高天原中学オカルト部 謎のリリパット王国を求めて!

藤村灯

第1話

 高天原たかまがはら中学オカルト部、部員二号巌須弥いわお しゅみ。ぼくは今、人生最大の忍耐の時を過ごしている。

 持ち上げた岩の重さはおよそ100kg弱。腕はぷるぷると震え限界が近いが、乱暴に落とせば全てが台無しになる。もう一人の部員にして部長であるののかが、一刻も早く気付いてくれるのに期待して耐え続けている。


 部を名乗りはしているが、オカルト部は学校に認められた正式なものでない。部長であり、幼なじみでもある武美たけみののかが、祖父の遺したノートの記述を検証する手助けをしているだけだ。ののかの祖父の龍彦さんは戦時中、南方で様々な珍しい体験をしてきたという。復員後は怪しげな蒐集や放浪に明け暮れ、その幻想蒐集癖は、隔世で孫のののかに受け継がれた。


 見せて貰った龍彦さんのノートは、孫娘を楽しませるために書かれた創作物のようにも思える。でも、記述に従いののかに連れられ出掛けた先でぼくは、スカイフィッシュらしきものの群れに追い掛けられ、やぶを転がり落ちてすり傷だらけになったり、つちのこっぽいものに噛まれて緊急入院するハメになったりと、それなりに信憑性のあるものを目にし、それなり以上にスリリングな経験をしている。なのに残念ながらまだ一度も、証拠として現物を持ち帰る事は出来ていない。

 今回ののかが興味を示したのはリリパットの国。言葉の響きからしてリリカルで、危険はないと踏んでいたのだけれど。


 今日ぼくたちが来たのは、市の外れの城址公園。小さなフィールドアスレチックもあり、子供の頃はよく遊びに来ていた場所だ。手分けしてリリパットの痕跡を探すうち、公園のすみっこにある岩が目に付いた。庭石にしては不格好だし、芝生の手入れにも微妙に邪魔になりそうだ。

 岩の下に何か見えた気がする。気になって覗き込むも影になって良く分からない。腕まくりし、思い切って持ち上げてみると、岩の下に隠されていた人工物らしい階段状の構造物が見える。ただしサイズは通常の1/10。岩を落とせば壊してしまうかもしれない。

 本当に、中に何かいるかもしれない。気付かれないよう岩を少し遠くに落とそう。そう考え辺りを確認すると、芝生をベッドに眠る小人の姿。本物!?

 岩の影になって見落としていたらしい。どうやら今回ばかりは本物で間違いなさそうだ。しかも、無防備に眠りこけている。

 捕まえたい! でも、下手に動けば起こして逃げられてしまうかも。


 じりじりと焦燥に駆られながら動けずにいると、ののかが慌てた様子でぼくの方に駆け寄ってくるのが目に入った。助かった。これでふたりして岩をそっとどかすなり、小人を捕まえるなりすることが出来る!


「しゅみちゃーん! 四つ葉のクローバー見つけたよー! って、すごい!? なんで岩持ち上げてるの? 今度の昇級試験のトレーニング? でも、部活動中はちゃんと探索に集中してほしいかなって……」

 ほわんとした口調のまま、喜びから驚き、不満へとくるくる表情を変えるののか。幼い頃から家の道場で鍛えられているが、合気道に自然石リフトは必要ない。それに、集中を切らして四つ葉のクローバー探しをしていたのはののかの方じゃないか?!


 ののかは小さな階段にも小人にも気付く様子はない。不思議そうな顔で岩を持ち上げるぼくを眺めている。歯を食いしばったままでは上手く話せない。小人を起こさないよう小声でとなるとなおさらだ。


「なに、かゆいの?」

 もぞもぞと口元を動かすのを見て、ののかがぼくの首元を掻いてくれる。

 やめて! くすぐったい! 岩落としちゃう!!


「……ちがう? ……した?」

 必死に首を振り、顎を上下に動かすと、ののかは視線を下げ固まった。


「小人! すごい! しゅみちゃん、小人がいる!!」

 いるよ! それだよ! それを捕まえてくれれば、とりあえず岩を下ろすことが出来る。


「まって、ちゃんと調べないと。……うん? でも、服装の記述は違うかな? もっとこう、洋風な……。リリパットじゃなくてコロポックルだったら、小人ちがいでこの人にも迷惑だろうし……」

 座り込んでノートを広げ、首を捻るののか。

 コロポックルでも大発見だよ! どっちでも良いから早く捕まえて!!


 ぶんぶんと首を振り伝えようとするぼくに、ののかは困惑の表情を浮かべる。

「うん? なに? わかんないよしゅみちゃん。あ、まって、ノートある」

 ごそごそと鞄をかき回し、予備のノートを取り出す。ファンシーな自筆のイラストが描かれたページをめくり、白紙の項を開くと、ぼくの口にピンクのマーカーをくわえさせた。


 ムリ ハヤク


 ぷるぷる震える口元で、必死にそれだけ書き込む。早く捕まえてなのか、早くそっち持ってなのかを書きあぐねるうちに、ののかはノートを手元に戻し思案を始める。


「ムリ・・ヤン? ムリアン? そうか。地下に住んでるんだったら、ムリアンかも知れないね!」

 違う!? この極限状況で二点リーダーとか使わないし!!


「でも、わたしたちが探してるのはリリパットだし」

 指を額に目をつむり、やれやれといった風に首を振るののか。すごい言ってやった感が溢れている。

 ぼくムリアンとか知らないし!! 正体はいいから、今はそいつを捕まえて!!

 激しく首を振り伝えようとするも、オカルト部部長としては譲れない大事なポイントらしい。


「なに? まだなにか書くの? あ……待って。いまので最後のページ。なにか書くもの探してくる!」

 ノートを放り出し駆けだすののか。指の感覚はとうに無くなり、限界が近い。ののかが放り出したノートが近くに落ち、小人がもぞもぞと寝返りを打った。


 ダメだ……今回の探索も失敗っぽい……。

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