ミッション24—2 カミは言っている、バーカバーカと

 皆が持っているスマホ、食堂の壁に掛けられたテレビ、そして操舵室からCICのモニターに至るまで。

 護衛艦『あかぎ』に備え付けられた全てのモニターに、ロン毛の男が映し出されている。

 

 厳かな玉座に腰掛けた、真っ白な服に身を包むロン毛のヒゲ男――カミ。

 彼は目の下をピクピクと動かし、激しく歯ぎしりしていた。

 ファルたちがモニターに視線を向けると、カミは肘掛けを強く叩きつけ叫ぶ。


《我の言葉を聞け人の子ら! お前らだろ! え!? 我のSNSアカウントに、好き勝手なことを書いたのは、お前らだろ! ええ!?》


 なんとも強烈なカミのお言葉だ。

 カメラのレンズに唾が飛んで汚い。

 

 最初から神様キャラが消えてしまっているカミに、ファルたちは唖然としてしまう。

 モニターに映る男には、威厳も何もない。

 しかしカミは気にすることなく、ストレスを吐き出し続けた。


《創造主に対してクソ運営とか、失礼にも程がある! 何がバグを修正しろだ! バグなんか存在しないんだよ! え!? なぜかって!? ここは第2の現実だからな! 現実にバグは存在しない! 全ては必然だ!》


 ファルたちが反応しないことを良いことに、カミの口調はさらに荒れていく。


《おじさんが壁に埋まろうと、人々が跳ね回ろうと、それがこの世界の摂理! それがこの世界の現実! 誰がなんと言おうとそれが現実! いいか! バグじゃないぞ! 決してバグじゃないぞ! 我の組み立てたプログラムがそんなバグを起こすか! あ!?》


「そんな現実聞いたことないよ……」


「つうか今……プログラムとか言ってたよな……」


《第2の現実を受け入れられぬ愚かな子羊どもめ! 汝らが理解するまで何度も言ってやる! ここは第2の現実だ! ここは第2の現実だ! ここは第2の現実――》


「もう分かったんだぞ。瀬良兄カミの中ではそうなんだぞ」


《黙れ! うるさい! 何も聞こえない! お前ら全員、とっとと我の世界から出て行け! さっさと死んじまえ!》


「ログアウト機能をなくした奴が言うセリフか? それ」


《どいつもこいつも……どいつもこいつもだ! ああ! あああ! お前らなんか大っ嫌いだ! バーカバーカ! バーーカ!!》


 付け髭はとうに床に落ち、ロン毛も形が崩れてぐちゃぐちゃ。

 言ってることも小学生並みだ。

 よくカミはイミリアが作れたものだと、驚いてしまう程である。


 さすがにカミも疲れたか、彼は息を切らして黙り込む。

 そこに、スレイブが割り込んできた。


《カミさん!》


《だから! 我はお前の嫁じゃない! カミ様と呼べ!》


《カミ!》


《なんで呼び捨て!? そこまでして様を付けたくないのか!? もうお前には労働基準法適用しないからな!》


《これを見てください! アカウントにまたコメントが来てます!》


《……なんだと?》


 スレイブに手渡されたスマホをじっと見るカミ。

 数秒して、彼は細かく震えだす。


《また……また……あの金髪女! 一体……何人の……何人の警官を経験値に変換すれば気が済むんだ!?》


 この言葉で、だいたい何があったのか理解するファルたち。

 どうせまたどこかで、ホーネットが手配度を上げて経験値稼ぎでもしているのだろう。


 ファルたちはずっと、この世界をゲーム世界として扱っているのだ。

 それがカミは気に食わない。

 カミの怒りは増すばかり。


《……仏の顔も三度までというが、我の顔は一度までだ。この世界は、この第2の現実は、現実なのだ。甘い世界ではない。汝ら、必ず報いを受けてもらう》


 打って変わって、カミはファルたちに重く語りかける。

 これは警告だと言わんばかりに。

 神様キャラを思い出したと言わんばかりに。


《汝ら、理に従い清く正しく生きよ。されば福音が与えられる。汝ら、理に背きこの世界を遊戯と口にしてみよ。されば地獄への門が開かれ、悪魔に魂を引き抜かれ、閉じられた世界に囚われよう》


 カミはしれっと付け髭を付け直した。


《お前らは、この世界の理に背き、この世界を遊戯と言って憚らない。であるならば、答えは先に述べた。お前らに待ち受けているのは、死あるのみ。怯えて過ごすが良い》


 厳かな口調に、分かりやすい脅し文句。

 その言葉を最後に、カミはモニターから消えた。


 再び食堂に訪れた平穏。

 あまりに唐突かつ嵐のような怒号に、誰もこれといった反応を示さない。

 ただファルは、ニタリと笑みを浮かべて口を開いた。


「どうやら俺たち、怯えて過ごさないといけないらしいな」


「それよりも……なんだかカミの情緒不安定さが心配になってきたよ……」


「大丈夫だぞ。瀬良兄カミはいつもあんな感じだぞ。平常運転だぞ」


「え? あれが平常運転なの? イミリアの開発現場って、大変そうだね……」


「おいティニー、そっちはどうだ? カミの居場所、逆探知できたか?」


「千里眼、バッチリ」


「グッジョブだ、ティニー」


 扶桑と接続された逆探知機を片手に親指を立てるティニー。

 そんな彼女に、ファルも親指を立てて応える。

 カミがいる宇宙ステーション『オリンポスの要塞』の位置は、これで筒抜けだ。


 2日ほどカミのSNSアカウントに嫌がらせをしただけ。

 たったそれだけで、自分の居場所を明かしてくれたカミに、ファルは感謝したい気分である。


「ヘッヘッヘ、じゃあ、作戦開始といくか」


 レジスタンス代表、元自衛官のレイヴンの行動は早い。

 彼は端的に、かつ的確にファルたちを指揮した。


「クーノ、ASAT衛星攻撃兵器を積んだお前のF150E、準備できてるか?」


「できてるよォ。いつでも飛べるよォ」


「よし、甲板で待機中のヘリに乗れ。滑走路に着いたら、扶桑に連絡しろ」


「了解ィ」


「それ以外の奴らは、全員扶桑に乗り込め。即戦闘態勢だ」


「分かりました」


「ヤサカ、ホーネットはどこにいる?」


「今はベレルにいるみたいですけど、連絡すれば、すぐに合流できるそうです」


「そうか。すぐに連絡しておけ」


「はい」


「コトミさんよ、サルベーションの連中はどこで何を?」


「メリアで即応態勢を整えてます。恭吾キョウゴさんへの連絡は済ませました」


「助かるぜ」


 誰もが、すでにカミとの対決の準備を終えていたのだ。

 レイヴンはファルたちを鼓舞するように言う。


「これが、俺たちのイミリアにおける最後の救出作戦になる。同時に、イミリア最後のクエストだ。いわゆるボス戦ってヤツだぜ。この戦いで、ワガママ坊主の目を覚めさせてやれ。それに何より、後腐れがねえよう、思いっきり楽しむこったな」


 不敵に笑うレイヴンの言葉に、ファルたちも笑みを浮かべる。

 せっかくのボス戦なのだ。

 イミリア最後の戦いは、笑顔で迎えたい。


 クーノは食堂を飛び出し、愛機のもとに向かった。

 サダイジンやコトミ、レジスタンス隊員たちも食堂を出て扶桑に向かう。

 だがファルは、レイヴンに呼び止められた。


「おい、ファル」


「なんでしょうか?」


「ガロウズ……いや、レオパルトのことは、お前に任せたぜ」


 レオパルトをどう救出するかは、最終決戦を前にして、ファルに考えがあった。

 そしてその考えを、ヤサカたちやレイヴンに事前に伝えていた。

 だからこそのレイヴンの言葉である。

 

 続けてヤサカたちも、ファルを勇気付けた。


「私たちも手伝うよ。全プレイヤーの救出のためだからね」


「背後霊が、全力を出す」


「戦車でもなんでも用意しますよ! ドンパチやりますよ!」


「ヤサカが側にいてくれるのは頼もしいが、ティニーとラムダが側にいると思うと、なんだかすごく不安なんだが……」


「おお! ファルさんよ、ひどいです! もう半年以上も一緒に戦ってきたのに、まったく信用されてません!」


 大きな胸を揺らし頭を抱えるラムダと、何も言わず無表情でファルを睨むティニー。

 そんな2人を見て、ファルはようやく安心するのであった。


「ヘッヘ、その調子だぜ、お前ら。最終決戦だろうがなんだろうが、いつも通りにやれ。そうすりゃ、レオパルトのヤツも――」


「ご飯はどうなるのだ!? 未来の英雄ミードンは、お腹が空いたのだ! にゃ!」


「レイヴンおじさま、今日の朝ごはんはどうなるのかしら?」


「……お子様たちは呑気だぜ、ったくよ」


 最終決戦は目前だが、その前にまずは朝食である。

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