第2話帝王アヤマラネーゼ
高層ビルに設置されている全面ガラス張りの会議室で、佑二はブラインドを一枚ずつ下ろしていった。机上に置かれた盗聴器は今も音声を拾っていて、しゃがれた笑い声を伝えている。まるで盗聴器が自分らの魂胆を知っているかのような、あざわらうかのような溌溂さだった。
「こうして笑っていられるのも今のうちなんだけどねぇ。だいたい、いつものように作戦がばれていることに着眼して、事務所内に盗聴器でも仕掛けられているのではないかって発想には至らないのかしら」
彩は室内が無性に暑く感じられたため、羽織っていたジャケットを脱いだ。紺色のオートクチュールにしわができないよう丁寧に椅子の背もたれに掛ける。ふと気づくと佑二が空調を設定するボタンの前に立っていて、2回ほどボタンを押していた。できる部下を持ってよかったと心の中で感心する。一方で、ろくに盗聴器も気づかない権蔵らに未だ勝利を喫したことがない自分に少しいらだちを覚えた。
「でも社長、今回の件は本当に私たちが動かなきゃだめ?奴らも言っている通り、なんかやりがいがないっていうか、派手さがないっていうか」
星奈は思ったことを口に出してみたが、社長の顔を見た瞬間しまったと反省する。何度も社長に対しては敬語を使うようにと言われていたのだった。社長を見ながらちろっと舌をだし、頭を下げる。いつもの愛嬌でごまかすつもりだ。それにしても、今回ゴレンジャーが話し合っている内容を聴くかぎり、別に私たちが関わろうが関わらなかろうがどっちでもよいような気がした。小学一年生の男子が誤って同級生の女子が持っていたくまのぬいぐるみの手をちぎってしまうが、男子は謝ろうとせず、女子も許さないといったオーラを放つため、二人の溝が大きく開いたのだという。その仲直りを権蔵らゴレンジャーが担うらしいのだが、それを私たちが妨害して何になるというのだろう。
「ここまでの話を整理すると、ゴレンジャーがクリアしようとしている小学生同士の仲直りを妨害し阻止することで、社長が引き受けてくださった依頼は成功するということですよね?」
「ええ、そう。佑二の言うように、今回もまた権蔵らの活動妨害及びミッション成功の阻止が私たちの仕事だわ。彼らの作戦は盗聴器で丸聞こえだから、これをもとに準備すれば絶対成功するはずよ」
佑二は盗聴器から聞こえてくる作戦の内容と、社長が語っている私たちの作戦を頭の中で照らし合わせながら、重要な部分だけをノートパソコンにまとめていた。画面の右端に本日のニュースとしてトピックが右から左へと電車がゆっくり通るように流れている。新型ウイルスの人口生成に成功か、東央自動車道で玉突き事故が発生 二人が重体、経済財政諮問会議が本日より開催、、、神奈川県茅ケ崎市内の銀行に強盗が侵入 未だたてこもり中。佑二は自分たちが本当に悪党としての尊厳を持っていいのかどうかわからなかった。自分らより立てこもっている銀行強盗の方がよほど悪者のようだ。佑二は鈍行の文字から目をそらし、内容を打ち込むことに専念した。
「決行日は11月18日、デパートの催事場で奴らの活動を阻止する。最初に佑二と星奈は二人で男子を攻撃してちょうだい。佑二は男子が謝らないことを確認したら私のところに戻ってきて。私と一緒に女子を攻撃して、許さない心を植え付けるのよ。そして、今回女子を攻撃するにあたって、くまのぬいぐるみを調達しようと思う。あれ意外と高かったんだけど、私の経済力からしたら大したことなかったわね。それじゃ、そういうことで」
「かしこまりました」
「オッケー」
彩は星奈をちらりと睨み、椅子にかけていたジャケットを手に取った。星奈はお決まりの舌だしポーズをしている。彩は椅子から立ち上がり部屋を出ようとした。
「私、ずっと気になっていたんですけどぉ、どうして彼らは私たちのことをアヤマラネーゼとかユールとセネーって言ってるんでしょうね」
星奈がぶっきらぼうに訊く。佑二が反応する様子もなかった。
「ヒーロー気分なんでしょ。権蔵も、ゴレンジャーの連中も」
彩は思った以上に語気が強まったことに驚きつつ、足早に部屋を後にした。
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