ミッション20—4 【バトル:ロスアン】街中 II

 青空を黒く染め上げるのは、黒煙だけではなかった。

 巨大空中戦艦『扶桑』がロスアン上空に現れ、青空を遮ったのである。


《よう、盛り上がってるじゃねえか》


《未来の英雄の到着である! このミードンが来たからには勝利は確実! にゃ!》


《楽しそうですわ! わたくしもクエストに参加したいですわね!》


 扶桑に乗るレイヴンとミードン、シャムの、無線を通して聞こえてくる言葉。

 続けて、同じく扶桑に乗るコトミがファルたちに話しかけた。


東也ファル君たち、そっちはどうかしら?》


「こっちは順調です。もうそこら中でプレイヤーが暴れてますよ」


《フフ、めちゃくちゃで楽しそうね。さっき、恭吾キョウゴさんから連絡があったわ。サルベーション本隊は今、ロスアンに向かってる最中よ。遅れてごめん、だって》


「何かあったんですか?」


《メリアの首都シングトンで、撹乱作戦の準備が長引いちゃったのよ。でも大丈夫。撹乱作戦はうまくいったわ。シングトンにいくつも仕掛けておいた爆弾が全部爆発、今頃はメリアのお偉いさんたち、大混乱してるわね》


「おお! それは助かります! 中央政府が混乱すれば、いよいよメリア軍も弱体化しますからね。ありがとうございます!」


《お礼はいらないわ。裏方仕事は、大人の私たちに任せなさい》


 大人の余裕を醸し出すコトミだが、その口調には嬉しさが滲み出ている。

 なんやかんや、コトミもファルたちに褒められ頼りにされているのが嬉しいのだろう。


 コトミからの報告が終わると、レイヴンの指示が聞こえてきた。

 

《あと3分もしねえうちに、他の空中戦艦もここに来るはずだ。防御壁の準備は済ませとけよ》


 メリアとしては、ロスアンが八洲軍の橋頭堡になることだけは避けたい。

 首都シングトンも含め、あらゆる都市でプレイヤーが暴れようと、メリア軍はロスアンに兵力を集めるはず。

 となれば、間違いなく巨大空中戦艦『コンドル』がやってくるはずだ。


 実際、レイヴンのその見立ては正しかった。

 ファルたちを乗せたラムダのジープがロスアンを駆け巡り、ティニーがSMARLスマールを乱射し、ヤサカがスナイパーライフルで敵兵士NPCを撃破する中、ロスアンの空をさらに2つの影が覆い尽くす。


 ロスアン中心部――ダウンタウンの高層ビル群上空に『コンドル』が出現したのだ。

 加えて、ロスアン郊外上空にベレル軍の巨大空中戦艦『ヴォルケ』までも現れる。

 

「おいおい……ヴォルケも来たのか!?」


「イミリアの巨大空中戦艦が、勢ぞろいするなんて……!」


「最高の景色です! 大規模クエストにふさわしいシチュエーションです!」


「派手な戦い、見られる」


 驚きを隠せないファルとヤサカ。

 興奮度を高めるティニーとラムダ。


 メリアとベレルは、最高戦力をロスアンに集めてきた。

 これにはレイヴンも苦笑い。


《ヘッヘッヘ、敵さんも本気じゃねえか。さて、どうしたもんか……》


 考えを巡らすレイヴンだが、コンドルとヴォルケは待ってなどくれない。

 超高速移動を終えた2機の巨大戦艦は、その武装の全てを扶桑に向けている。

 そして数多の砲弾、ミサイル、レーザーが扶桑の防御壁に叩きつけられた。


 ロスアンの上空を、経糸たていとのように飛び抜けるコンドルとヴォルケの攻撃。

 こうなると、扶桑に残された対抗手段はただひとつ。

 クーノと八洲空軍が、コンドルとヴォルケに攻撃を加えるしかない。


 空を飛ぶパイロットたちも戦況を理解し、クーノと八洲空軍の戦闘機が、コンドルとヴォルケに向かった。

 それをメリア空軍とベレル空軍の戦闘機が追い、約40機の戦闘機が空中戦艦に群がる。


「もう空からの支援は期待できないかもね。ファルくん、コピーNPCで地上部隊を増やした方が良いと思うよ」


「なるほど、確かに。ちょっと車を止めてくれ」


「分かりました!」


 ファルに言われて、なぜかドリフトを決めてジープを止めたラムダ。

 見た目重視の行動によって頭をぶつけながら、ファルはドアを開けメニュー画面を開く。

 同時に、ティニーもメニュー画面を開いていた。


 スナイパーライフル片手に、ヤサカは辺りを警戒する。

 ファルとティニーはヤサカに守られ、次々とコピー兵士NPC、武器を増殖させていった。


「重い……なんか処理落ち起きてないか?」


「世界の動きが、スロー」


「さすがにイミリアの処理が追いついてないんじゃないかな?」


「巨大空中戦艦勢ぞろいの戦闘、数千人規模のプレイヤー参加、NPC大量動員、チート技の連続、だもんな……」


 イミリアはゲーム世界だ。

 処理落ちぐらい起きるだろう。


 正直、処理落ち自体は許容範囲の出来事だ。

 問題は、処理落ちよりもコピーNPCたちのバグである。


 ファルが出現させたコピー兵士NPCたちは全員、形が崩れていた。

 ある者は手足が伸びてからまり合い、ある者はろくろ首状態となり、ある者は顔が崩れ、ある者はもはや人間の形をしていない。

 みんな、前衛芸術的なモニュメントのようだ。


「うわ……え? なんだよこれ……」


「鳥肌ものです! すごく気持ち悪いです!」


 ドン引き中のファルたち。

 バグコピーNPCたちは、なぜか武器だけは普通のNPCと変わらぬ位置にある。

 それがまた、異様さを増させていた。


 とりあえず100体のコピー兵士NPCを出現させたが、全てバグっている。

 バグって形の崩れたコピー兵士NPCたちが、戦場に向かって駆け出していくのである。


「このゲーム……ホラーゲームだったけ……」


「霊感、反応してない。幽霊じゃない」


「ティニー、そんな真面目なのか真面目じゃないのか分からない突っ込みされても困るんだが」


「ホラーゲーム以外なら……SFゲームかもしれないよ? ほら、宇宙人がロスアンに攻めてきた、みたいな……」


「どっちみち世界観崩壊してるぞ」


「ファルさんよ、まるでサモナーですね! 怪物を召喚してるみたいです!」


「ファンタジー要素まで加わったぞ。もうジャンル不明だ……」


 バグったものは仕方がない。

 イミリアのゲームジャンルが崩壊しようと知ったことではない。

 ファルたちは気にせず、ジープで再びロスアンのダウンタウンへと向かった。


 戦闘を繰り広げる八洲軍・バグコピー兵士NPCとメリア・ベレル軍。

 巨大空中戦艦同士の対決。

 NPCたちにゲリラ攻撃を仕掛ける数千人のプレイヤーたち。


 ネットではガスコンロの実況が注目され、ラジオからはヨツバとヒヨコの歌が聞こえてくる。

 現在のロスアンは、なかなかにカオスな状況だ。


「ダウンタウンに到着です! コンドルの真下ですよ! コンドルの影で暗いです!」


「この辺は、激しい戦闘が起きてるみたいだね」


「コンドルの真下じゃプレイヤーは少ないと思ったけど、逆らしいな」


 コンドルに空を占拠された、ロスアンのダウンタウン。

 しかし、プレイヤーたちは活発にNPCへの攻撃を行っているようだ。


 上に視線を向ければ、ロスアンの高層ビル群のすぐ上に、コンドルが浮いている。

 まさしくかすりそうな距離。


「あそこを見て! プレイヤーたちが集まってるみたいだよ!」


 上ばかり見ていたファルに、ヤサカがそう言って指差す。

 彼女の人差し指の先には、バスをバリケードにしてNPCと戦うプレイヤーたちの集団がいた。

 メリア軍は戦車を八洲軍に破壊されたようで、八洲軍とプレイヤーたち双方に苦戦している。


 メリア軍が苦戦するのは、戦車を失ったからだけではない。

 兵士NPCたちの銃撃を交わし、1本の剣を振り回し、突撃を繰り返すブロンド少女に、メリア軍は対処できずにいたのだ。


「あれは……ホーネットだよ!」


「あいつ、こんなところにいたのか。おいラムダ、あいつらに合流しろ」


「それは、あそこに突っ込めってことですね! ヤッホー!」


 エンジンを吹かし、飛び交う銃弾などには目もくれず、銃撃戦の最中に突撃するジープ。

 ホーネットもファルたちに気づいたか、ジープを守ろうとNPCに斬りかかった。

 ラムダはジープをバリケードの裏側に突っ込ませ、ようやくブレーキを踏む。


 銃痕だらけのジープから飛び降り、プレイヤー集団に合流したファルたち。

 そこに、無傷のホーネットが金色の髪をなびかせ、戻ってきた。


「Hi! ヤサカ、ティニー、ラム」


「……なぜ俺の名を抜かした?」


「ホーネットさんよ、こんにちはです!」


「会えて、嬉しい」


「ホーネットは、今日も大活躍してるみたいだね」


「ヤサカたちこそ、活躍してるみたいじゃん。ヤサカたちが用意したNPC、結構な強さだよ」


「なぜ無視する!? つうか、あのコピーNPCは、俺の手柄だぞ!」


「あのバグった気持ち悪いNPC、あんたの仕業だったの!?」


「なぜ褒めない!?」


 冷たい返答をするホーネットに、不満を爆発させるファル。

 毎度おなじみになってきたこの光景に、ヤサカは優しく微笑むだけであった。

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