不思議なお客さん

空気泥棒

第1話

高校2年の時に、友人に誘われて地元の小さなスーパーでレジのバイトをすることになりました。


レジ打ちは接客力が必要で、人見知りだった僕はバイト仲間に助けられながら、なんとか仕事を覚えて頑張っていました。


バイト同志も、社員さんも、スタッフみんなが仲良くて、今思い返しても良い職場だったと思います。



バイトを始めてから1年が経った高3の夏休みのある日、バイトの先輩に何日かシフトを代わってほしいと頼まれました。

先輩のシフトは、夕方から閉店まででした。


閉店をする遅番は2人体制で、レジ締めを友人がやり、僕は店内の掃除や片付けでした。


モップで店内を掃除しながら一周し、近くにいるお客さんに閉店であることを伝えていきます。

前述の通り、僕は人見知りで、レジのような会話はできるのですが、自分から声をかけることは苦手でした。

なので、お客さんの近くで大きな声で「間も無く閉店です。」と言うことをやっておりました。




その日も、レジのピークが過ぎ、閉店が近づいてきたので掃除を開始しました。


この閉店までの仕事をしてから、いつも必ずいる『閉店間際の常連さん達』がいました。

お弁当とにらめっこしてるサラリーマンのおじさん。

いつも、早歩きで何かを探しているお姉さん。

お酒コーナーでお酒を見ながら酔っ払って笑っているお爺さん。

普段、いろんなお客さんがおりますが、このお客さん達は僕がこのシフトになってからは必ずいました。



その日は、その閉店間際の常連さん達だけでした。

通り過ぎざまに閉店を伝えていき、最後に掃除をする野菜コーナーへ。


すると、野菜コーナーの前に、とても不思議な格好のお客さんがいました。


そのお客さんは、小柄なのですが、肩まで広がる巨大な真っ黒なハットを頭までスッポリと被っていて、顔も髪型もまったくわかりません。

全身も真っ黒なドレスのような服を着ていて、手は袖に隠れていて、スカートは足先まで包んでいて、まるで大きな黒いキノコのような姿をしていました。


お客さんは買い物カゴは持たず、野菜コーナーの真ん前でジッと動くことなく佇んでいるのです。


唖然としつつも、閉店なので声をかけなければいけません。

掃除をしながら近づいていき、例の聞こえるような大きな声で閉店を伝えました。

しかし、返事も微動だにすることもありませんでした。


他のお客さんも、特に反応こそしませんでしたが、そのままレジに歩いていくなど何かしらアクションはあったわけです。

なので、これは聞こえていないのかな?と思い、僕はその女性に直接話しかけました。


「お客様、間も無く閉店ですのでお買い物はお早めにお願いします。」


が、やはり返事はありませんでした。


変わったお客さんだなぁと思い、一応伝えることは伝えたのでレジに戻ることに。


野菜コーナーからレジまでは直線距離なので床を掃除しながら、今の不思議なお客さんのことを話そうと友人の待つレジへ向かいました。


すると、友人の方から話しかけてきました。


「今さ、野菜コーナーで何してたの?」


僕はまさに、その話題を話したくて

「いや、あの大きな真っ黒な帽子被った人がさー」と楽しくなりながら話しました。


しかし、友人は

「なにそれ?どこにいるの?」

と。


僕は

「今いたじゃん。野菜コーナーのとこに」

と言って振り返ったのですが


野菜コーナーの前には誰もいませんでした。え?、と思い野菜コーナーまで行きましたが、その周りにも、店内をいくら探してもそのお客さんはいませんでした。


段々と頭に恐怖がよぎりました。

もしや、と。思いましたが、それでも認めたくなくて友人に再度たしかめました。

「本当に見てないんだよな?あそこには俺しかいなかったんだよな?」


すると友人は

「そうだよ。ていうか












この店、とっくに俺とお前しかいないぞ?」





驚きと同時に、背筋がサーっと冷たくなっていくのがわかりました。

「ど、どういうこと?」頭が追いつかず口が上手く回らないまま聞くと、友人は

「お客さんなら、掃除を始める前にみんな帰っちゃったぞ。レジの防犯カメラの映像で確認したし、レジの目の前の出入り口も誰も通ってないから間違いない。誰もいないのにお前は声がけしててマジメだと思った。」


そう言うのです。




先ほどの、全身真っ黒の巨大な帽子を被った人だけではなかったのです。


その日、僕が声がけをした人全員が


閉店間際の常連さん達全員が




この世の者ではなかったのです。




この一件で、僕は閉店のシフトと変わる事をやめました。


それ以来、あの閉店間際の常連さん達を見る事はありませんでした。


そのかわり…





あの巨大な帽子を被ったお客さんが毎日現れるようになったのです。

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