異世界Club 春小町

琴野 音

プロローグ 選ばれし者(筆記と面接)

 とある一等地のマンション。その一室に、高嶺たかみね りょうは寝泊まりをしていた。

 家賃およそ二十万円。彼の収入から考えるともう少し高いマンションにも住むことが出来るのだが、職場に一番近いそこが好ましかった。何せ、寝ることにしか使い道がないからだ。


「…………だるい」


 ボサボサの髪を掻いて目を覚ます。

 こんなだらしない男が、何故それだけの収入があるのかというと、職業が余りにも特殊なためである。

【異世界派遣社員】。

 数十年前、この世(仮に人間界とする)と異世界は繋がった。世界で八箇所、日本では一箇所しかないゲートを潜ることで、いつでも異世界へ足を運べるのだ。一つ、簡単には許可がおりないという事を除いて。

 ずば抜けた学歴と身体能力。一般的なモラルが認められた者が数々の試験をクリアしてようやく許される異世界での仕事。職種は選べないが、異世界で仕事をしたい人々から羨望の眼差しを受けるほどの高待遇である。

 ただ、そのは彼にとって非常に強い倦怠感を生み出していた。


「行くか……」


 髭を剃り、髪をジェルで固める。シワ一つ無い下ろしたてのグレーのスーツに身を包み、今日も仕事場へと向かった。

 職場へ繋がるゲートまで徒歩一分。いや、建物の入口に到達するだけなら三十秒。つまり、隣のビルだ。そこの地下に無駄に豪華に設えた大広間があり、真中に堂々と両開き扉が鎮座している。

 大広間前のタイムカードに自分の出勤を打刻し、彼はネクタイを正す。立場上、誰よりも早く出勤しなければならないため周りに人はいない。孤独な異世界進出である。

 扉に手をかけ、彼はいつも通りごく普通にゲートを潜る。




 あくまで、仕事の為のファンタジーへ。

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