ミッション24—13 <最終ボス戦>邪悪なるカミ I

 怒りに身を任せたカミは、大量のNPCを召喚した。

 これに対抗して、ファルもコピーNPCを大量増殖させる。

 

 カミの間で衝突するNPCたち。

 ただし、この戦いはカミの時間稼ぎにすぎない。

 彼は先ほどから突っ立っているだけのスレイブに対し、叫んだ。


「スレイブよ! 今こそ神の力を解放する時が来た!」


「まさか……あれを……使うのですか……!? よろしいのですか!?」


「そういう勿体ぶった反応は良いから、早くしろ!」


「しょ、承知いたしました!」


 青ざめた表情でメニュー画面をいじり、スレイブは注射器を手にする。

 紫色の怪しい液体が入ったその注射器を手渡そうと、カミに近づくスレイブ。

 

 ガロウズは沈黙したまま、スレイブの足を銃弾で撃ち抜いた。

 痛みに悶え悲鳴をあげたスレイブは倒れ、注射器が地面に転がる。

 怪しい注射器を破壊しようと、ガロウズは再び銃を構えた。


 ところが、カミの召喚したNPCがガロウズを取り囲む。

 たかがNPCではガロウズを倒すことなど不可能だが、一時だけでも注射器を守ることはできるだろう。

 代わりにヤサカがライフルで注射器を狙ったが、遅かったようだ。


 ヤサカの放ったライフルは、注射器に飛びついたカミの背中に穴を開けただけ。

 背中から血を流すカミは、嬉々としながら注射器を首に打ち、紫色の液体を体内に注入する。

 

「ファルくん! カミの様子がおかしいよ!」


「あいつはいつも様子がおかしい変態だろ」


「そうだけど、そういうことじゃないよ! ほら!」


 数多のNPCの向こう側で、首に注射器を刺したまま地面に倒れるカミ。

 彼は体を痙攣させ、なにやら悶えている。

 見るからに危険そうな状態だ。


「あれは……いろんなゲームで見たことあるぞ。たぶんあれだ、これからカミ、巨大なクリーチャーになるぞ。おい! みんなカミから離れろ!」


 カミがなんと言おうと、ここはゲーム世界。

 そしてこのゲーム世界を作り出したカミは、厨二病のゲーム開発者。

 ならばこの先の展開、ある程度は想像できる。


 痙攣しのたうち回っていたカミの体は、沸騰した泥のように蠢いていた。

 数秒もしないうちに筋肉は隆起し、背中からは何十本という触手が飛び出す。

 180センチ前後の身長は数倍にまで膨れ上がり、カミは人間の姿を保てない。


 カミの背中から飛び出た触手は、彼の周りにいたNPCたちに巻きつく。

 触手はNPCたちをカミの体に引き寄せ、カミの体はNPCたちを吸収していった。

 NPCを吸収するたび、カミは大きくなっていくのだ。


「おいおい、想像以上にエグいクリーチャーだな」


「これが神様の力なんて、勘違いも甚だしいよ」


 まさしくヤサカの言う通り。

 今のカミは、神どころか邪神とも呼べない醜い姿である。

 

 身長5メートルは優に超す、千手観音を模した泥人形のような見た目のカミ。

 ところが、触手を自在に動かし、NPCを捕まえ吸収するその姿は、千手観音というよりも食虫植物だ。

 グロテスク、という言葉が最も的確な表現であろう。


 謎の注射を自ら打ち、カミは変わり果てた。

 すぐ側でその光景を眺めていたスレイブは、恐怖心から足を撃たれた痛みすらも忘れている。


「カミ――瀬良さん? 本当に……瀬良さんなんですか……?」


『我ハ第2ノ現実ノカミ、創造主デアル。我ガ奴隷ヨ、カミノ供物トナレ』


「瀬良さん!? やめてください! お願いします! やめろ! ああああ!!」


 背中から伸びた触手に首を絞められ、スレイブはカミに引き寄せられていく。

 こうなることを想像していなかったのか、スレイブの表情から血の気が引いていた。


「見てください! カミの下僕が吸収されそうになってます! ざまあ見ろです!」


「ざまあ見ろではあるが、あのスレイブとかいう空気野郎もプレイヤーだ」


「プレイヤー救出作戦のために、あの人も助けないといけないよ!」


 とはいえ、プレイヤーがログアウトするためには、NPCに殺される必要がある。

 プレイヤーであるファルたちがいくらスレイブを吹き飛ばそうと、意味はないのだ。

 だからこそのガロウズなのだ。


「ガロウズ! スレイブを撃ち殺せ!」


「貴様に命令される筋合いはない」

 

 冷酷に言い放ちながら、それでいてガロウズはマチェットを手に取り、狙いをスレイブに定めていた。

 間髪容れずにガロウズの左手が振られると、スレイブの心臓にマチェットが突き刺さる。


 レベル上げはしていなかったのだろう。

 マチェットに心臓を突き刺されたスレイブは、そのまま死亡エフェクトの中へ。


 カミの触手は獲物を失い、空を切るだけ。

 ただし、カミはすでに20体近くのNPCを吸収している。

 もはや人間の姿ではなくなっていた。


「この大きさの妖、除霊も大変」


「にゃ……魔王はこんなところにいたのか……!」


 安全装置の外されたSMARLスマールを構えるティニー。

 ティニーの和服を掴みながら、緊張した面持ちのミードン。


 相変わらずなのはラムダだ。

 彼女はメニュー画面を操作し戦車を出現させ、その操縦席に収まっていた。

 当然のごとくおかしなテンションで。


「的が大きければ、当てるのも簡単です! テキトーにドーンすれば良いんです! 童貞なんてそれでイチコロです!」


「ラムダ、トウヤも危ない」


「おっと! そうでした! ファルさんも童貞でしたね! 気をつけてください!」


「うるせえよ! 好きにドーンしてろ!」


「ヤッホー!! それじゃ、好きにドーンします! ニヒヒ、ドーンで済めば良いんですけどね!」


「私も、手伝う」


 爆弾少女2人の起爆スイッチが入ってしまった。

 ティニーとラムダの大砲が、クリーチャーと化したカミに向けられる。

 血祭りがはじまるのは時間の問題。


 というところで、カミの間の広大な空間すらも手狭になったのか。

 突如としてカミがファルたちの前から消えた。

 光に包まれ、音もなく、消えてしまった。


「ど、どういうことだ!? 瀬良カミのヤツ、何をしたんだ!?」


「さっきの光、どこかで見たことあるような……」


 しばらく考えるヤサカ。

 彼女が答えを見つけ出すのに、それほど時間はかからなかった。


「あ! そうだ! ファストトラベルの光だ!」


「ファストトラベル? まさか、任意の街にワープできる、あの機能か?」


「うん、間違いないよ」


「だけどあの機能、ログアウトができなくなったのと同時に、なくなったはずじゃ……?」


「ファストトラベル機能をなくしたのはカミなんだよ。なら、カミがその機能を復活させることぐらい、できるんじゃないかな」


「ったく……またズルいことを……」


 完全に製作者権限を乱用しているカミに、ファルはため息をついてしまう。

 第2の現実とやらの定義は、カミのさじ加減らしい。


 すぐ隣では、ガロウズが拳銃やショットガンの弾込めを行っていた。

 チートだけでなく、削除された機能にまで手を出したカミを、始末する気満々である。

 イミリアの番人は創造主である製作者にも容赦ないらしい。


 さて、カミはファストトラベルを使いどこかへと消えた。

 彼はどこにワープしてしまったのだろうか。


「これ、見て」


 モニター群の前でコンソールをいじっていたティニーが、不敵な無表情でファルたちを呼ぶ。

 ティニーの言葉に従いモニター群を眺めると、そこに映っていたのは、イミリア各地の様子であった。


「ニューカークです! ロスアン跡地です! 江京です! 世界各地、どこでも見られますね!」


「これならカミの居場所を見つけられるよ」


「よくやったティニー。よし、急いで探すぞ」


爆破の神様ティニーはさすがなのだ!」


「エヘヘ」


 照れ隠しだろうか、無表情のままSMARLを強く抱きしめたティニー。

 ファルたちはモニター群の中からカミの居場所を探し回る。

 広いイミリアのどこかに、カミはいるはずだ。


 巨大なクリーチャーは目立つ。

 モニター群を眺めてわずか十数秒、ラムダが叫んだ。


「いました! エレンベルクです! エレンベルクでNPCを吸収しまくってます! 気持ち悪いです!」


「エレンベルクだね。みんな、行こう!」


「待てヤサカ。どうやってエレンベルクまで行くんだ?」


「メニュー画面を見て。ファストトラベル機能、私たちも使えるみたいだよ」


 すぐさまファルたちはメニュー画面から地図を開き、エレンベルクと書かれた箇所をタッチ。

 そこに『ファストトラベル』という表示を発見する。

 

「本当だ。これ、ガロウズも使えるのか?」


「使えるようだ」


「なら話は早い。エレンベルクに出発だ」


 暴れ回るロン毛付け髭変態クソ野郎童貞カミを現実に引き戻す。

 ゲーム世界を否定しイミリアにいる資格を失った男を、追放する。

 ヤサカとの約束を守る。


 ファルたちは迷わず、エレンベルクへファストトラベルするのであった。

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