第22話「青い竜」

 襲ってきた悪竜達をあらかた倒し切り、残った悪竜達が灰色の空に消えていく。それをアーネストとアルミメイアは、学生達と護衛の竜騎士達との編隊の周りを旋回しながら、見送っていた。


 耳に付けた通信用の魔導具から、学生達の安堵と涙を流す声が響く。


 学生達の声を聴き、ようやく終わったのだと安堵の息を付く。


 そして、学生達編隊へと目を向ける。編隊は危険が無くなったことを確認してか、『軟着陸フェザー・フォール』で地上に降りたヴィルーフの方へと、ゆっくりと降りて行っていた。


「安心したか?」


 降りていく竜騎士達の姿を眺めながら、アルミメイアが尋ねてくる。


「ああ、ありがとう」


 誰も死ななかった。そう思える事が、すごく嬉しかった。


「そうか、ならよかった」


 アーネストの返事を聞くと、アルミメイアは小さく笑った。



 これで、終わったのだ。そう、改めて思った。



『グオオオォォォ!』



 低く、重く、大きな咆哮が響いた。飛竜のものとも、悪竜のものとも、そしてアルミメイアのものとも違う、大きな咆哮。


 身体の奥底に、知らずの内に刻まれた恐怖が湧き上がってくるような、そんな奇妙な恐怖心が湧き上がる。


 耳に付けた通信用の魔導具からは、先ほどまで聞こえていた、安堵の声は消え失せ、不安と緊張の声が、聞こえてきた。


 背中に、感じた事のない様な、刺すような視線を感じる。


 ゆっくりと視線を後ろへと向ける。


 灰色の空に、一つの影が浮かんでいた。


 それは、深い青色の鱗に覆われた竜だった。


 二年前の赤い空で目にした、あの竜と瓜二つの姿をした竜が、灰色の雲の隙間からゆっくりと顔を出し、姿をさらしながら飛んでいた。


「挑発、しているつもりなのか?」


 アルミメイアが呟く。


 自然と手綱を握るアーネストの手に力が入り、息が荒くなっていく。


 考えるよりも早く身体が動き、ホルスタに仕舞われた竜銃を引き抜き、青い竜に銃口を向け、引き金を引く。


 竜銃の銃口から三発の閃光が走る。


 放たれた閃光は、竜へと届くことは無く、空しく宙に霧散していく。距離が遠く、届かないのだ。


「アルミメイア、あいつを、俺を――」


 気持ちの空回りした、言葉にならない言葉でアーネストはアルミメイアに告げる。


「無駄だ。あれはただの幻影。奴はあの場に居ない」


「けど、あいつが、あの場所に――」


「アーネスト!」


 アルミメイアの咎めるような声が、アーネストの言葉を塞ぎ、鋭い黄金色の瞳がアーネストへと向けられる。


 シンシアとよく似た瞳が、シンシアが向ける事のなかったような鋭い瞳で、見返してくる。鋭い黄金色の瞳に映る、自分の姿と目が合う。


 明らかに取り乱し、酷く荒れた自分の姿。それを目にし、アーネストは少しずつ自分を取り戻していく。


「あいつはあの場にはいない。あきらめろ」


 視線を元も場所に戻しながら、アルミメイアはそう告げる。アーネストもそれに従い、空を飛ぶ青い竜の方へと視線を戻す。


 アルミメイアの言うとおり、あの青い竜は少しずつ像は歪み、薄れ、灰色の空へと消えていく。


 最初からその場には何もいなかったかのように、消えていった。まるで、あの赤い空で見たものも幻だったのではないかと思わせる様に、消えていった。


「アルミメイア。あれは……なんなんだ?」


 聞かずにはいられなかった。目の前で消えていった幻は、すべてが幻で、あの赤い空で見た姿も、幻だったのか、確かめたかった。


 決して届かない、敵うはずのない相手ならば、諦めがつく。心のどこかで、そう思う気持ちがあったからだ。


 もし幻であったのなら、二年前の出来事のすべてが、アーネストが招いた結果である様に思えてしまうからだ。


 そして、今まで心の奥底に仕舞い込んでいた、怒りの矛先を見失ってしまうのが少し怖かった。


「私はすべてを知っているわけじゃ無い。だから、詳しくは知らない」


 アルミメイアの答えはむなしく響いた。



 再び辺りは静かになった。


 学生達と護衛の竜騎士達は地上におり、休息と、負傷して者達の手当てを始めていた。


「シリル! キーファ! 無事か?」


 通信用の魔導具から、今までとは違う人物の声が届く。


 視線を学生達から外し、通信が飛んできたであろう方向へと目を向ける。


 十騎ほどの騎竜に跨る竜騎士の姿が目に入った。援軍の本体だろう。


「ディオンか? こっちは無事だ。全員生きてる」


 通信を飛ばしてきた竜騎士に、答えを返すヴェルノの声が届く。


「アルミメイア。もう大丈夫だ。帰ろう」


「いいのか? 声をかけていかなくて。魔導具で会話、出来るんだろ?」


「余計な混乱を招くだけだから。それに、俺はここに居てはいけない人間だから」


 合流していく竜騎士へと目を向ける。合流し安否を確認すると、竜騎士達はこの場の異物であるアルミメイアへと目を向けてくる。


「お前らしいな」


 アルミメイアは小さく笑いながら答えを返し、一度大きく羽ばたくと共に、旋回し、竜騎士達から離れていく。


 アルミメイアの周りの景色が微かに揺れる。おそらく『透明化インヴィジビリティ』の魔法を使ったのだろう。これで向こうからは、こちらの姿が分からなくなる。


 ゆっくりと速度が上がっていき、後方に見える竜騎士達の姿がどんどんと遠ざかり、そして見えなくなっていった。

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