ミッション24―18 <最終ボス戦>邪悪なるカミ VI

 ゲーム世界のボスに必ず存在するもの。

 それは、分かりやすい弱点だ。

 カミも例に漏れず、分かりやすい弱点を持っていたらしい。


「見ろ! あの胸の赤い水晶!」


「装甲に包まれてるみたいだけど……弱点で間違いなさそうだね!」


「あれを潰せば勝てるぞ!」


 これ見よがしに赤く光り輝く、カミの胸の水晶。

 あの赤は怒りか情熱か。

 なんにせよ、誰がどう見ても、あの水晶を潰せばカミは死ぬだろう。

 

 ただし、この戦いはプレイヤー救出作戦でもあるのだ。

 カミ――瀬良をログアウトさせるには、彼をNPCに殺させる必要がある。

 だからこそのガロウズだ。


 イミリアの番人は自分がなすべきことを理解しているはず。

 ヤサカたちと一緒なら、必ずカミを倒せる。

 ファルの心に不安はなかった。


「ミードン! そこを離れろ! 危ないぞ!」


「にゃ!? 分かった!」


 肉がむき出しになるまでカミの足の小指を噛んでいたミードンは、ファルの言葉に従い後方へ。

 その間、ファルは10体ほどのコピー鬼(アヒルさん模様バグ発生)を増殖させた。


「よし……ラムダ! 撃って撃って撃ちまくれ! 得意だろ!」


「得意中の得意です! 永遠に撃ってられますよ!」


 焚き付けられたラムダは満面の笑みでカミへの攻撃を開始する。

 戦車砲発射、続いて装填、装填が終われば即次弾発射。

 可能な限りの早さで、ラムダの戦車は戦車砲を連射した。


 4~5秒に1度の間隔で戦車砲に撃たれるカミ。

 しかも4~5秒の間に、ティニーのSMARLスマールにも撃たれるのだ。

 

 それでもカミの胸の水晶は無傷。

 彼は腕を盾にして、砲弾やロケット弾が水晶に当たるのを防いでいた。

 水晶を包む装甲も爆風と炎の衝撃を防ぎ、水晶を守っている。


 腕を使うことで水晶を守ることはできるだろう。

 ただ、腕を盾にすれば、ファルたちを攻撃するものは何もない。


「その調子だ! 容赦するな!」


除霊爆破除霊炸裂除霊爆砕


「ドーンです! ドドーンです! 楽しいです!」


 連続する爆炎が海を焦がし、連続する衝撃が海に波を作り出す。

 座礁した護衛艦『あかぎ』の甲板上は、半ば爆発のお祭り騒ぎだ。


 30発ほどの爆発がカミを襲った頃、ついにカミは耐えられなくなったらしい。

 カミは砲弾が直撃したと同時、ゆっくりと仰向けに倒れた。

 巨体の転倒に大きく揺さぶられる『あかぎ』。


「やっと倒れたか。鬼たち! 行け! カミを立たせるな!」


 ファルの命令に応え、コピー鬼たちは倒れたカミに群がる。

 アヒルさん模様の鬼12体が巨大なクリーチャーに群がる光景は、なんとも珍妙。

 最終ボス戦らしさは何処へやら。


 アヒルさん模様のコピー鬼たちは、カミの腕や脚に覆いかぶさった。

 人型NPCの中で最大かつ最も重いコピー鬼たちを振り払おうと、カミは暴れる。

 ついには触手を使ってまで暴れ回る。


 振られた巨木にぶつけられて無事なほどコピー鬼たちも丈夫ではない。

 カミの触手によって、2体のコピー鬼が海に投げ落とされた。


「もう少し、おとなしくしててね」


 触手による攻撃を眺めながら、ヤサカがそんなことを口にした。

 そして彼女は、対物ライフルを構え何もない空間に向けて引き金を引く。


 ヤサカが撃った弾丸は、ただ空に向けて突き進むだけ。

 しかしその弾丸の針路に、振り回される触手が入り込んだ。

 まるで触手から弾丸に当たりに来たかのように、12・7ミリ弾はカミの触手に食い込む。


 さらにもう1発撃たれた弾丸も触手に直撃。

 傷ついた触手は痛みに動きを鈍化させた。


 触手の動きが鈍化したのを見て、カミの腹の上にヤサカはよじ登る。

 彼女が向かう先は、もちろんカミの胸で輝く赤い水晶だ。


 水晶だけは破壊されまいと、なんとか触手を動かすカミだが、番人はそれを見逃さない。

 振り上げられた2本の触手を、紫色の一閃が襲う。

 同時に、12・7ミリ弾が食い込み弱っていた箇所を境にして、触手は真っ二つに。


 ガロウズの剣が、カミの2本の触手を切り落としたのだ。

 

「行けヤサカ! レオパルト!」


 ファルによる、完全なる他人任せの叫び。

 その叫びがヤサカの耳に届く時、ヤサカは対物ライフルの銃口をカミの胸の水晶に突きつけていた。


 レジスタンスに参加し、プレイヤー全員救出を長く願い続けたヤサカの最後の1発が響き渡る。

 カミの胸の水晶、それを守っていた装甲は砕け散った。

 もう水晶を守るものは何もない。


 装甲は撃ち砕かれ、いよいよカミに引導を渡す時が来た。

 引導を渡すのは、もちろんガロウズだ。

 ガロウズは剣先をカミの胸の水晶に向け、飛び込む。


 固く乾いた音が静かに鳴り、カミの胸の水晶にガロウズの剣が突き刺さった。

 水晶は輝きを失い、先ほどまでコピー鬼を振り払おうとしていたカミは、ぴたりと動きを止める。

 

『戻ラナケレバ……ナラナイノカ……。現実ニ……人間ニ……。創造主トイウ夢カラ……覚メナケレバ……ナラナイ……ノ……カ……』


 戦いに負けた悔しさか、いつまでも夢の世界に浸れぬ絶望感か、カミはそう呟き、事切れた。

 巨大なクリーチャーと化したカミの体は、淡い光に包まれる。

 カミは死亡エフェクトに包まれ、イミリアからログアウトされたのだ。


 静けさの中、夕日に照らされる護衛艦『あかぎ』の甲板。

 カミによってつくられた亀裂からは、1匹の青い蝶が羽ばたく。

 いつぞやファルとヤサカがやっとの思いで捕まえた、あの八洲蝶である。


「終わったみたいだね」


「終わったみたいだな」


 ラグナロク山からここまで、ずっと戦い続けたファルたち。

 体は疲れきり、疲労デバフまで付く始末。

 ティニーとミードンは座り込み、あのラムダですら黙って戦車にもたれかかっていた。


 ファルもティニーと同じように甲板に座り込む。

 そんなファルの隣にヤサカは座り、2人は空を舞う八洲蝶を眺めた。


「長かったな」


「長かったね」


「あの八洲蝶を捕まえた時と今、嬉しいのはどっちだ?」


「どっちも同じくらい、かな」


「背後霊、休まないと」


「もう眠いのだ。にゃ〜」


「よく頑張ったね、ミードン。ティニーもゆっくり休んで良いよ」


「わたしは疲れ果てました! 立ってられないです!」


「それにしては、元気そうな声だと思うけど……」


「ヤサカの言う通りだ。ラムダ、お前って疲れることあるのか?」


「今が疲れてる時です! 疲れすぎてるから大声を出してるんです!」


「どっちみち大声出すのかよ……」


 たわいのない会話。

 おかしそうに笑ったファルたちは、早くもいつも通り。

 プレイヤー救出作戦が終わりを告げたところで、変わりはない。


 ところがだ。

 甲板上にはもう1人、真っ黒な服装に剣を持つ男がいる。


「貴様ら、戦いは終わってなどいないぞ」


「おいガロウズ……まさか……」


「次は貴様らを始末する」


「今はやめろ! 俺たちが疲れ果ててるのが見えないのか!?」


「見えている。だからこそ、始末する良い機会だ」


「ウソだろ……」


 イミリアの番人はチート持ちに楽をさせてくれないらしい。

 当然だ。

 ログアウト不可という特殊な状況がなければ、本来チートは許されない行為なのだから。


 加えて、ガロウズを倒さなければレオパルトは目を覚まさない。

 レオパルトのためにも、ガロウズは倒さなければならない存在なのだ。

 無理をしてでも、この戦いに勝つ必要がある。


 ここでふと、ファルは疑問に思った。


——俺たちはどうやってログアウトすれば良いんだ?


「このミードン、神様ファルたちの戦いを見届けるのだ! にゃ!」


「早く休みたいです! 休むためにも、ガロウズを倒します!」


「霊力に、限界なし」


「この戦い、負けられないよ。ファルくん、もうひと頑張りだね」


「ああ。ガロウズ! 俺たちの休憩時間を邪魔した報い、受けてもらうぞ!」


 ガロウズに勝つ、という意気込みにファルの疑問は吹き飛んだ。

 ファルたちは武器を構え、あるいは戦車に乗り込み、またはコピーNPCの用意をする。

 対するガロウズも戦闘態勢。


「先手必勝です! ドーン!」


「ドーン」


 先手を打ったのはティニーとラムダであった。

 2人の放ったロケット弾と砲弾は、ガロウズを爆散させようと、凄まじい勢いで宙を駆ける。

 しかしそれ以上の勢いで、ガロウズはロケット弾と砲弾を回避した。


 ティニーとラムダの攻撃を回避したガロウズは、一瞬でファルたちの目の前に。

 さすがに疲労デバフありでの戦いは無謀だったようである。


「クソ……まずい……!」


 思わず目を瞑るファルと、剣を振り上げるガロウズ。


 この時、彼らは誰一人として気づいていなかった。

 ガロウズに回避されたロケット弾と砲弾が、甲板を突き抜け弾薬庫に突入したことを。


 護衛艦『あかぎ』の弾薬庫にて、ロケット弾と砲弾が炸裂。

 大量のミサイルや火薬など、火気厳禁なもの全てが誘爆

 その炎は格納庫に収められていたヘリを包み込む、猛烈な爆風が『あかぎ』を襲った。


「「「「え!?」」」」


 船体が丸ごと吹き飛ぶほどの大爆発を起こし、護衛艦『あかぎ』は粉々に。

 無論、甲板にいたファルたちは、ガロウズもろとも綺麗さっぱり消し飛んだのであった。

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