徒然掌編集

みつかん

小説家志望の卵

「小説家?」

 放課後の某ファストフードの店の中、小学校からの旧友の夢とやらを復唱した。

「いえす! 小説家」

 何を期待してなのか、更なる復唱が返ってきた。私はそれを無視して、彼女の手元にあるポテトをつまみ口に運ぶ。うん、おいしい。

「こら。私の将来設計をきいてくれるんじゃなかったの? むしゃむしゃしてるだけじゃ私の話は進まないよ!」

 わざわざ私の顔の前に手を持ってきてストップをかけてくる。口の中の物を飲み込んで返事する。

「いやまあ、私としてはあんたの夢物語を聞くよりも、この徐々に萎びゆくポテトを腹の中に収める方が優先されるべきだと思うのよ」

「違う! これは私の! マイポタト!」

 ポテトの英語ってどんなのだっけ? と考えてすぐに気付く。ポテトは英語だ。

「はいはい、ゆあぽたと。ゆあぽたと」

 言いながらつまむ手は止めない。悪びれる気などないのだから。

 彼女も私が食べる手を止める気がないことにやっと気付いたのか、自分のバーガーに手を付ける。うむ、それで良いのだ。2人して黙々とばくばくと、ときどきジュースを挟みながら手を動かす。周りの学生は食事よりも会話のために口を動かしている。こんなジャンクフードの店で言うものではないかもしれないが、私はどうも話しながら食べることを得意としない。話なんて終わった後にすりゃいいじゃないかと思ってしまうのだ。

「んで、なんだっけ? 将来設計? 大統領にでもなるんだっけ?」

「違うよ! そんな無茶なこと言ってないよ!」

 私のボケにすぐに突っ込んでくれるあたり、私たちの相性は抜群なのだなと思う。小説家とかやめて私と漫才師になろう、なんて言ってみようかと考えるが、もし本気にしたらたまったもんじゃないので口にはしない。

「私としちゃ可能性に大差はないと思うんだけどねえ。てかそもそも、あんたって小説とか読む人だった?」

「ふっふっふ。ちみは知らないようだけど、なんと私は小説を読む人だったのだ!」

 薄い胸を張って宣言してくれた。しかし、私の知るところ彼女が小説を読む姿など、ここ1年……いや、出会ってから1度でもあっただろうか。

「小説ってあれよ? 文章だけのやつで絵とかないやつだよ?」

「国語の授業とかでやってるやつだよね! そんなの当然知ってるに決まってるじゃん!」

「そっか、それは知ってるのか。でも授業中涎を垂らして、続き? どこから読めばいいの? なんて聞いてくるような奴に小説家なんて不可能だと思うよ」

「ちーがーうーの! あれは内容が面白くないからなの! 好きな本はしっかり読めるの!」

 教科書に載るレベルの小説の中身が面白くないとは、随分と上からな小説家の卵様だ。私も面白いとは1度も思ったことがないけど。

「まあその辺りは置いとくとして、その小説家になりたいとか言いだした原因はなんなのさ」

「そうだね。私の将来設計に関係ない話はやめておこう」

 自分でも不利な部分を突かれたと気づいているのだろう、大げさにうんうん頷きながら鞄の中を漁っている。すぐに目当ての物を見つけたのだろう、顔をこちらにむけにっひっひと変な笑い方をしている。

「じゃーん!」

 掛け声とともに見せられたのは表紙が絵になっている本だった。

「ん? 小説なのか? それ」

「でしょでしょ。漫画と間違っちゃうよねー。でもこれ、小説なんだよ。文章だけでできてるし、さっき言ってた絵がないってところ外れちゃうけど」

「ほうほう、最近はそういうものもあるんだな。ちょっと貸して?」

 本を受け取り、軽くページをめくる。表紙をめくったとたんに随分と綺麗なイラストが顔を出す。たぶん主人公とヒロインが敵と戦ってる場面だろう。血を流した熱血そうな男が剣を構えている姿が随分とかっこいい。

「イラスト、すごいなこれ」

「そうそう、かっこいいよね!」

 冒頭の部分をすこし読んでみる。普通の小説となんら変わりない、と思う。でも文章は国語でやるようなわずらわしいものと違い、私でもすらすら読める簡単なものだ。数ページ進むと、ヒロインと思しき女の子が登場した。その隣にはその子のイラストも入っている。なるほど、可愛らしい言動にあった可愛らしい女の子である。

「ちょいちょい、おじょーさん。友達ほっぽって読書とは、ずいぶんと文学少女じゃありませんこと?」

 読みふける私の肩を叩きそんなことを言う。集中していたことに気付き、すこし恥ずかしくなる。ごまかすために適当に質問をぶつける。

「これどうしたの?」

「いやあ暇だったからさあ、弟の部屋から何か漫画でも借りようと思って本棚見に行ったの。その時勉強机の上に置いてあって、漫画だと思って借りてきたのよね。読んでみたらびっくり! なんと文字だらけではあーりませんか! やめようかとも思ったんだけどね、あいつが読めるのに私が読めない訳がない! って読み始めたら……」

 言葉を濁した先はもちろんさっきの私なのだろう。

「ふっふっふ。それで、集中して読んでいたようですけれども、とても面白かったのではなくて?」

 ニヤニヤしてるのが腹立つ。ここを素直に肯定したらなんだか負けな気がする。

「ま、まあ。授業でやるようなやつよりかは面白いんじゃないかな!」

 少し語尾が強くなってしまった気がするけど、この子はそんなところに気付いたりしない。

「そっか。これを読んだら共感してくれると思ったんだけどな」

 悲しそうな顔をするのはやめてほしい。感情の表現が大きいのはとても可愛いけど、哀が強い時はどうもこっちが悪いことをしたような気になってしまう。

「でも若いんだし、やりたいことやりゃいいと思うよ! こういうのってなんとか賞とかあるでしょ? ほら、これとか」

 本の最後のページに書いてある新人賞のページを開いて言葉をつなげる。

「高校生のうちに受賞できたら親も文句言わないでしょうし、わかりやすい目標もできていいんじゃない?」

 私の言葉を聞き、その周囲の雰囲気すら巻き込む勢いで笑顔になる。そういうとこ、ほんとずるい。

「そっか。そっか! そうだよね! 君ならそう言ってくれると信じてたぞ!」

 喜びのまま残っていたオレンジジュースを飲みきる。どうやら氷が解けて味が薄かったようだ。とても微妙な顔をして視線を私に戻す。……こっちみんな。

「じゃあ私は帰って執筆作業があるので、帰ります」

「はいはい」

 合わせて鞄を持ちゴミを捨てに行く。この子にとって突然何かに閃き、突然何かを始めるというのはよくあることだ。そのたび私に後押しさせるのはいかがなものかと思うけど、まあ周囲に迷惑をかけたりはしないので適当に肯定している。今回はどの程度続くか、実は私のなかでの楽しみでもあるのだ。

「何か書けたら私にも読ませてね」

「もちろんだとも。なんならファン第1号の座をくれてやってもよいのだぞ?」

「面白い作品ができたらね」

「頑張ります!」

「………………」

 二人連れ添って帰路に就く。となりでこんなのどうかな、なんて物語の構想について聞いてくる。もちろん私は軽くあしらって家を目指す。ああ、家に着く前に1つだけ。

「ところで」

「ん?」

「さっきの小説借りてもいい?」

 今日一番のにやけ面を見せる旧友から視線を反らし、赤く染まる空を見る。やっぱり面白かったんでしょ! という言葉に返事はしない。うまく返せるなら私が小説家になっている。

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