第6話「騎士と使用人」

 姿見の前に立ち、アーネストは自身の姿を、鏡を通して見つめ直す。


 腰に剣を刺し、騎士の階級を示す宮廷服に身を包んだ姿。それも、王宮に来るまで着ていた着古された宮廷服ではなく、真新しい王家の紋章があしらわれた、王族近衛用に作られた宮廷服の姿。


 アーネストが立つ場所は、王宮でも王族などが暮らす奥の居住区の一室。飾り気のない部屋ではあるものの、上品な絨毯が敷かれ、質の良さそうな家具が並んだ、近衛騎士の控室。田舎貴族の生まれで、なんだかんだと高貴さとは縁遠い生活を続けてきたアーネストには、酷く不釣り合いな場所だった。


 正面、それから背面を鏡に映し一通り姿の確認を終える。


 大まかなサイズは合っているものの、急ごしらえのため細かい部分のサイズがあっておらず、部屋の景色と相まって、どこかぎこちない姿に映ってしまっていた。


「こんな感じで、大丈夫か?」


 自分の目で確認を終えると、アーネストは同じ部屋で待機している、アーネストと同一のデザインの衣服に身を包んだ人物――レリアに尋ねる。レリアはそれに、すぐさま答えを返す事は無く、敵意の籠った視線を返してくる。


 レリアは、アーネストが着る服――王族近衛騎士の宮廷服を着る事に対し未だに反対の様だった。



『騎士アーネスト。あなたに、私の近衛騎士としての任を与えます』


 つい一時間ほど前に発せられたフィーヤの言葉を受け、アーネストは暫くの間フィーヤの近衛騎士として仕える事になった。


 形式上、アーネストが仕えているのは国王であるため、フィーヤに任命権などは無いのだが、そういった正式な手順は、後々父に頼み済ませると押し通されて、今に至る。もちろん、正式な手順を踏んでいないため、断る事も出来たが、アーネストが王宮へ赴いた理由を考えれば、多くの貴族と接する機会が増えると思い、フィーヤの話を承諾した。


 もちろん、傍で控えていたレリアは反対していたが、フィーヤの「主の命に逆らうのですか?」の一言で、押し黙ってしまった。


 ちなみに、もともとアーネストが付くはずだった、晩餐会の警備の応援は、フィーヤから断りを入れてくれた様だった。



 しばらく睨みつけると、レリアは壁から背を離し、アーネストの傍まで近寄ると、


「貴様がどのような人間かは知らないが、姫様におかしなことをしでかしたら、即座に切り捨てる。良いな」


 胸ぐらを掴み、鋭い瞳と声で、そう釘を刺した。


「そんなつもりはないから安心しろ……」


 降参という様に両手を上げ、答える。それをレリアは鼻で笑い飛ばし、胸ぐらを掴んでいた手で押し飛ばすかのように乱暴に離す。


 コンコンと扉をノックする音が響き「よろしいですか?」と、フィーヤの声が扉の向こうから届く。


 アーネストを手放し、アーネストから離れたレリアが扉へと近付くと、ゆっくりと扉を開き、控える様に扉の横に立つ。


 開かれた扉の向こうからフィーヤが室内へと入る。彼女は部屋の中央に立つアーネストの姿を見ると、


「良く似合っていますね」


 と嬉しそうに笑みを浮かべる。当然それと共に、扉の傍に控えるレリアから鋭い視線が飛んでくる。


「ありがとうございます」


 相変わらずなレリアに苦笑を返し、アーネストはフィーヤへ礼を返す。


「アルミメイアの方は、大丈夫でしたか?」


「ちゃんと出来ていますよ。さ、入ってきて下さい」


 アーネストの言葉に、フィーヤは答えを返し、扉の向こうへ入ってくるように促す。


「ちょっと待ってくれ……これ、歩きにくいぞ」


 フィーヤに呼ばれ、少し遅れるようにして扉の向こうから、黒地の服に白いエプロンを着せた使用人の服を着たアルミメイアが、足元に幼竜と黒猫を連れたまま、よろよろと長いスカートを踏まないようにしながら歩いてくる。



 アーネストがフィーヤの近衛騎士として、彼女の傍に居る間、アルミメイアをどうにか傍に置くことができないかと話したところ、フィーヤは嬉しそうに、アルミメイアをフィーヤの御傍付きの使用人にすればいいと答え、アルミメイアもしばらくの間、使用人としてフィーヤの傍に仕える事となった。


 当然のことながら、身元不明のアルミメイアをフィーヤの傍に置いておくわけにはいかないと、レリアが大きく反対したが、レリア自身がそもそもこの国の人間ではない流れ者であった事もあり、それを盾に取られては口を閉ざされてしまった。



 こうしてアーネストとアルミメイアは、しばらくの間王宮で過ごす事になったのだった。

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