閑話:1―38―01 嘘が引き起こす事について

 ――◆ side:華柳獅乃 ◆――



 ガヤガヤと賑わいのある街中を獅乃は歩く。

 普段もそれとなく気を張って行動しているのだが、今日の獅乃はそれに輪をかけて気を張り詰めていた。

 視線を前へとやれば、離れた位置には神近洸哉を先頭に共に異世界に来た皆が歩いている。その両側を固めるように副騎士団長チャーリー=グレーと女騎士ラウル=ダント、後続には迷子が出ないようにと獅乃たちの教師である真藤深澄が目を光らせながらも時たま獅乃の方へと視線を向けていた。

 いや、正確にいうと獅乃の隣にいる彼を見ているのだろう。


 獅乃の隣には十数枚の紙束に、鉛筆がわりの細長く削られた炭のようなものを走らせる同年代の少年の姿。

 この少年も同じ異世界から共に来た同級生、空船ゾラだ。

 正確に言えば彼に関しては異世界召喚された時に獅乃たちと同じ異世界にいた、というのが正しい表現だろう。彼が言うには獅乃たちの世界とは異なる世界からきたとのことなのだから。

 ゾラは辺りへと視線を向けることなく紙束へと集中しつつも、しっかりとした足取りで歩いている。

 街中に繰り出しているのだからそういった事は城に戻ってからにすればいいのにと思うのだが、ゾラ曰く移動時間の有効活動だとの事。譲る姿勢もなく断言するその姿に獅乃たちは返す言葉なく、たまに視線を投げて見守るという選択しかできなかった。



 獅乃たちは今、朝早い時間にも関わらず城下街へと繰り出している。

 目的はこれから出立する旅の道具や個人で必要とするものを買い集めるため。チャーリーとラウルには護衛兼アドバイザーとして同行をしてもらっていた。

 個人的にゾラと仲のいい学者ハグリルは、城に残ってアイリア=デジア=ファスワン第一王女と騎士団長ガバリルアス=ダントと共に旅で必要となる各書類や手続きなどに翻弄されて此処にはいない。

 だが今ハグリルが同行していなくて良かったとも思える。もし彼がいればゾラは間違いなくハグリルと打ち合わせを始めると容易に想像できるのだから。

 ゾラが紙束に何事かを書き綴る様子は、小難しい書類を処理する大人顔負けに妙な手慣れ感を抱かせる。

 普段の行いこそ今まで通り飄々としているが、こちらの世界に召喚されてから是迄、ゾラの同年代とは思えない行動が目についていた。


 獅乃は改めて考える。

 空船ゾラが自分たちと同じ身体構造をしていない事は先日目撃した。

 彼の考え方や行動が自分たちと異なるのは、違う世界を生きた経験があるからだ。

 その毅然とした態度は、それ相応の経験値、年代を生きているとも感じさせる。

 ステータスプレートを見れば空船ゾラは自分達より圧倒的に下の力量だと表示されている。しかし実際に目にした戦闘訓練や件の事件では上の力量である自分達よりも同等、それ以上の力を示していた。

 空船ゾラの正体を看破したと獅乃が対峙した時には、圧倒的な負けを本能的に理解させられた。

 そうでなくともこれらの情報から空船ゾラに自分達が敵わないと分かるというのに、さらに自分達は彼に精神や痛みに関する感覚を負担されているらしい。遠く離れた地にいる材木坂弥太郎までもがだ。


 獅乃は静かにため息を吐いた。

 他の皆は気付いていないが、空船ゾラという存在に対して自分達はすでに詰んでいる。

 空船ゾラから逃げ離れる事にも意味はないく、それは距離をとったとしても同じ事。

 この世界に来た当初から、すぐ側にいる空船ゾラという存在に生死与奪を握られていた。

 いま真に気にするべきはこの世界に存在する生物ではなく、空船ゾラの動向や機微だ。彼と敵対すれば自分たちの世界への帰還どうこう以前に死しかない。

 未だ異世界転移という状況に慣れない皆がその事に気が付いていない今だからこそ、代わりに獅乃は動かねばならなかった。

 自分達の立ち位置を確定させるため。元の世界へと帰る手段をもつ空船ゾラをこちらに縛り付けるために。右も左も分からぬこの状況で、猜疑心や精神不安定による仲間割れなどあってはいけないのだから。


「………。」


 色々な言い訳じみた言葉を脳裏に浮かべつつ、獅乃はチロリと辺りに視線を投げた。

 いま獅乃が少しばかり変わった行動を取っても、それを訝しむ人間は近くにはいない。

 仲間たちは遥か前方に、街中を歩く人は獅乃たちから円形に距離をとってこちらの様子を盗み見ている。

 皆から距離を置かれている原因は偏にゾラにあった。詳しく言えばゾラが獅乃たちと別れて城下街でやらかした何かが原因だ。

 獅乃たちだけで城下街に出かけた時に、ゾラが引き起こしたことに対する他者の反応を知ることがあった。その後にゴタゴタとあったのだが、機を見て何をやらかしたのかと皆で聞いていた。

 ゾラの答えは単に街の人々を笑わせただけ、との事。その時の仕草や街の人の反応から、獅乃たちはどの程度の事を行ったのかは聞くのをやめた。

 皆、獅乃と同様にゾラがどのような状況を引き起こしたのか察したのだ。単なる芸による抱腹絶倒では無く、拷問のような事をしたのではないかと。

 だが、こうして城下街を歩く時に突き刺さる視線は辛いが、今周囲に人がいない事は獅乃にとって都合がいい。


 獅乃は意を固めて動き出した。



「…ゾラくぅん。紙にばかり気を取られてると危ないよぉ?」


 さり気なくゾラとの距離を詰める。

 声をかけた獅乃へとゾラは言葉を返さない。


「向こうの世界みたいに道が舗装されてるわけじゃないんだからぁ、転んじゃうかもぉ。」


 さらに距離を詰める。

 近づく獅乃からゾラは離れる事もなく、ひたすら紙に何かを書き綴っている。

 それを好機と見て、獅乃はさらに大胆に動く。


「し、仕方ないなぁ。私がゾラくんを支えてあげ…」

「いや、そういうのは結構だ。」


 突然の拒絶の言葉に、獅乃は持ち上げていた両手をそのままに固まった。

 今までこちらの事など気にも止めていなかったのにと思うが、それで行動をやめる気はない。これでもかなり逡巡して決めた事なのだ。

 だからもう一度と行動を起こす。


「でもでも足元危ないよねぇ。だから私が…」

「不要だ。」

「腕をとって支えて…」

「邪魔。」

「………。」


 目から汗が滲んで来た。

 決死の覚悟の元に行動を起こしたのに、何故ここまで拒否されなければならないのか。

 素気無く断るにしてもせめて顔を上げて言って欲しいと、獅乃は滲み出た雫もそのままにゾラへジトリと目を向けた。


「…何故そんな目で僕を見るのかな。獅乃さんは何がしたかったわけ?」


 無言で見つめる獅乃にゾラはようやく顔をあげたが、そこに浮かぶ表情は呆れ顔。

 そのような顔を向けられることにも恨みがましい視線を返し、獅乃は憮然と答える。


「色仕掛け。」

「………は?」

「だから色仕掛け。」


 絶対的に敵わない相手。だが確実に味方につけなければいけない相手。

 ゾラ本人から協力的な言葉はもらったが、それはあくまでも今現在であって今後どうなるか分からない。ゾラ一人獅乃たちから離れようとした時にも、そのまま無関心になり放置されることになるのではと危惧した。

 それらを鑑みて獅乃は自らがゾラに無視できない存在としての立ち位置を得ようとしたのだ。

 その方法に色仕掛けを選択したのは単なる消去法である。知識も経験も行動力も敵わない相手に取れる手がそれしかなかっただけだ。それすらも効果があるかは不明だったが。

 その結果がゾラのこの態度。

 口をへの字に曲げてムッツリと黙り込んだ獅乃の態度に、ゾラは炭を持った手で目元を抑えた。


「…獅乃さんは実はバカなの?」

「!?」

「これだけ君達に気を使っているといのに、まだ妙な行動とるとか………それによって僕が嫌気を指すとか思わなかったのかな?」

「それは…。」


 ゾラ相手に効果があるかは分からなかったが、親戚の叔母が強く勧めて来た本によるとこういう状況では効果的な方法のように描かれていた。あから様なゴマスリよりかは効果があるのではと思い、実行することにしたのだ。

 効果の有無は別として、失敗しても困惑される程度だと思っていただけに、ゾラの気分を害するかもという言葉には狼狽えてしまった。


「どうせ自己保身とやらだろうけど…。今後、こういった事はやめてもらっていいかい?」

「………ぅ。」

「それと、どうせやるなら声を上ずらせるのはやめた方がいいよ?ぎこちない近寄り方も。」

「……ううぅ。」

「僕の調べていた周辺調査では、獅乃さんは経験豊富な頼れるお姉さんとの評価だったんだけど…。周りの評価は当てにはできないという事かな。」

「ほっといてよぉ…。」


 ついでのように添えられたゾラの言葉に、獅乃は情けない声をあげる。

 古い家に生まれ、親戚縁者が多くいた獅乃。その縁者の中には様々な知識を持つ者もおり、癖の強い者も多くいた。

 その所為もあって妙に色々な知識があり、また周りから一歩引いた考え方を持っているだけ。それが同級生の皆には事実とは異なる評価をさせているのだろう。

 獅乃自身はその評価を否定しているのだが、謙虚な姿勢だと取られてどうしようもなかった。

 獅乃は異性との交際経験もそれ以上もないというのに。


「…にしても、皆が頼るぐらいだから獅乃さんにお願いしようとしてたんだけどな。」

「好きでそうなったわけじゃない…って何を?」

「君達は荒事に慣れてないでしょ?ある程度はこちらで対処するつもりだけど、僕にはどの辺りが限度なのかは判断つかないんだよね。だからその判断を獅乃さんに協力してもらおうと思ってたんだよ。」


 ゾラの言う荒事というのは平和な世界で生まれ育った獅乃たちには無縁だった物事だろうか。

 こういった世界において誘拐、カツアゲ、酷くて身包み剥があるであろう事は想像に難くない。臓器売買まではどうか分からないが、奴隷へ陥れられる可能性も考えられる。

 いざそういった物事に対面して、どう感じるかの判断がつかないという事だろう。


「…それって、どういう事ぉ?」

「君達に分かりやすく言えばSAN値、それを観測して判断材料とする感じだね。多少この世界でトラウマが出来たとしても大丈夫だけど、発狂されると面倒だ。君達の世界に戻った時に精神崩壊を起こしてたなんて、本当に困るんだよ。」

「だからってそれに私を選ばれても困るんだけど…。」

「そうは言っても獅乃さんが一番適任なんだよね。察しが良くて、危機意識が強い。他の人より先んじて察してくれるし。」

「…彩峯ちゃんは?」

「まともに向き合うことを放棄してる。参考にするにはちょっと、ね。」

「………彩峯ちゃん。」


 そもそも獅乃が空船ゾラという存在に注目していたのは、彩峯の言葉が始まりである。

 それなのにキッカケとなった彩峯が思考放棄とかどういう事だと獅乃は問いたかった。

 だがゾラのいう精神面のモニターに彩峯がなるのも不安である。何しろ彩峯には霊感があるという事で色々と精神的に不安定なところがあるからだ。

 結果的に今いる者の中でゾラという存在と、この世界の事に向き合える人間は獅乃の他にいないという結論に至ってしまった。


「これだけ皆のために体を張ってるんだから、皆の代表になる事ぐらいなんて事ないんじゃない?今までのは全部空回りだったけど…。」

「うぅぅ…。」


 説得しているのか追撃をかけたいのかよくわからないゾラの言葉に、獅乃は呻き声をあげる。頭では理解していても、気持ち的にそうせざる得なかった。


「大体、僕が気変わりして君たちを見捨てるという選択肢なんてないんだよ。君達…いや、僕達はこの世界において異物。生きていても死んでいても、存在するだけでこの世界には害がある。放置しておくなんてできない。異物はそこに存在するだけで影響があり、世界のバランスに影響する。その影響は生態系や気候の乱れから、災害にまで至る。更に悪化すれば時空が歪み、大陸や都市の消失なんて事も起こる。そんな存在を放棄できると思うかい?」

「またそんな荒唐無稽な話…。その話もどこまでが本当の事か判断できないから困惑するんだよぉ。」


 どこか遠い目をしながらゾラは語るが、夢物語なその言葉は理解不能である。

 どうにも証明できないそれに、どこまで真実味があるのか獅乃には分からなかった。


「すべて事実だ。僕は嘘が嫌いだからね。それに嘘をついたところで知り合い曰く、すぐに分かるらしい。」

「そんなの相手の癖をよく知ってないと分からないでしょぉ?」

「いや、どうにもそうでもないらしくてね。だからこんな物まで身につけて……?」


 ふと、ゾラが言いかけていた言葉を止める。

 その視線ははるか前方、獅乃たち以外の皆がいる方へと向けていた。

 訝しげに思い、獅乃もその視線を追いかける。


「え、何?」


 前方から一人の女性が駆けて来ていた。

 それを目で追いかける皆の表情は揃って困惑のもの。

 ヨタヨタとした足取りでかけてくる女性は年老い、その背も曲がっている。必死に駆けているのだろうが、その速さは獅乃たちの歩みと同等以下の速さだ。



「………へぇ?」



 嘲りの笑いがこもった声が隣から聴こえてきた。

 それと同時に彼の頭部にある仮面を弄る姿が視界の端に映る。今日はスライムをその頭に乗せていなかったからか、すんなりと仮面がその表情を隠した。


「〜〜〜〜っ!〜〜ぁ!!」


 老婆が声にならない何かを口にするが、その内容は聞き取れない。

 そのまま聞き取る事が出来ないまま息絶え絶えといった姿で老婆が人の開けた空間に侵入し、その表情を目視できる距離まで近づいた。

 老婆からもこちらの表情をよく取れる距離に入ったのか、その足をゆっくりと止める。


「…ぁ………あ………ぼ、ぼうや。」

「…?」


 獅乃は眉を顰めた。

 目の前の老婆はその目を此方へとまっすぐ向けて言葉を発している。

 なにを言っているんだこのお婆さんは。言葉にしてしまえば獅乃の浮かべる表情はそういう表情だ。

 この世界に異世界から召喚された自分達の血縁者がいるわけがない。

 ましてやお婆さんが口にしたのは息子に該当する言葉。つまり獅乃たちとはまた別の世界から来たゾラに対してである。

 その間違いを獅乃が指摘しようと動き出す前に、老婆が動いた。


「坊や…。私の愛しの坊や!帰って来たんだね!!」

「!」


 老婆が止めていた足を再び前へと動かす。

 進路の先にいるのは言葉が指し示すようにゾラの方だ。

 最期の力を振り絞っているのか、今までついていた杖まで投げ捨ててボウヤを抱きしめんと手を広げて駆け出した。


「あぁ、あぁ!突然村から飛び出して、そのまま死んだかと!いま、こんな所で生きてーー」

「母さん!こんな所で再び出会えるなんて思わなかった!!」

「「!?」」


 もう少しで老婆の腕が相手の体を抱き締めるかと思われたその瞬間に、老婆の声をかき消すように別の声。

 皆の視線を集めたのは辺りに響くほどの声をあげた声の主は、老婆が狙い定めていた通り空船ゾラである。

 唐突なその言葉と行動に驚いていた獅乃が更に目を剥き、感情の赴くままに動いていた老婆すらも驚き動きを止めた。

 離れた位置から様子を見ていた仲間たち、それ以外の街人までも思わず言葉を止める。

 雑多に騒がしかった街中に静けさが漂い、視線を一点に集中した。


「ああ、まさか本当にこんな所で母さんに会えるなんて!!金品をせびり奪い盗みは上等!他人の飯から持ちうる全てを喰らい尽くしては恍惚な表情をし!善人、悪人、罪人、狂人、生きるもの全てを潰し抉り引き千切っては狂ったように笑い声をあげる!そんな母さんに会い見える事が出来るなんて思いもしなかったよ!!」

「…ぇ?え!?」


 すぐ側でその話を聞かされた獅乃は口を開けっ広げて沈黙し、遠巻きに見ていた者達も同様に驚愕して固まっている。

 ゾラは皆の視線を集めている事を意識してか、少し大げさな身振りをくわえながら続く言葉を口にした。


「子も親も使えるだけ使い、搾り尽くし、吐き捨てるだけだと他の人には聞いていたけど、僕は信じていたよ!風の噂で今の母さんは汚物を啜り食うことに喜びを、糞にまみれていることに快楽を感じると聞いていた!だが僕はそんな母さんを見捨てはしないよ!」

「ちがっ!?えっ、何!!??」


 皆が沈黙する中、一人声をあげて驚いているのはゾラの正面に立つ老婆だけ。

 しかし突然の事に動転しているのか、老婆であるはずの彼女は顔を引きつらせて歳に似合わぬ若々しい声音で困惑の声をあげていた。

 まくし立てるように言葉を続けるゾラ。その台詞は止まることはなく、老婆の姿をした彼女の手を取って続けられる。


「大丈夫さ!僕たちは今からでも上手くやっていける!…そうだ!今から王城警備兵の知り合いの所へと行く所だったんだ!彼らを紹介するよ!母さんのこれからには必要だろ!?」

「いえいえいえいえ!!??」


 全力で首を振って断る彼女。すでに曲がっていた腰は伸び、身を引こうと体を引いていた。

 どれだけの力が込められているか分からないが、ゾラの掴むその手が解かれる事はない。

 周りから向けられる疑惑の視線から逃れようと、彼女は顔を青ざめさせて身を捩るがどうにもそこから逃げ出す事が出来ないでいるようだ。

 推測するに、何かしらの理由あって集塵艦首の中ゾラを嵌めようとしたのだろう。だが逆にやり込められて注目を浴びてしまった彼女は、有らぬ疑いをかけられ撤退する事も出来ず半泣きの状態である。

 しかし彼女の焦りを嘲笑うようにゾラが彼女の腕を片手で引き、もう片方の開いた手で肩を抱いた。


「そんなに焦らないでも大丈夫さ!話なら移動しながらでも出来る!なんなら他の誰にも邪魔されないように人の少ない通りを行こうか!じっくり、たっぷり話ができるからね!」

「っ〜〜!!!」

「昔の事、今現在の事、母さんの色々な事を聞かせてくれないかい!?それからこれからの事を話し合おう!!あぁ、今日はなんて良き日なのだろう!!」


 泣いた。

 泣き出した。

 熱演を演じるゾラではなく、飛び入りして来た老婆扮した相手が。

 ゾラの片手に掴まれたままの手をそのままに膝を崩れさせて、彼女は静かに涙を流す。

 それを見ていた外野は表情を強張らせた。もちろん一連の流れを間近に見ていた獅乃も頬を引きつらせている。

 おそらく騒動を引き起こした二人以外は同じ思いを浮かべているだろう。話の真偽はどうであれ、ゾラに関われば何かしら手痛い目にあうのだと。

 そんな状況に追いやったゾラは、顔を覆う仮面を脱ぎとり一息ついて苦笑を浮かべる。


「やはり嘘というものは誰も幸せにしないよね。やめた方がいい。」


 なにを言っているんだこいつ。

 誰もが言いたい気持ちを口にする者はいない。

 誰もが沈黙する場で悩ましげなため息をついていたゾラだが、その静けさはすぐ様霧散した。



「…どういう状況だ、コレは。」


 騒ぎを聞きつけた衛兵が駆けて来たのである。

 数人の部下を引き連れた部隊長は困惑の表情で騒ぎの中心であるゾラへと目で尋ねる。


「あ。この人、指名手配かけられていた犯罪者なんで連行よろしく。」


 ゾラの端的な返答に様子見に徹していた全員が目を見開いた。

 次いでゾラが手を掴んでいた老婆扮した女性へと視線を向ける。

 泣き崩れたままのその女性はいつの間にそうされたのか、縄で簀巻きにされていた。

 地面に転がされたまま涙ながらゾラの語った不実の内容に対して否定の言葉を吐き続ける姿が哀愁を誘う。


「え?え?…どういう事!?どういう展開!?」

「逃げ道がないように人目の多い所で事に及んだのは評価するけれど、相手の出方も何通りか想定しておかないとね。」

「え、あ?やっぱり陰謀か何か?と言うか幾ら何でもこのパターンは想定できないんじゃないかな!?」

「後は…どうせ嘘を吐かなければいけないのならシッカリ相手を圧倒する内容にしないと。コツは嘘の中に幾分かの真実を込める事かな。」

「ちょっと待って!どれが嘘か分からないよ!?本当に真実は混じってた!?」

「やはり嘘というものは良いものではないな。至る道は不幸なばかりだ。コレはその一例だね。」

「何いい話風に纏めようとしてるのかな!?」


 嘆かわしいと片手で顔を覆って首を振ってみせるゾラに、声を荒げる獅乃。

 その声に押されたわけではないだろうが、ゾラ達の周囲からさらに一歩街の人が距離をとる。

 それらを目にしただけで大まかな事を察したのか、駆け付けた衛兵は泣き崩れる簀巻きの女を担ぎ上げるとさっさと引き上げて行った。

 全員の気持ちは一貫して、関わりに会いたくないといったところだろう。

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