異世界を渡った僕達の、

湖中二周

プロローグ 一時的転移

 ――◆ side:?? ◆――



 巨大な羽の生えたトカゲが空を駆けている。


 雄大な山々の上、重力を無視して空を自由自在に。普通はありえないような軌道をして。ある個体は同等のサイズの馬鹿でかい鳥とぶつかり合い、ある個体はその大きな口から火炎放射器のように火を吐き出す。


「…うっわ、ナイワー。」


 思わず呟いた声に反応したわけではないだろうが、空飛ぶトカゲのうち数体がこちらに気付き軌道を変えた。

 長い首を動かし、大きく開いたその口から光が…


「わぁ」


 激しい衝撃とともに爆音が生じる。


「キャァァァ!!」

「ウワァッ!!」

「ひっ!」

「…っ!?」

「きゃぁ!」

「おおぉ!?」


自分の間抜けな声の後に、恐怖に怯える悲鳴、息を詰める悲鳴、どこかの喜びのこもった悲鳴が湧き上がった。

 トカゲの吐き出した炎の球は自分たちのいる所へ辿り着く前に、背後の宿泊施設を歪に覆う半透明の膜に遮られて爆発。衝撃こそ感じたが誰も怪我一つすることはなかった。






 おかしい。

 自分たちはただ学校の校外学習のために、県郊外の山へ下見に来たはずだ。

 間違ってもこんな異世界ヨロシクな場所にやって来たわけではない。


「何、何なのアレ!龍!?ドラゴン!?」

「っ通報、どこに!?警察、自衛隊!?いや、討伐隊の管轄か!?」

「えっとぉ、こういう時はぁ…誘い罠を設置して、茂みに隠れるんじゃなかったぁ?」

「いや、生贄を用意して英霊を召喚するべきじゃないか!?」


 一人首を傾げていると、ようやく衝撃から立ち直ったのか同級生達の声が上がる。だが、口にしている内容はまだ混乱混じりのようだ。自分達のいた世界に討伐隊はないし、英霊召喚の秘術なんて存在しない。


「み、皆さん落ち着いて!ヒーローは必ず来てくれます!とりあえず後ろの建物に退避を、急いで!!」


 たった一人の引率の女教師が混乱しつつも、生徒達を安全な場所へと誘導の声を上げた。彼女の言うヒーローとは全身タイツの人だろうか。


 様々な顔をしながら、ある者は身を翻して、ある者はジリジリと後退して建物へと避難を始める。

 先頭の者が建物の中へと入ろうかとするその時、その流れとは反対に飛び出して来た一つの影。その影が外を見るやいなや声を上げた。



「俺の世界、俺の時代キタァァァァァァ!!!!!!」



 突然飛び出して来た男、ここの宿泊施設の主人の息子は歓喜の声を上げながら全身を使って歓びを表現し続ける。避難しようとしていた僕達のギョッとした様な、痛い者を見る様な目にも気がつかない様子だ。


「よ、喜んでる場合ですか!早くあなたも避難を!!って聞いてます!?」


 女教師の言葉も聞こえていない様に依然歓喜の声を上げ続ける男には呆れるしかない。後退を始めていた同級生の動きも驚きに止まり、自体の収集をつけようがない様だ。

 仕方なしに自分の世界に入ったままの男に詰め寄る女教師に歩み寄る。


「先生、今は彼の事よりも避難を優先した方が。それにこの事態をどうにかしないと…」


 半錯乱状態の女教師が男に掴みかかろうとするところに腕を引く事で止め、落ち着いた声音を出して宿泊施設の方を目で促した。それで此方の意図を察してくれたのか、幾分か表情を緩めて身体から力を抜く。


「え、ええ。そうですね。とりあえず避難を——」

「ああ、まず退避だな!それから反撃だ!敵はもう此方を察知している!打って出ないとな!!」


 急に此方の声を聞く気になったのか、全身を急回転して振り返った男に女教師はまた体を硬直させた。自分も同じ様に驚いてしまい、目をパチクリとさせて男の顔を見つめる。


「反撃?なんかあるんスか!?武器!?兵器!?」


 先ほどから一人目をキラキラさせている同級生の一人が堪らず男に声をあげた。この状況で、まるで同志を見つめる表情になんと声を出していいのかわからない。


「そんな俗物的なもんじゃねぇ、魔法だ魔法!確か上に火炎系と爆発系の魔法陣を刻んでたはずだ!そいつで打って出るぞ!!」

「ヒャッハーー!さすが兄貴だ、滾るぜぇーーー!!」


 固まる周囲の人間を放ってテンションを上げる二人に唖然とするしかなく、しかし事態はまだ一向に変わらない。


「キャァァァ!」


 さらなる衝撃、トカゲがさらに攻撃を仕掛けてきたのだろう。


「このままじゃこっちが不利だ!打って出るぞ弟よ!!」

「お伴しやす兄貴!!」


 いつ彼等は兄弟になったのだろう。


「っ!まって、まちなさい!!」


 意気揚々と宿泊施設へと駆け出す二人を視線で追い、その姿に我に帰った他の者達が後に続く。




 最後に残ったのは自分だけ。

 視線を中空のトカゲに向けると依然この建物に攻撃をくわえている。


「…系統が色々なのかな?」


 宿泊施設を歪に覆う半透明の膜はまるで泡の集合体だ。ある膜は炎を防ぎ、ある膜は体当たりを防いでいる。男の発していた内容には魔法陣という言葉があった。という事は、これらはその魔法陣によって起こっている事態なのだろう。

 辺りの地面を見やるとそこら彼処に色々な円で囲まれた絵が書き込まれている。発光しているのもあれば、そうでないものも。


 ふと見やると、先程まで自分が立っていた所にもある。


「……」


 何気無い足取りで歩み寄り、薄ぼんやり光るソレを足で踏みしめた。何度か足先で叩いて発光が緩やかに点滅し出したところで満足気に頷き、身を翻す。


「っさて、僕もあのお兄さんの描いた魔法陣を見に行こうかな。」


 彼等の行った先はどこか知らないけど騒がしい所に行けば居るだろうと適当な当たりをつけて宿泊施設の中に入っていく。






 帰還の魔法陣が起動するまで、あと——

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