前日譚/隣に居る(重三郎・早田メイン)
※フリーワンライ企画(http://privatter.net/p/696313)参加作品
※使用お題:縋った手は 決意 君のための嘘
※本編の約1年前の前日譚・重三郎と早田が夜にこっそり煙草を吸う話
これが俗にいうホタル族ってやつか。
梅雨に入り、夏の匂いが漂い始めるこの季節。夜のベランダはまだ肌寒い。長袖の白衣を着たままでよかったと思いながら、重三郎は火のついた煙草を吸い込み、思い切り紫煙を吐き出す。
「……ああ」
重三郎は日常的に煙草を吸うことはない。
「あのプログラム、あと一歩のところでうまくいかないんだよな……」
指先に挟んだ煙草の扱いに戸惑いながら、重三郎はつぶやく。
「あー……くそっ」
誰にぶつけるでもない悪態をつき、そのまま空を見上げる。
丁度日没の時間帯、すでに半分以上太陽が沈んだ世界は薄暗いベールに包まれている。
やめていたはずの煙草に手を出したのは、覚えているだけで数回。
由利をあの戦いで失った直後。
会社を興し、慣れない人付き合いに疲れたとき。
そして、由利が残した設計図を元に開発中のリオンチェンジャーを開発する最中に、上手くいかないとき――。
単純に言えば、とてつもなく気持ちがやさぐれて、すさんでいるときだけだった。年に一回あるかないか、しかも、煙草の匂いが苦手な由香利の前では吸うことはできず、由香利が居ない場所か、由香利が家に居ないときにしかしないこと。
(由香利には申し訳ないけど、林間学校に行っている最中でよかった)
可愛いわが娘は、二泊三日の林間学校に行っている最中だ。天野家には重三郎と義兄弟(宇宙人だが世間的には弟で通している)の
「あー……」
気の抜けた声を出す。
娘を守る戦闘用スーツ「リオンスーツ」に手間取っているのだ。異次元モンスター達が娘の命を狙うまで、もう時間がない。
妻のように死なせはしない。娘を守りたい。絶対に――気持ちだけがはやって、手が追いつかないのだ。
「くそ……」
そしてまた煙草を口にして吸う。煙草の甘さが舌に広がる。そして煙を吐き出した後の快感が、もやもやとした気持ちを払拭してくれる気がする。気がする、だけかもしれなかった。
「ただいま戻りました」
「うわあ!」
急にかけられた柔らかな声に、重三郎は思わず煙草を落としそうになる。慌てて振り向くと、買い物から戻った早田がきょとんとした顔で立っていた。
「お、おかえり早田……うわあ、びっくりした」
「煙草ですか」
「ま、まあ、うん」
早田の言葉に、重三郎は少し後ろめたさを感じながら答えた。早田は重三郎のこの癖を知っているのだ。いまさら隠すことではないのは分かっていても、理由が理由なのでどうしても隠したくなってしまう。
早田は部屋に引っ込まず、重三郎の隣でベランダのフェンスに寄りかかった。重三郎はかける言葉が見つからず、無言の時が流れる。
「それ、僕にも一本くれませんか」
「へ?」
「煙草です」
「おまえ、煙草吸うっけ?」
確か早田は煙草を吸わないはずだ、重三郎ははて、と首をかしげる。
「いえ、普段はまったく。でも、今日はちょっと吸ってみたいんです」
早田の申し出に不思議がりながらも、重三郎は箱を差し出した。早田が一本取り出すと、重三郎はポケットからライターを出して、火をつけてやった。
ジリリと音を立て、煙草の先が赤く燃える。早田は流れるような動作で煙草を吸うと、まるで昔から吸っているかのように、慣れた雰囲気で紫煙を吐き出す。
「……我慢しましたけど、はっきり言って不味いですね」
「最初はそうだよ」
顔をしかめる早田を見て、重三郎はくつくつと笑いを漏らす。
「でも、どうしておまえが煙草を?」
疑問をぶつけると、早田は少し伏し目がちになった後「笑わないでくださいよ」と前置きして、口を開いた。
「貴方の苦しみを一緒に感じてみようと思ったから、です。貴方が煙草を吸うのは、大体、とても心がすさんでいる時です。楽天家に見えるけど、貴方は本当は、とても、繊細なひとですから」
「ふーん……って、はい!?」
さらりと語られる早田の言葉に、重三郎は言葉をなくす。周囲からは、楽天家で考えなしのパッパラパーだと罵られる事は多いが、そんな労わりの言葉をかけられるのは稀だったからだ。
しかもそれが、二人きりの時には辛らつな言葉が多い早田の口から出たことに、心底驚きを隠せなかった。
「ぼ、僕が、繊細? あはは、冗談……」
「あんまり抱え込まないでください。リオンチェンジャーのことも、由香利ちゃんのことも。苦しいことも、苛立つことも、僕に言ってくれて構わないのに。煙草は、身体に悪いですから」
二十歳の頃に出会ってから、もう十年以上の年月が経つ。共に生活を過ごした宇宙人の弟の気遣いに、重三郎は紫煙を吐き出すときよりも気持ちが軽くなるような気がした。
「……そうだな」
そして煙草を口から放し、足元に落とすと、力いっぱい踏んで火を消した。
「もう煙草はやめとくわ。その代わり、今日は一杯付き合えや」
吐き出すのも、共に泣くのも、早田が居るじゃないか。
「そう言うと思って、今日はとっておきの日本酒、用意しときましたよ。もちろん、おつまみも」
「よっしゃ!」
重三郎は煙草を吸った後よりも軽快な気持ちで、部屋に戻ることにした。
終わり
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