九.恐怖! VS怪人時計兄弟

「危ない!」

 由香利はとっさにハニカムバトンで巨大なバリヤーを張り、重三郎と早田を飛んでくる破片から守った。細かく散った破片がバリヤーへ叩きつけられる。バリヤー越しに、人影が見えた。

 大柄の体に黒スーツを着込み、デジタル時計の顔を持つ怪人――昨日の夕方に遭遇した、デ・ジタールだった。昨日と違い、肩にピエロのような人形を乗せている。

「こんにちはぁ! ボクの名前はア・ナローグ。昨日はボクのカワイイ弟、デ・ジタールがお世話になったね。早速クリスタル・アルファを返してもらおうかなぁ?」

 ア・ナローグと名乗ったピエロの人形は、言葉だけは親しげに、しかしその紅い目を妖しく光らせていた。

「それがあると、この星を僕らのおもちゃにできるんだよねぇ。おっきいし、いろんな生き物いるしー。面白そうだよねぇ、壊したりさあ、戦争させたりとかぁー。たっくさん遊ぶんだ。飽きちゃったら最後には……どっかーん!」

 ア・ナローグは腹を抱えて無邪気に笑う。こんな相手にアルファを絶対に渡すものか、と由香利は強く思った。

「そんなことさせない。アルファは、渡さない!」

 由香利の叫びと同時に、重三郎と早田がバトン・スタンガンを構える。

「えー、二人に三人って卑怯だよ、ヒキョー。だったら僕らだって、仲間、呼んじゃうよーっ!」

 ア・ナローグは宙へ浮かび、紫の欠片を六つ、ばらまいた。欠片は空中で光ると、黒フードを被った人影に変わり、地上に降り立った。デ・ジタールとア・ナローグを守るように立ちふさがる。

「やっちゃえ! ボクはしばらく、高みの見物してるからぁ~! キャハハハッ」

「由香利! こいつらは僕らがどうにかするから、デ・ジタールあいつを頼んだ!」

「分かった!」

(アルファ、私と一緒に戦って!)

【承知した!】

 由香利たち三人と黒フードはほぼ同時に駆け出した。由香利は黒フードたちをかわしながら、デ・ジタールを目指して高く跳び上がる。

 勇気を出すために、お腹の底から叫び声を上げ、デ・ジタールに跳び蹴りを入れた。デ・ジタールが吹き飛び、斜め後ろにあったメリーゴーランドの柵へ派手に激突。砂埃と瓦礫が舞い散った。

 だが、由香利が着地した瞬間、デ・ジタールのベルトが襲ってきた。柔軟な動きでそれを避け、再びデ・ジタールめがけて走る。

「はぁあぁああっ!」

 拳に緑の光を纏わせて思い切り突きだす。デ・ジタールは腕でそれを受け止め、拳を繰り出す。

 受け止め、交わし、跳ね返す。すべてアルファが、スーツを通してどう動くかを教えてくれる。

「ワ、ワ、ワタセ……ッ! ク、ク、クリスタル……ッ!!」

「いやだーっ!」

「ウ、ウ、ウオオーッ!」

 繰り返される攻防の中、雄叫びを上げたデ・ジタールの一撃が由香利に直撃した。強い衝撃に由香利の体は吹き飛ばされる。だがとっさに目の前に見えた鉄骨を掴み、鉄棒の体操選手のように、上に見えた空中ブランコの屋根に飛び乗った。見下ろすと、地上では重三郎と早田が黒フードを相手に乱闘を繰り広げていた。

「お父さん! 早田さんっ!」

 思わず由香利は叫んだ。

「とおっ! やあっ!」

 気の抜けそうな掛け声を上げながら、重三郎は黒フードへバトン・スタンガンを振り回す。早田も同じように、しかし重三郎よりは正確に、バトン・スタンガンを操っていた。

「うひょおっ横切ったぁああ! 怖っ!」

「博士! 気をつけて!」

「由香利ーっ! お父さんたちはがんばるぞぉぉーっ!」

 重三郎はバトンをこちらに向かってぶんぶんと振っていた。余裕があるのかないのか、由香利はよく分からない。

(お父さんたち、だいじょうぶかな)

【なにも持たずに戦うよりはマシだろう。イミテーションとはいえ、たいしたものだ。それより、奴がここまで追いかけてきたぞ】

 背後の気配に振り向けば、仁王立ちになったデ・ジタールの姿があった。

「ク、ク、クリスタル……! ア、ア、アルファァァアア……!」

 デ・ジタールが雄叫びを上げ、獰猛に飛び掛かる。デ・ジタールの動きで足元がギイギイと不安げな音を立て、大きくゆれた。

 バランスをとりながら、腕で攻撃を防ぐ。由香利も負けずに蹴りを叩き込んだ。その衝撃で、ついに空中ブランコの屋根は落下を始める。

 落ちている間も二人の戦いは止まず、地面が近づいた瞬間、左右にそれぞれ分かれるようにして、屋根から離れた。

 ブランコがバラバラに砕け散る中、由香利は受身を取り、すぐに起き上がった。瓦礫の山から立ち上がるデ・ジタールの姿が見える。

 腕を突き出し、リオンブレードを構えた。すると、デ・ジタールの体から、紫に光るデジタル数字が浮かび、体全体をらせん状に取り囲んだ。

 浮いているデジタル数字が、デ・ジタールに鎖のように絡みつき、紫の光の輪となって輝く。

【あの輪っかの外側は鋭利な刃だ。気をつけるんだ、ユカリ!】

 デ・ジタールが腕を振りかぶり、高速回転する輪っかを投げた。一つだった輪っかは、空中で増殖し、複雑な動きで襲い掛かる。

 由香利はしなやかな動きで輪っかを避け、ブレードで跳ね除けた。しかし、攻撃は止まず、バリヤーをすり抜けた刃が、頬をかすった。

(全部防ぐのは無理!)

 防ぎきれなかった複数の刃が自動バリヤーとぶつかり合って砕け、由香利の体は衝撃で後ろへ跳ね飛ばされると、地面に叩きつけられた。立ち上がろうとするが、首根っこを捕まれ、持ち上げられた。

 抵抗もむなしく投げ飛ばされ、再び地面に叩きつけられる。由香利は落ちていたブレードを手に、よろよろと立ち上がった。

 どれだけスーツがすごくても、すべてのダメージから守ってくれる訳ではない。息は上がり、体はとても疲れていた。しかし、バリヤーは由香利の体ができるだけ傷つかないよう守ってくれている。由香利はあきらめていなかった。

 ブレードを強く握る。由香利はデ・ジタールに向かって突進し大きく跳ぶと、脳天めがけてブレードを思い切り振り下ろした。

 気づいたデ・ジタールは輪っかを放つが、ブレードから放たれたエネルギー波はすべてをかき消す。

「ギ、ギギャーッ!」

 直撃を受けたデ・ジタールは、エメラルドグリーンの炎に包まれ燃えた。

 由香利はデ・ジタールの体が崩れていくさまを眺めながら、大きく息をつく。

 そのとき、炎の中に、ひときわ明るい青の輝きが見えた。

【あれが異次元モンスターの核である、リオンクリスタル・ベータの欠片だ。今のうちに回収をしよう。新たな異次元モンスターが生まれてしまう前に】

(分かった)

 ベータの欠片へ手を伸ばし、触れそうになった瞬間、空から降ってきた鎖が素早く欠片を掠め取っていった。由香利の血の気が引く。見上げると、欠片を手にしたア・ナローグがいた。

「ああ、かわいそうな僕の可愛い弟、デ・ジタール! ボクと一つになって、アイツをやっつけちゃおうねぇ!」

 ア・ナローグはデ・ジタールの核だったベータを口の中に投げ入れると、ごくりと飲み込んでしまった。

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