カタツムリ

もんきち

カタツムリ


「先生!わたしには長所がないんです…。人間は70%は水でできてるとか言いますけど、わたしはちがいます」

「どう違うのさ?」

「私はその70%が、短所でできてるんですよぉぉぉおおぉぉぉ……」

「なわけあるか」

「先生はわかってないんですよ…長身ではないですけど顔はそこそこととのってるし、担当科目じゃなくても、ヨユウで教えられるとかなんですか。文系科目の先生が、なんで生徒の理系科目の勉強を教えてるんですか!ありえないでしょ!」

「なんでそんな、酔っぱらいみたいな話し方なんだよ、お前は」

「これが私なりの現実逃避の仕方なんですよ…」

「どんな現実逃避の仕方だよ」

「だって、わたし、勉強はできない、それどころか運動もできないし、いじめられてたことだってあるし…………」

「いいか、お前はな、少しマイペース過ぎるだけなんだ」

「そんなのいやです!ハイペースになりたいです!」

「まあ聞けよ。お前はゆっくりだけど、やる時はちゃんとやる。勉強も、ゆっくりだけど少しずつ出来るようになってる。少しずつで、いいんだ。きっと出来るようになる。」

「それ、信じていいんですか。」

「おう。もちろん」

「ほんとに、ほんとに、ほんとですか!?」

「ほんとに、ほんとに、ほんと。」

「……信じますからね?」

「おう!」

「…カタツムリでもいいんですね」

「どういうことだよ?」

「昔、いじめられてたときに、『あんたみてると、カタツムリ思い出すのよ。なんでそんなに遅くしか動けないの?気持ち悪い。あたし、カタツムリみたいにヌメヌメしてるやつ、大っ嫌いなの!』って言われたんですよ」

「人がカタツムリに見えるって、眼科行った方がいいと思うんですけど!?先生もそう思いません?」

「そうだな、それは行った方がいいやつだ」

「わたしは、カタツムリ好きだったんですけど、その時ぐらいから嫌いになっちゃって。カタツムリってダメなんだと思うようになりはじめまして。カタツムリの動きが、いままでは好きだったんですけど、だんだんイライラするようになってきて」

「カタツムリいいじゃん。俺は好きだよ?」

「わたしもまた好きになれそうです!」

「そうか、良かったな。変な話になったけど、これで進路相談終了でいいか?」

「はい!ありがとうございました!失礼します!!」



「進路相談の話でカタツムリが出てくるとは思わなかった。まだ1年なのに、進路相談に来るぐらいだから、真面目なんだろうけどな。」

駄目だと思いつつも、進路相談室でタバコをくわえる。

グランドから、部活動に勤しむ学生の、元気な声が聞こえる。野球部だろうか。

そうだ、あいつも部活動に入れば、何かやる気の向上に役立つんじゃないかな。

そう考えながら、ポケットにいれたライターを取り出したのだが、手が滑り、長机の下にライターを落としてしまった。机の下に潜り込み、机の上を見ると、あいつが何故か進路相談に持ってきた宿題のプリントがあった。

「1年3組5番井上華南。あいつ、出席番号6番だろ。間違えてるし…指摘ついでにプリント持ってってやるか。」

車を点検に出しているので、今は仕方なく自分の自転車に乗っている。車を借りることもできるのだが、あそこの車屋の車はどうもタバコ臭いから遠慮するようにしている。

歩くのも遅いから、そんなに離れてないだろう。すぐ追い付けそうだ。

鍵が壊れているのか、鍵がスムーズに刺さらない。何度か詰まって、やっと鍵が入る。

回りを見ながら、後ろ向きに自転車を出し、進行方向に向き直る。

左側のペダルを右足で回し、ペダルの位置を下にして、左足を乗せる。右足でスピードをつけながら、左足でバランスをとり、右足を後ろに蹴ってサドルを跨ぐ。昔から好きだった自転車の乗り方だ。

駐輪場は校門のすぐ隣で、自転車を出せば、すぐに校外へ出れる。

100m、いや200mぐらい先に井上の後ろ姿が見えた。異様に歩道の右側に寄っている。不思議な手の動き。何かを殴っているふりをしているのか?俺の存在に気づいたのか井上が後ろを振り向いた。

距離を縮め、すぐ横に急ブレーキをかける。

その時、井上の顔が変わったことに気づかなかった。

「井上!プリント忘れてるぞ。あと、このプリント出席番号が間違ってる。ちゃんと直しとけよ。…井上?」

井上は俺の自転車の前輪を凝視して、固まっていた。この世の終わりとでもいう様な顔をしていた。

プリントを忘れたのがそんなにショックだったのだろうか?

「先生って…最低な人ですね!!」

一瞬何を言われたのか分からず、自分も固まる。そして、間髪入れずに、井上のビンタがとんできた。

井上は涙を溢しながら、走り去ろうとして、転んだ。



「失礼しました!」

すがすがしい気持ちで、進路相談を終えたわたしは、どんなことが起こっても許せるような、そんな気がした。

なぜなら、わたしの味方がひさしぶりにできた気がしていたからだ。

最近はおかあさんでさえも、わたしにイライラしたそぶりを見せるようになってきた。

でも、先生は、わたしに『できる』と言ってくれた。

今ならどんなてきがきてもたおせる!そうだ、宿題という名のてきをたおそう!!今なら全部終わらせられる!

学校の今にも切れそうな蛍光灯も、キラキラして見えたし、グランドの砂で茶色くなった運動靴も、白く見えた。

先生の言葉で、視界が変わったんだ。

一日一回以上は起こられて、肩を落として通らない日がなかった校門を、今日は笑顔で通って帰れる!

歩道をうきうきしながら歩いた。

校門から出て、少し歩いたところで、カタツムリを見つけた。仲間意識が芽生え始めていたので、私はそのカタツムリに、応援のつもりで、拳をつくって、軽く突きだすようなふりをしてみた。

気持ちはすごく良かった。それなのに。

後ろから自転車がくる音がした。

先生だった。

先生は、「井上!プリント…」とかなんとか言いながら…カタツムリを自転車でつぶした。

その後のことは、よく覚えていない。

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カタツムリ もんきち @7Hisuihisui7

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