第11話「わたしの気持ち」

「おおおぉ……」


 見栄えよく盛りつけられた料理を目の前に出されアルミメイアは感嘆の声を上げた。


 広々としたホール、壁や石柱、窓枠に掘り込まれた彫刻、壁掛けの絵画、それらはどれも見るものを圧倒させるような美しさがあった。


 アーネストとアルミメイアは今、アルフォード侯爵が王都に構えた自宅にリディアの案内で来ていた。


 侯爵という大貴族の自宅だけあって、その規模は大きく美しいものだった。


「どうぞ召し上がってください」


 アーネスト、アルミメイア、リディアが座るテーブルに一通り料理を並べた召使が一礼をして去って行くのを見届けると、リディアは固さのある声でそう告げた。


 やはり不満があるのだろう、リディアの表情はとても笑顔と呼べるようなものではなかった。先ほどからずっとこういう表情だった。


「凄い部屋だな……王宮も凄かったが、これはその次位にすごいな」


 ホールの中を見回しながらアーネストは、先ほどから不満の空気を垂れ流すリディアの空気を少しでも払拭させようと、そう感想を漏らす。


「王宮に入られたことがあるのですか?」


 少し驚いた表情を浮かべリディアは尋ねてきた。


「叙任式の時に一度な」


「国王直属の騎士だったのですか……ならなぜ……」


 アーネストの答えを聞き、リディアは一度納得した後、眉をひそめた。


 リディアの表情を見て、アーネストは自分の発言が失語であったことを悟る。


 騎士はそれぞれ王族を含む貴族の下に仕える。それぞれ仕える貴族から騎士はその立場を保障され、代わりに騎士たちは使える貴族の剣となる。


 そして、王国で最も強い権力を持つ国王の騎士となれば、その待遇は並みの騎士より高いものになる。そのような待遇を受ける国王直属の騎士は、通常そう簡単にやめるような事は無く、よっぽどの事が無い限りその立場を手放すことは無い。


 さらに、マイクリクス王国の竜騎士はすべて国王直属の騎士という扱いであるため、国王直属の騎士=竜騎士となりやすい。それでも、竜騎士でない国王直属の騎士は少数いるが、そのほとんどが昔、飛竜の育成、飼育方法が確立されていない、竜騎士がまだ少なかった時代に騎士となり代々騎士を世襲してきた家系の騎士で、田舎貴族の出のアーネストの様な騎士は数える程しかいない。


 アーネストは特別、竜騎士であったことを隠している訳ではないが、竜騎士に何か強い拘りを持つリディアに、かつて竜騎士で、今はそれをその地位を手放している事を知られたら不味いような気がした。


 リディアは何かを悟ったのか、それ以上追及することなく、口を閉ざした。


 アーネストは追及されなかったことにそっと小さく安堵の息を零した。


「それにしても、よかったのか? ここへ上がらせてもらって」


 そして、今までの話を流すかのようにアーネストは話を続けた。


「構いませんよ。もともとここは人を呼んで会食などをする為のものですから」


「けどさ、さすがに三人で使うにはちょっと広すぎる気がするんだけど……」


「そうですか? 貴族の少人数の会食は何処もこのような感じですよ。それに、これは私が招いてしまった事のあなたへの謝礼です。


 アルフォードの者として、半端な持て成しは出来ません」


「その服装も持て成しの一環なのか?」


 チラッとリディアの服装へと目を向ける。今のリディアの服装は、普段竜騎学舎で着用が義務付けられている制服ではなく、黒地に細かいレースをあしらったイブニングドレスに身を包んでいた。


 一応、竜騎学舎の制服も礼服としての扱いを受けることに成っているが、それではダメだと判断したのかわざわざ着替えて迎えてくれていた。


「そうです。それより、話しだけでなく食べないのですか?」


 リディアはそっと手を伸ばし、食事の方を示した。


「ああ、すまん。そうだな、いただこう」


 リディアに促されアーネストはナイフとフォークを手に取り食事に手を付け始めた。


 カタカタとナイフやフォークが皿を叩く音が静かなホールに響く。本来音を立てながらの食事はあまり好ましいものではないのだが、金属の食器を扱うのに慣れていないアーネストにはそれは難しく、どうしても音が鳴ってしまい、緊張した空気の中で自分の育ちの悪さを少し恥ずかしく感じる。


 さらに、アーネストの隣で食事をするアルミメイアは食事の作法などほとんど知らないために、アーネスト以上に音を立てながらの食事をしていた。それが余計にアーネストの羞恥心に拍車をかけていた。


(そういやこいつ、最初手掴み食事をしてたな……一体どんなところで育てば、そんな風になるんだ?)


 幸いリディアは自分が招いた客であるためか、その事を特に注意するもなく、顔色を一つ変えず黙々と食事を続けてくれていた。それが逆に気まずい空気を生んでいた。


 一度アーネストはアルミメイアへと目を向ける。するとアルミメイアはアーネストの視線に気づいたのか、口元にソースを付けた顔で此方を向き、首を傾げた。


「ほら、付いてるぞ」


 一旦食事の手を止め、アーネストは手元に置かれていたナプキンで、アルミメイアの口元に付いた汚れを落とす。それにアルミメイアは少し嫌そうな表情を浮かべるが、抵抗することなくされるが儘となる。


「ほらとれたぞ」


「む、ありがとう」


 素直にお礼を返すとアルミメイアは食事へと戻る。そして、すぐに戸を止め再びアーネストの方へと目を向けた。


「なぁアーネスト。食事ってこれだけしかないのか?」


 さすがにただで貰っておいてさらに量を要求するのはよくないという思いがあるのか、アルミメイアは小声で尋ねてきた。


 それに対しリディアは、机に置かれていたベルを手に取りチリン、チリンと鳴らす。アルミメイアは気を使ったつもりの様だったが、聞こえてしまったらしかった。


「はい、なんでしょう?」


 呼び鈴を鳴らすと直ぐに、部屋の隅に待機していた召使の一人が静かに歩み寄ってきた。


「この方の食事を追加してくれますか?」


「かしこまりました。すぐお持ちいたします。しばしお待ちください」


 一礼すると召使はそのまま静かに厨房の方へと去って行った。


「その、悪いな」


「構いませんよ。その方も持て成す相手ですから」


 淡々とした声でリディアは答えた。そして、食器を置きリディアも食事の手を止める。


「一つ聞いて良いですか?」


 少し迷ったのか、手元に視線を落とし少し間を開けてからリディアは口を開いた。


「前にも聞きましたが、あなたは竜騎士に成るつもりはないのですか?」


 顔を上げじっとアーネストの顔を見ながらリディアは尋ねてきた。


「どうした急に……」


「すみません。どうしても、改めて聞いておきたかったのです」


「ないよ。何度聞かれても答えは変わらない。俺は竜騎士に成るつもりはなし、成れはしないよ」


「なぜですか? あれだけ剣の腕を持つ者をただの騎士にして置くのは惜しいとは思わないのですか? 今日、改めて確信しました、あなたは竜騎士に成るべきだ。と」


「剣の腕は竜騎士に必要ないよ」


「確かにそうですが、けれどあなたほどであれば、並み以上に騎竜槍術を身に付けられるはずです。何が不満なのですか?」


「不満は特にないよ……。ただ、俺は飛竜に乗ることは――」


「飛竜に乗れないのなら、乗れるようになればいい。私達だって初めから乗れたわけじゃ無い。飛竜と触れ、恐怖を克服し、ようやく乗れるようになった」


 バンと大きく机を叩き、身を乗り出してリディアは訴えてきた。


「あなたは飛竜に触れることが出来る。なら、飛竜に乗ることが出来ないなんてことはないはずです。だから、目指せば絶対に竜騎士に成れるはずです。もし、時間や、施設、お金が無いと言うのなら私が出来る限りの支援をします。だから……だから竜騎士に成りませんか?」


 強く真剣な眼差しと声で、リディアはアーネストに訴えかけてきた。


 今までに何度か竜騎士に戻れと訴える人はいたが、ここまで強い思いをぶつけてきたのはリディアが初めてかもしれない。そうアーネストは思った。


 けれど、アーネストはそれに応えることは出来なかった。


 リディアの真っ直ぐな瞳から逃げるようにアーネストはそっと目をそらした。そして、どう言い逃れようか考え始める。



「おい」



 リディアの言葉に答えたのは、先ほどから黙ってアーネストとリディアのやり取りを眺めていたアルミメイアだった。


「お前は人の意志を捻じ曲げ、従わせるだけの力があるのか?」


 アルミメイアの言葉は遠慮のない鋭い言葉だった。


「それとも、人の国というのはそういう事がまかり通る場所なのか?」


「それは……違います」


「なら、本人が成らないと言っているのだから、これ以上無理強いすることは無いんじゃないか? それとも、成らないと法律とやらに違反するのか?」


 リディアは小さく首を振った。アルミメイアに諌められ正気に戻ったのかリディアは、再び席に戻ると小さく「すまなかった」と謝罪した。


「もうちょっと良い言い方あったんじゃないか?」


 席に戻るリディアを見届けると、アーネストはアルミメイアを小声で窘める。


「知らん。私はそんなに器用じゃないんだ」


 アルミメイアは小さな声で答えた。そして、会話の切れ目を見計らったのか、ちょうどよく食事が運ばれ、アルミメイアの目はそちらへと移動していった。


 リディアへ目を向けるとさすがにアルミメイアの遠慮のない言葉に挫けたのか、席に着いたまま手元を眺め、自分の行いを深く反省しているようだった。


「なぁ、聞いて良いか?」


「なんですか?」


 アーネストが尋ねると、顔を上げ少し力の抜けた声で返事を返してきた。


「なんでそこまで竜騎士に……俺が竜騎士に成ることにこだわるんだ?」


 そして続けての問いかけに、リディアは迷うような間を開けてから口を開いた。


「私は、私自身を……家の肩書、性別だけで判断してほしくないんです」


「だから竜騎士に成って、アルフォード家の娘ではなく、竜騎士のリディアとして評価されたかったと」


 リディアの弱々しい言葉を引き継いでアーネストが話すと、リディアはこくりと頷いた。


 竜騎士はマイクリクス王国で騎士という立場でありながら、高い地位を保証される。同時に騎士として実力や武勲で評価される。そして、騎竜を操る能力が最も重要視される竜騎士に置いては特別性別による格差は少ない。


 また女性では基本的は貴族としての爵位を得ることが出来ない中、唯一平等に得ることが出来る爵位だった。これは神聖竜レンディアスの助力の元生まれ最初の竜騎士たちが、男女共に存在したためと言われている。


 だからリディアは侯爵家の娘ではなく、リディアという一人の人間を見てもらうために、独立した地位の竜騎士という爵位を欲したのだろう。


「それで、同じように正しい評価が下されない俺を見ているのが嫌だったと」


 リディアは再びこくりと頷いた。


「だからか。俺は正しく評価される事を望んでいるわけじゃ無いから……。今の生活で十分だと思ってるし。

 そこが、君と俺とで考え方が違うから、食い違うんだろうな」


 そうアーネストは結論を口にする。


(いや、違うか。俺は多分、正しい評価から逃げているんだ。もし自分以外の誰かに、俺は竜騎士として不適切だと言われたら、それは俺自身の能力不足のせいでラザレスとダリオを、シンシアを死なせたという現実を突き付けられ事になるからだ。だから、正しい評価から逃げ、竜騎士から逃げてしまってるんだろう

 竜騎士としての自分を見られなければ、まだ俺は非難されることは無いから……)



「そう、ですか……」


 リディアはポツリと答えを返し、それ以降口を閉ざした。



 結局そのまま会話らしい会話はなく、夕食の時間は過ぎ、終わりを告げたのだった。

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