がだ」


「そんなにおかしな事か?」


「今までに、人が祈りを捧げているところは見た事がある。その意味と、目的も理解している。けど、ここまで多くの人が、一つの事を強く想い、一人の人間の死を弔うところは、始めて見た。それが、すごく、不思議に思えるんだ」


「そう……なのか……」


「ああ。竜は他者を尊重し、敬意を示す事はある。けれど、同族を弔う事は、基本的に無いんだそうだ。

 竜は多くの場合絶対者だ。だから、誰かに何かを望むことは殆どしないんだそうだ。死すべき時も、己の足と翼で、死後の魂が集う場所――古き竜の墓へと自ら向かう。そこへたどり着けず、道半ばで死ぬものを居る。けど、その魂が彼の地へ至る為の祈りを捧げる事はしない。それは、竜としてのあり方を全うできなかった、そのものへの侮辱となる。だから、竜は同族の死を弔い、祈りを捧げる事は無いんだそうだ」


「そう……なのか」


「ああ。もっとも、私は他の誰かの――親しいものの死を、この目で見た事は無い。だからかもしれないが、誰かの死を嘆き悲しむという言う気持ちを、理解できないだけなのかもしれないけどな」


 遠くを見るような目で、目の前の祈りを捧げる参列者たちを眺める。


「昔、母様が話していた。人と竜の大きな違いは、個で生きる事と、集団で生きる事だと。お前も言っていたな。人は小さく、弱い存在だ。だから、生きていくために、他者と繋がり、寄り添いあって生きてく。きっと、だからこそ、他者というものをより強く慈しみ、大切に出来るのだろう。これは、私達竜とは、少し違っているところなのかもしれない。それが――これ程まで誰かと結びついている者達が、私には少しだけ羨ましく思う」


 呟き、語ると、息を付く。その間ずっと耳を傾けていたのだろうアーネストが、小さく笑う。


「そこまで羨ましがることも無いだろ。お前は、誰かと繋がりを持っていないわけじゃ無い。俺は、お前の事を大切な者の一人だと思っている。そいつだってそうだろ、きっと」


 アーネストがアルミメイアの後元を指す。そこには、アルミメイアとアーネストとの会話聞いていたのだろう、幼竜がアルミメイアの足に頬擦りをして、自らの存在を主張していた。


「だから、そんなにうらやましがる無いと思うぞ」


「そうかもな……けど――」


 アルミメイアは小さく笑みを浮かべ、足元の幼竜を抱き上げた。幼竜は嬉しそうに声を上げる。


 気を使ってくれたアーネストの言葉は、嬉しかった。けれど、アルミメイア自身が、それほどまでに誰かを想う事ができている自信がなく、その違いに心の奥が、小さくうずいた。



 降りしきる雨音は、長く続き、葬儀が終わってもなお、降り続けた。



   *   *   *



 雨が続く。葬儀が終わり、参列者たちが引き上げていく中、エルバートもその列に交じり、国葬が行われた講堂から、外へと歩いていた。


 悲しみに暮れる人々のかを、降りしきる雨。それらを目にすると、どうしてもその空気に引かれ、少しだけ重たい気持ちに成る。


 浮かない気分のまま、列に流される様にして歩く。


「エルバート」


 唐突に声がかかる。聞きなれた声。振り返ると、予想通りディオンが立っていた。


「何の用だ? 今日はあまりいい気分になれる日じゃない。どうでも良い要件なら、後にしてくれると助かる」


 半ば、鬱陶しそうに声を返す。


「仕事だ。明日、雨が上がったら出発する。それに間に合うよう準備しておけ」


 ディオンはそれに、意を返すことなく、ただ簡潔に要件を述べる。


 『仕事』。ただその一言を聞いた途端。今までの感情が綺麗に消え去り、気持ちが切り替わる。


「目的は?」


と、――


「反逆者の討伐……か、了解した」


 エルバートは一度手を握り締めると、鋭い瞳をディオンへ返した。


「やる気だな」


「当り前だ。俺は王国に仕える戦士だ。王国の平和を脅かすもの、それが、誰であろうと排除する。それが、俺達の仕事だ」

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