小人を見つけてはいけない。

いささか まこと

見つけてしまった男は。

う・・・うぅ・・・っ。

重たい、早くこれをなんとかしないと、もう、限界が近い。

空地の隅っこで、俺は遠目から見てもわかるほど大きく、重たい岩を持ち上げている。目は血走り、重さに耐えるべく食いしばった歯は、悲鳴をあげ始めている。


—なぜ、こんなことになったのか。

それはこの俺の足元でスヤスヤと寝息をたてている、小人のせいである。


どこかのファンタジー作品に出てきそうな出で立ちに、立派な白いひげ。

今にもハイホーと掛け声をあげながら、あと6人くらい出てきそうでもある。

そんな容姿の小人に、俺は魔法をかけられたとしか言いようがない。



遡ること数時間前――仲間との飲み会の帰り道だった。


俺の結婚前祝いと称して、朝から晩まで飲んできた。

浮かれて飲んで、飲まされ過ぎて、思い出すだけでも気持ち悪くなる。

ぐるぐると回る意識の中、ふと、結婚指輪を持っているかが気になった。


みんなから見せてくれと頼まれて、飲み会の席に持って行ったのだった。


ふらつく足を止め、ジャケットに入れておいた指輪へと手を伸ばす。うん、ある。

手にはしっかりとリングケースの感触。しかし、中身はどうだったか。

心配になりポケットから取り出し、箱を開け、確かめる。うん、よかった。ある。


安堵し、リングケースをポケットへしまおうとした瞬間――。


うあ、ああっと、だらしない声をあげながら、足がもつれて盛大に転んでしまった。

酔っていたせいもあってか、受け身など取れるわけもなく、地面と頭がぶつかる。

ゴチンといい音が静かな住宅街に響き渡り、俺の目の前にパッと火花が散った。


いってぇ、、ぶつけた部分を抑えながら、体制を立て直し、その場に座り込む。


目の前には転がるリングケース。

痛む身体に鞭を打ちながらも、箱へ手を伸ばし中身を確認する。

「――え、えぇっ!?指輪は?ないっ、ないぃ??」

先程まであった指輪の姿が、そこにはなかった。

箱はあるが、中身がない。何度確認しても、中身がない。


指輪を失くしたという事実が頭の中に入ったと同時に、一瞬にして血の気は引き、

急に頭が冷静になった。そりゃそうさ、結婚式は明日なんだ。


もう、変わりを見つける時間もない。見つけよう、見つけるしかないんだ。

「諦めるなイワオ!この辺りに絶対あるはずだ!」

敢えて声に出し、自分自身を奮い立たせる。


暗がりの中、人気のない空地を四つん這いになりながら必死に探す、探す。

しかし、そう簡単に見つからない。―もう、どれくらい探しただろうか。


少し休もうと、腰をおろした目線の先に、キラリと光るものと小さな人のような影が見えた。視線を外さずにゆっくりと、目標物のある空地の端っこへ、俺は近づいた。


「うわっ、小人?!」

その小さな人影を認識した刹那、思わず驚きの声が出てしまった。

初めは、指輪を失くしてしまった焦りと酒の抜けていない頭で幻覚でも見ているのかと思い、自分の頬を叩いたり、つねったりしてみたが、やはりそこには見慣れないサイズの人間。小人がいた。じっと俺を見つめている。


「・・・コレ、オマエノ、カ?」

困惑している俺の姿を見て、恐る恐る、やや片言の言葉で小人が問いかけてきた。

小人が両腕に抱えて持っていたのは、紛れもなく俺が落とした指輪であった。


「そ、そうなんだ。今それを探していたところなんだ。見つけてくれてありがとう」

本当に幻覚なんじゃないかと俺は思ったが、この際幻覚でも夢でもなんでもいい、小人からこの指輪を早いとこ受け取り、明日に備えて少しでも休みたかった。


「・・・ワタス、カワリニ、オネガイ、アル」

小人は片言であったがハッキリと、こちら見つめながら言う。

「何をすればいい?なんでもするぞ」

指輪を返してほしいがため、小人の言うことを俺は聞くことにした。


「スコシ、ネタイ。ミハリ、シテイテホシイ」

「うん、それぐらいならお安い御用さ」

小人の気が変わらないよう、すぐに笑顔で言葉を返す。


「ケド、ニンゲンハ、コワイ。ダカラ、テヲ、アゲテ」

小人に言われるがままに両の手を挙げた。するとなんだ、ズシリと俺の両手の上に大きく重たい岩が急に現れる。あまりの重さに俺は片膝をつく体勢になる。

「・・・お、おい。これはどう、いうこ、となんだ」

潰されそうな重さに耐えながら、言葉にする。

「ネテイルアイダ、コワイ。ダカラ、ウゴカナイデイタクダサイ」

そう言うと小人は大きな欠伸をしてから、お腹に指輪を抱え眠りについてしまった。


マジかよ。急な出来事がポンポン目の前で起こりすぎていて、理解するための頭の整理が全く追い付いていない。


この小人は本物なのだろうか?

目の前でだらしなく、寝息を立てている。コイツはとても作り物には思えない。

小人は一体どうやってこの岩を俺に持たせたのか?

瞬間的に起きた出来事過ぎて、全くわからない。もう魔法としか言いようがない。

小人との約束を破って、この場から動いてこの岩を降ろすか?

いや、動けない、無理だ。バランスを崩したら俺が挟まれてしまうだろう。

そして、この重さに耐えきれず手を投げ出せば、小人諸共、指輪も潰れてしまう。


う・・・うぅ・・・っ。まだか。

どれほど時が経ったであろうか。辺りは夏の虫の声と、時折通る車の音がするだけ。


その静寂を打ち破るかのように。ジリリリリリリン、ジリリリリリリン。と無機質な

聞き慣れた黒電話の音。俺の携帯が鳴り響いた。

この状態では電話に出ることも叶わず、誰からの連絡なのかもわからない。


一体こんな時間に誰が。まさか、タケミか?


去年の春から同棲をしている、俺より一つ年下の彼女。体こそ小さいが、男兄弟の中で育ったせいもあってか、とても度胸があり、良い意味で根性が座っている。


もしかして、起きて待っていたのか。帰ると連絡を入れてからどれくらい時間が経ったんだ。最後にどんなメールを送ったっけ。あれからどれ位経った?あれ・・・

ダメだ、もう、考えも纏まらない。


あぁ・・・今日は色んなことがあったな。頭に今日の出来事が蘇る。

いつもつるんでる仲間は独身ばっかで、俺を羨んで飲ませまくってきたなぁ。

帰り道に指輪を失くしたら、小人に会うし、魔法でこんな岩持たされてるし。

あー、タケミが作るカレー。美味いんだよなあ、また食べたかったなぁ。

父ちゃん母ちゃん、お父さんお母さん、すいません。タケミ、ごめん。


明日は特別な日にしような、って朝に約束してたけど。違う意味で特別な日になりそうだ。あぁ、ヤバい。今度は今日まで生きてきた記憶が走馬燈となっている。


重さに耐えきれなくなってきたのだろう、腕の震えが大きくなってきた。

もう、ここまでか。


遠くから響く足音。パタパタと軽い音が、どんどんこちらに近づいてきている。

「イワオ!やっと見つけた!」

その声は、タケミ?肩で息をしながら俺に駆け寄ってくる。

俺の事を心配して、急いで出てきたのであろう。着の身着のまま、というか嫁入り前の女性がパジャマにサンダルでこんな時間に出てきちゃダメだろ。


「・・・悪い、心配、かけて」

なんとか声を振り絞り、心配かけまいとタケミに声を掛ける。

「なんなのこの状況!?どうしてそんな大きな岩を抱えてるの?」

俺は足元に目線をやり、アゴで小人を指す。

「え、あ。私の指輪をここに落としてしまったのね。わかった、すぐ取るわ」

スッと手を伸ばし、タケミは眠っている小人の腹の上から指輪を取る。

「もう、これで大丈夫よ。その大きな岩、下ろせる?」

タケミは指輪を大事にしまい、苦悶の表情を浮かべる俺を見つめ心配した。


小人を気にする様子もないタケミに、驚きの顔色を隠せない俺。

おいおい、俺にしか見えてないってことなのかよ。小人さんよ。こりゃやっぱ幻覚だったかな・・・しかしもう、時すでに遅し。この岩を手前に下ろす力も残ってない。


心配顔のタケミに、驚きの顔を俺はとびっきりの笑顔に変え、向けた。ありがとう。

その言葉が声になっていたかはわからない。確認しようもない。

そこで俺は、力尽きた。持ち上げていた岩に潰されたかどうかも、もうわからない。

意識はもう、ここにはなかった。



「ハイホー。アリガトウ、ニイサン」

あの小人の声が、最期に聞こえた気がした。



小人を見つけてはいけない。

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小人を見つけてはいけない。 いささか まこと @suroppi

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