すみま戦隊ゴメンジャー
うにまる
第1話すみま戦隊ゴメンジャー
古びたビルの最上階に位置する事務所の中で、四人は静かに会長のスピーチを聞いていた。床は段ボールの箱で散らかっており、机の上には書類が堆く積み上げられている。
「どうじゃ?地球を救いたくなったじゃろ?」
黒い革椅子に腰かけながら会長は言い終えた。しわくちゃになった顔の前で、机に肘をついた両腕の指が組まれている。
「なるわけねーだろ、じいさん。あんたの話はいつも唐突で説明がない。それでいてなぜそんなにしたり顔なんだ」
赤城はソファの背もたれに沿って背中を押しあてながら伸びをした。そして事務所の壁に飾られている額縁をぼんやりと眺める。随分古い写真が飾られていて、ほとんどは白黒だった。
「レッド、お前はこの手の話を好むと思ってたんじゃけどなぁ。かっこいいじゃろ?」
赤城は大きなあくびをしただけで、会長の煽りには反応しなかった。
「報酬金、一億ならやってもいいんだけど」
横田はノートパソコンの画面を見つめながら会長に提案した。横田は会長がうまい返しをしてくれることよりも、画面越しの株価が急騰することを期待していた。
「イエロー、残念じゃが今回のミッションは報酬金は出ん。無償の愛じゃ」
横田はどちらの反応も自分の期待するものとは異なったためひどく辟易した。ノートパソコンを閉じ、メガネを掛けなおす。
「会長、そのミッションをクリアしたらモテる?」
青木は長い髪を櫛でとかしつつ、自前の手鏡を見ながら顔の肌の荒れ具合をチェックしている。安っぽい香水の匂いが事務所内を満たしているのは、青木が昨日ドン・キホーテで買った特売のコロンのせいだった。
「そりゃあ、クリア出来たらモテモテじゃろうなぁ。石原裕次郎並みにモテること間違いなしじゃな」
「たとえがイマイチわかんないけど・・・」
青木は手鏡をカバンの中にしまい、美顔ローラーを取り出して右頬からコロコロと転がし始めた。
「今回はその、、、僕たちがやらなくてもいいのではないでしょうか。面倒なことに巻き込まれても嫌ですし、ミッションの内容を聞く限り、とても地球平和と結びつくとは思えない、、、」
目黒は会長の顔を見ることができず、机上の灰皿を見ながら言った。会長の声が聞こえた時には灰皿がしゃべったかと思うほどだった。
「またブラックはビビっているのか。こんなに簡単なミッションは今までなかったじゃろ。小学生の喧嘩を仲直りさせるだけじゃぞ?」
「過去、ただのママ友の痴話げんかを仲裁させるミッションではママ友の一人にやくざ関係者の夫がいて、喧嘩を止めたいなら刺されろ、ってナイフ片手に脅されたことがあったぞ。あの時は散々だった」赤城は額縁をさかのぼるように見ながら言った。
「ああ、あの一件はすまんかった。でも、わしや依頼主のせいではないのはお主らもわかっていたじゃろ?」
「じいさんが持ち掛けなかったら死にかけることはなかったっつーの」赤城が気だるく反応した。
「それにじゃ、確かに今回のミッションが地球平和と関係するものだとは思い難いことはわかる。じゃが、可能性はなくはないのじゃぞ。運転免許を取る時に、言われなかったか、運転をするときはかもしれない運転でいけと。いきなり子供が飛び出してくるかもしれない。途中で車がパンクするかもしれない。今回も同じじゃ、子どもを仲直りさせたら地球を救えるかもしれない」
「つまり、確証はこれっぽっちもないってこと?」横田が訊ねる。
「イエローは頭が良いなぁ」
会長は悪びれた様子もなくニカニカと笑いだす。空調も備え付けパソコンもない無音の部屋で笑い声だけが周りの壁にぶつかり四方八方に飛び交った。
「このミッションにもあの人たちは関わっているの?」青木がそれとなく訊く。目黒があからさまに背中を震わせた。
「ああ、おそらく首を突っ込んでくるじゃろうな。アヤマラネーゼはわしらの活動には必ずやってくる。わしが幼少時代に観てたアンパンの漫画にでてくるばい菌みたいじゃな。」
「じいさん、あんたが幼少時代の時にはそのアニメはねーよ。たぶん孫にテレビ独占されてそれをいやいや観てるうちに覚えちまったんだろ?」赤城は訂正した。
「少しはじいさんにハイカラな気分を合わせてくれてもいいじゃろうに、、、」
「今回は、、、やめておきます、、、」
目黒は頭を抱えながら小さな声で言った。毎度のことだが、アヤマラネーゼという響きを聞くとひどい悪寒を催す。頭の中で想像されるアヤマラネーゼの姿をかき消すように髪を強く引っ張った。
「いいや、このミッションは全員参加じゃ。だからブラックが欠けることは許されない。とても重要なミッションなんじゃ。いや、この言い方だと語弊がありそうじゃな、とても重要なミッションな気がするんじゃ。」
横田は考えた。会長が提示するミッションはいつも突飛なものだが、今回はさらに異様だった。子どもの喧嘩を仲裁するという内容はそこまで変ではない。しかし、ミッションをクリアすると地球が救えるかもしれないという部分に引っかかった。例えば子どもの親たちが社会のとてつもない支配的地位にいて、子ども同士の喧嘩が引き金による親同士の争いが、戦争にまで発展するのではないかとも考えた。ありえなくはない。しかし、会長は、子どもたちの父親はごく普通の一般会社員で、両者の家庭とも母親は専業主婦だという。まさかこの内容に嘘をつくことはないだろう。また、地球を救うことができるかもしれないというのは、何か隠喩的な部分を含んでいるのではないかとも疑ったが、それ以上考えに進展は及ばなかった。
「でじゃ。おそらくわしらが子どもたちにアクションを起こそうとしたときにアヤマラネーゼやユールとセネーもやってくるじゃろう。じゃが、わしの考えた作戦なら大丈夫じゃ。やつらの行動によっては臨機応変に個人個人の作戦を変えていくかもしれんが、わしのいう通りに任せておけば大丈夫じゃ」
「なんで根拠もなさそうなのに鷹揚としていられるのかねぇ」青木は口調こそ棒読みであったが、これは本心でもあった。会長をみると、組まれていた両手がいつの間にかほどけていて、背筋が心なしか伸びている。会長の提示したミッションを断ることができたことは今までで一度もない。このミッションもきっとそうだった。
「よし、じゃあ今から作戦を言っていくぞ。久しぶりじゃなこの感覚、わくわくするぞい。すみま戦隊ゴメンジャー活動開始じゃな。大金のために頑張っていくぞい!」
「さっき、報酬金はでないって言ってたよね?大金ってどういうこと?」
「イエローは耳聡いなぁ」会長は悪びれもなく快活に笑う。
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