第27話「守護者の帰還」

 風を切る音共に石弓から発射された太矢が、ガリアの胴体へ向けと飛んで行く。ヴェルノはそれに対し、ガリアを器用に旋回させ、躱す。


『ヴェルノさん!』


 回避を終えると共に、耳に付けた魔導具から、随伴の竜騎士から声が届く。


 ガリアが回避行動を取った先に、待ち構えていたかのように別の悪竜が回り込んでおり、それがガリアへと襲い掛かってきた。


 悪竜が口を大きく開くと、悪竜の腹の辺りの鱗の隙間から赤い光が漏れ出し、それが一気に喉元まで走る。そして、悪竜の口から灼熱の火球が発射され、ガリアを襲う。


 ガリアの直ぐ傍まで火球が迫ると、火球は炸裂し、ガリアとヴェルノを赤い炎が包み込む。


 ちりちりと肌を焼く痛みが走る。けれど、それだけだ。


(ガリア騎乗用の『火炎保護レジスト・フレイム』の装備が、こういう形で役に立つとはな……)


 ガリアは炎を包まれようとも、一切それを気にすることなく、炎を突き抜け、ブレスを放った悪竜との距離を詰める。


 ガリアに襲い掛かった悪竜の騎手は、ガリアがそのまま突き抜けて来るとは思ってなかったのか、慌てた様に悪竜を操作し、ガリアと交錯しないように旋回させる。


 ガリアと悪竜が交錯すれすれのところですれ違う。その絶好の機会をヴェルノが逃す事は無く、手にした竜銃を悪竜へと向け、引き金を引く。


 竜銃から赤い閃光が発射され、悪竜の胴体を穿つ。至近距離での一撃。けれど、それは大した効果を発揮することなく。赤い残滓を残すだけにとどまる。


 ヴェルノはそれを見て舌打ちをする。


(やはり効かねぇか)


 赤黒い鱗に、炎のブレス。それらは、悪竜が炎の属性と強いつながりを持つ事を示す。なら、炎の属性の魔弾は殆ど効果が期待できない。


 それは、竜銃の基本魔弾である『熱線ヒート・レイ』の魔弾が使い物にならない事を意味し、他属性の攻撃用魔弾を用意していない現状では、竜銃による攻撃が期待できない事を意味していた。


「竜銃は意味がない。ランスを使え!」


 竜銃が効かないとみると、ヴェルノは竜銃をホルスタにおさめ、他の竜騎士達にその旨を伝達すると共に、騎竜に乗せられていたランスを手に持つ。


 悪竜の集団を抜ける様に飛行すると、そのまま大きく旋回しながら、戦場全体を見渡すように目を向ける。


 竜銃による遠隔攻撃は期待できない。そうなると、取れる攻撃手段はランスと飛竜の牙による攻撃のみとなる。一方、相手の悪竜はブレス攻撃による遠隔攻撃が可能で、数も多くいる。


(幸い、炎のブレスなら、ガリアにも効果が無いが……)


  旋回し目標を定めつつ、戦況を見極めていく。勝てるのか、そうでないのか。そして、勝てないのなら、応援を呼ぶべきか、引くべきか。


 人を乗せた悪竜。今まで相手にした事が無い相手であり、どれほどの力を持つか判断が付き難い。


(騎手の武装がただの石弓とランスだけならまだ……)



『グガアアア!』



 叫び声に似た飛竜の咆哮が響く。


 急ぎ何が起きたのか見極めるため、咆哮が有った場所へと目を向ける。目を向けた先には、随伴の竜騎士一騎の騎竜が胸の辺りから血を吹き出し、よろめきながら高度を落としていた。


 騎竜の傍に悪竜の姿はなく、近接攻撃を受けたわけでも、ブレスを受けたわけでも無いようだった。


(なんだ?)


 風を切る音が響く。夜の暗闇の中を赤く、淡い光が駆け抜けていき、先ほどの騎竜の身体を穿つ。騎竜の鱗は軽々と砕かれ、新たな傷口から鮮血が噴き出す。


 再び風を切る音が響く。赤く、淡い光。石弓から発射された太矢だった。


「『竜殺しドラゴンベイン』か、クソ!」


 ヴェルノは舌打ちを一つする。


 『竜殺しの太矢ボルト・オヴ・ドラゴンベイン』を受け、高度を落としていく騎竜に、悪竜達が襲い掛かる。


「ガリア!」


 ヴェルノは鐙を踏み、ガリアをそこへ向けさせ、一気に急降下させる。ガリア羽ばたき一つで加速し後、羽をたたみさらに加速する。


 悪竜達をそれに気付いたのか、即座に攻撃を取りやめ、旋回、回避を行う。


 ガリアは先ほど悪竜達が居た場所を駆け抜けると、羽を大きく広げ、減速と共に旋回し、進行方向を悪竜達の方へと向けさせていく。


 弦がはじける音と、風を切る音が響く。


 ガリアは大きく羽ばたき、身体を左右に揺らし、頭上から降ってくる太矢を交わす。


 突出してきたヴェルノとガリアを標的に定めたのか、周りの飛竜達はヴェルノとガリアを取り囲むように旋回してくる。


(俺を狙うか……)


 ヴェルノは小さく笑う。


 ヴェルノとガリアの目の前に、進行方向を塞ぐように一騎の悪竜が躍り出る。騎手はランスを手にし、そのまま一気に正面から突撃をかけてくる。


「一騎打ちか……面白れぇ」


 ヴェルノはそれに相対するように脇を締め、ランスを構え、ガリアを加速させる。


 雨の様に降り注ぐ太矢を交わしながら、ガリアと悪竜との距離が縮まっていく。


(獲った!)


 ガリアと悪竜が交錯する瞬間、視界が赤い炎に包まれる。ガリアがブレスを吐いたのだ。炎属性の悪竜に炎のブレスは効果がない。燃える炎の光も、炎属性の飛竜と悪竜にはそれを見通す特殊な目を持つため効果がない。けれど、それを操る騎手の目を潰す事は可能だ。


 ヴェルノのもくろみ通り、交錯する瞬間に火を吹かれるとは思っていなかったのか、悪竜の騎手のランスが大きくぶれ、悪竜も騎手の影響からか動きが鈍る。ヴェルノはその瞬間を逃す事は無く、構えたランスが悪竜の騎手の身体を貫く。


 力を失った悪竜の騎手は、ランスに串刺しにされたまま、悪竜の鞍から引きはがされる。


 騎手を失った悪竜は、一度揺らめいた後、騎手を失った事に気付き、困惑したように辺りを見回しながら飛ぶ。


「やはり、人の指示のもとに動いていたか……」


 ヴェルノは悪竜から距離を取りつつ、困惑する悪竜を眺め表情を歪める。


 人に従う悪竜のなど聞いたことは無い。ますます、対峙している相手の事が分からなくなる。


 一度、先ほど攻撃を受けていた竜騎士と騎竜の方へと目を向ける。先ほどの騎竜は、どうにか地上に落ち立つことができ、休んでいるようだった。


(コーマックはこれ以上無理か……だとすると、ますます分が悪いな)


 一度、ランスを振り、串刺しになっていた悪竜の騎手の死体を振り払う。そして、残っている悪竜達へと目を向け、睨みつける。


 状況を悪い。情報は欲しいが、生け捕りは難しそうだった。それ以上に、負傷した騎竜を庇いながらの戦いでは、まず全員生き残る事自体が難しそうだった。


 このままではまずい。そう思える状況にヴェルノは歯噛みした。



   *   *   *



 遠くの暗闇の中に、小さな明かりの様な燃える村が見える。燃える村の上空には飛竜が舞い、それと何度か交錯するように飛ぶ竜騎士の騎竜が目に入る。


 戦っている。飛竜と竜騎士が――竜と人が戦っている。その光景が、否応なくと見せつけられる。


「やめて……くれ……」


 アルミメイアの口から、そんな言葉が零れ落ちる。


 竜と人は共存できない存在なのだろうか? そんな悲しい問いが、頭を掠める。


 母様が語ってくれた人間の話に憧れを抱き、ここまで来た。けれど、見せつけられるのは人が竜を傷つけ、竜が人を傷つけるさまだけ。母様が語った光景など、何処にもありはしなかった。


「やめて……くれ……」


 再び空に問いかける。けれど、その言葉を虚しく響くだけ。返事などありはしない。


 竜とは言え、魔獣と変わらない。魔獣であるのなら、それは人とは暮らせない。それが、現実なのだろうか? それが理なのだろうか?


『すべての人間が死ねば、我らをしいたげるものはいなくなる』


 あの竜の言葉が思い出される。


 これが変えようのない真実なのだろうか?


 竜と人は、争い合うしかないのだろうか?


「やめて……くれ……」


 手を伸ばす。けれど、アルミメイアが立つ竜騎学舎の宿舎屋根の上と、燃える村との距離はあまりに遠く、届かない。


 届いたとしても、両者を止める術をアルミメイアは持ち合わせていなかった。


「神と等しき力を持つ竜。そう言われるのに、私はどうして無力なんだ……私は、なぜ、何も出来ないんだ……」


 乾いた笑いを零す。


 母様の語った光景は、ただの空想で、この世界に有りはしない光景なのだろうか? 私はそんなものに憧れたのだろうか?


「母様……」


 ここには居ないものの名を呼ぶ。


「アーネスト……」


 傍に居てくれた青年の名を呼ぶ。初めて見つけた、母様が語った人と重なる人間。けれど、それは集団の中のほんの小さなものでしかなく、人間の大きな集団の中では存在しないに等しい人間でしかなかったのだろうか?


「私も……同じだな」


 人の大きな集団は、竜を道具か危険な魔獣としか見ておらず、竜の大多数もまた人の事を自分たちを虐げる敵とみなしている。アルミメイアもまた、竜全体の意志から遠い存在で、無いに等しい存在でしかないように思えた。


 自分は竜と人とがともに暮らしていけると言うありもしない幻想に憧れを抱き、何も知らず現実を理解することができず、わめいているだけの愚かな存在だったのだろうか?


 諦めにも似た感情が浮かび、アルミメイアは手をおろし、視線を燃える村から逸らした。



 遠くで何かの咆哮が響いた。



「あ……」


 ふとアルミメイアが空を見上げる。アルミメイアの頭上を何かが掠めた。



   *   *   *



 焼ける村。その上空で飛竜が舞い、竜騎士の竜銃から発射された閃光と炎が瞬き、それを警戒した飛竜達が村から一旦距離を置く。


 飛竜達が追い払われている間、村に降りた竜騎士達が、逃げ遅れた村人たちを助け出す姿が映る。


 焼け落ちていく村では竜騎士達による救助活動が行われていた。


 教会に避難してきた村人たちはその光景を遠くから眺めていた。


「なぜ……あいつらが……俺達を助ける……」


 男が、目の前の光景が理解できないかのような言葉を漏らす。


「さてな……彼らは、わし等の事を敵ではなく、助けるべき国民だと考えておるのじゃろうな」


 老人が祈るのをやめ、立ち上がりながら答える。


「けど、あいつ等は、俺達の神を殺した悪い奴らじゃないのか?」


「かもしれぬな。けれど、そうではないのかもしれぬ」


「どう言う事だ?」


「かつて王国は、何か思惑があって灰の竜を排除したのかもしれぬ。けれど、それはわし等国民守るために、そうせざるをえなかったのかもしれぬ。

 灰の竜は竜の守護者じゃ。わし等人間の守護者ではない。もしかしたら、かつて灰の竜はわし等人間と敵対する道を選んでしまったが故に、王国はそれを排除せねばならなかったのかもしれぬ」


「じゃあ、王国の連中は悪くないって言うのかよ!?」


「そう言う訳では無い。わし等は、知らな過ぎた。竜の事も、王国の事も……これが、それゆえの結果じゃろう。そうじゃろ?」


 老人は夜空に目を向ける。


「何が、何だか……」


 老人の言葉に、男は困惑の表情を浮かべる。


「じゃから、わし等は知るべきなのじゃよ。200年前何が有ったのか、灰の竜とはなんだったのか、竜達に何が起きているのかを、そして考えるのじゃ。わし等の進むべき道は何処なのかを……」



 燃える村の方向では無い何処からか咆哮が響く。


 老人が見上げた夜空に、何かの影が差す。満月を背に、それはゆっくりと舞い降りてきた。


 まだ距離がある。そうであるにもかかわらず、そのものの姿ははっきりと目にすることができ、その存在を強く感じることができた。


 飛竜の様に細長い身体を持ち、飛竜の様な一対の翼に、飛竜とは異なる四肢を持つ。月明かりに照らされ、露わになったその姿は伝承に唄われる灰の竜の姿そのものだった。



「わし等は本当に、何も知らんのじゃな……」


 灰の竜の姿を見て、老人はそう零した。


 竜が大きく咆哮を上げる。それが大きな波の様に広がり、ざわついた夜の音を掻き消すように、静寂が満たされていった。

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