第3話「迷いの視線」

 竜騎学舎の校舎に併設された時計塔から鐘の音が鳴り響き、授業の終わりを告げる。


 各々、休憩や次の授業の準備などをはじめ、校舎や次の授業の場所へと移動していく生徒達を見届け、それから先ほど立ち去って行ったリディアの姿を見失うと、アーネストは小さく息を付いた。


 講師としての生活が始まってから三ヶ月ほどが経ったが、未だに慣れきらず、その事による不安と心配、それから緊張と、普段身体を動かす以上に、疲労感を感じていた。


「よっ! アーネスト、ちゃんと授業で来ているみたいじゃねえか」


 息を付き、身体の緊張を解していると、校舎の方から一人の男性がこちらへと向かいながら、声をかけてきた。


 7ftフィートは有ろうかという巨体に、がっちりとした体格、彫の深い顔に、白髪の混じった髪の男性――ヴェルノだった。


「見てくれてたのですか」


「まあな。一応俺が誘い入れたって責任があるし、教え子でもあるからな。気にしてるんだよ。でも、問題なくやれてるみたいで安心したよ」


 乾いた布と水袋をヴェルノが投げて寄越す。アーネストはそれを受け取り「ありがとうございます」と返事を返し、布で汗を拭きつつ、水袋に口を付ける。


「で、どうだ? 生徒たちの様子は、お前から見て」


「皆しっかりと授業を受けてくれていて、すごくやりやすいですね。それに、人の成長を見守るのが、こんなに楽しいものだとは思いませんでした」


 先月あたりまでの、不真面目だった生徒たちの事には触れずに、アーネストは答えを返す。


「そうか、そりゃあよかった」


 アーネストの返事に、ヴェルノは嬉しそうな笑みを浮かべる。そして、一度笑みを浮かべると、すぐに表情を切り替え、何か考え込むような表情を浮かべた。


「なあ、アーネスト。ちょっと話さないか?」



   *   *   *



 ヴェルノに連れられ移動した先は、竜騎学舎の校舎の空き教室の一つだった。周りの部屋などに生徒の姿は無く、とても静かな教室だった。


 ヴェルノが教室の戸を開き、先に中へと入る。ここへ来るまでの間、ヴェルノは何か考え事をしているのか、余り口を開かなかった。それが、何か自分の事を責めるのではないかと、アーネストの身持ちを重くさせられた。


 講師として一応対等な立場にあるけれど、学生としてヴェルノと接した時間の方が長いだけに、未だにそのように接してしまい、今は何かきつい説教をもらう事になるのではと、緊張させられてしまった。


「それで、話ってなんですか?」


 ヴェルノに続き、空き教室の中へ入りながら、アーネストは声をかける。


「悪いな、こんな人気のない所に呼び出して、ちょっと真面目な話がしたかったんだ」


 「真面目な話」と言われ、アーネストは緊張で身体を固くする。


「ああ、お前を責めるわけじゃ無い。どちらかと言うと、お前への相談だ」


 ヴェルノの言葉に、アーネストはほっと安堵の息を付く。学生の様なアーネストの態度に、ヴェルノは小さく笑う。


「相談って、何についてですか?」


「ああ。お前、リディア・アルフォードの事は知っているよな」


「ええ。自分が受け持っている生徒ですから……彼女がどうかしたんですか?」


「お前、ここ最近のあいつの事をどう思う?」


 ヴェルノに尋ねられ、アーネストの頭に、つい先ほどあったリディアの態度が、頭をかすめる。


「すごく意欲的で、真面目な生徒だと思います。素質もあると思いますし、これからが楽しみな生徒の一人ですね。だたちょっと、不測の事態に弱い様に見えるのが、気になりますね」


「そうか」


 アーネストの返事を聞きながら、ヴェルノは腕を組み、壁に背中をあずけ、少しの間考え込む。


「お前。俺の授業、見学したりしてるよな」


「はい、何度か覗いてますね」


「なら、アルフォードがここ最近、俺の授業でずっと見学続きなのは見ているよな」


「はい、それは見ていますね。けどそれは、騎竜が動けないから、参加できていなかったのでは?」


 リディアは先日あった悪竜襲撃事件で、騎竜であるヴィルーフが大怪我負い、しばらく動けなくなっていた。アーネストは、そういった理由から、騎竜を扱うヴェルノの授業に参加できず、見学しているリディアの姿を、何度か見かけていた。


「それなんだがな。実は、俺の授業、受けようと思えば受けられたんだ。けど、アルフォードはが断ったんだ。だから、見学と言う形になってる」


「どういう事ですか?」


「人間より飛竜の方が頑丈だ。だから、人の方ではなく、騎竜の方が怪我で動けない、なんて事は殆ど起こらないから、お前が知らないのも無理はないが、騎竜が怪我で動けない時は、竜舎から別の騎竜を一時的に借りられる。だから、授業には参加しようと思えば、できたはずなんだ。けど、アルフォードは断った。それがちょっと気になってな」


「それの相談、ですか」


「まあ、そんなところだ」


 ヴェルノは一度アーネストから視線を外し、一息ついてから再び口を開いた。


「俺にはアルフォードは騎竜から逃げている様に見える。


 アルフォードの騎竜が怪我で、うかつに触れないっていうのも有るんだろうが、ここ最近、アルフォードが、騎竜に触れるとこ、ましてや傍に居るところを見ていない。お前と同じで……飛竜への世話は欠かさない奴だったんだがな」


 こちらを気遣う様に、少し口にするのを躊躇いながら、ヴェルノはそう口にした。


「アルフォードは、お前と同じように、目の前で騎竜が食われていく様を目にしているからな。それが原因なんじゃないかと、俺は思ってる。確証はないがな」


 頭に、シンシアの白い鱗に赤い血と、裂け傷口から覗かせるピンク色の皮膚が過ぎり、そっとヴェルノから視線を外し、床へと目を向ける。


「それで、俺に……何をさせたいのですか?」


 少し声を震わせながら尋ねる。


「難しい事は理解している。無理なら断ってくれて構わない。

 けど、出来るなら、お前にアルフォードを任せたい」


「俺は……竜騎士をやめた人間ですよ」


 やれと言われれば、やるつもりだった。竜騎士であった事から逃げず、向き合うと決めた以上、竜騎士である人間と深く関わる事を避ける理由はなかった。


 けれど、同時にアーネストは竜騎士をやめた人間だ。話を聞く限り、挫折し、逃げた人間に負かせるような話の様には思えなかった。


「俺はガリアの事が大事だ。あいつが傷つくところは見たくないし、目の前で死にそうなあいつを助けられなかったら、強い悔しさと後悔を抱くだろ。だから、アルフォードの気持ちは理解できるつもりだ。

 けど、実際にそうなったことは無い。だから、本当にアルフォードの気持ちが理解できると言いきれなくてな。だから、正直どうしていいか判らん。

 だから、お前に頼みたい。今ここで、アルフォードの事を一番判ってやれるのは、お前だと思う。

 竜騎士を続けさせるのも、諦めさせるのも、どちらでも構わない。ただ、このまま潰れて行く事だけは、させたくない」


 ヴェルノはそう言い切ると、口を閉じ静かに、アーネストの返事を待った。


「分かりました。出来る限りの事はやってみます」


 視線をヴェルノへと戻し、アーネストははっきりとした声で返事を返す。それを、聞くとヴェルノは安心したような笑みを浮かべる。


「じゃ、頼んだぞ」


 明るく嬉しそうな声と共に、ヴェルノは背中を壁から離し、空き教室の外へと戻るように歩きながら、軽くアーネストの肩を叩いた。


「あ、そうだ。アーネスト。それ、また付けるようにしたんだな」


 空き教室の出入り口まで来ると、ヴェルノは一度振り返り、アーネストの首から下げた、飛竜の卵の殻のアクセサリを指さした。


「え、あ、はい。大切なものですから」


 アーネストは首から下げたアクセサリを手で見易い様に持ち上げる。


「やっぱりお前は、そいつを首から下げてる方が、しっくりくるよ。似合ってるぜ、アーネスト」


 アーネストのアクセサリを見て、ヴェルノは嬉しそうに笑顔を返した。

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